第21話 ディオネアは他愛も無い嘘を吐く
ディオネアの後に続き家の中に入ると、ディオネアは鍵のかかっていた扉を開けてその先へと降りていった。どうやら地下室のようだ。ちょうど中庭の下辺りに大きな実験室があるらしい。
「一応、こういう重要な部屋の扉は出掛ける前にしっかり施錠したのだがね、肝心の出入り口は鍵を掛け忘れてしまってね。どろぼうが入っていないかと心配したものだよ。君は、門番代わりにそういうのを追い払ってくれていたようだからどうこう言うつもりはないけれどね」
ベルズの緊張を解そうとしてか、ディオネアはやたらとベルズへ話し掛けてきた。明らかに嘘と分かるような冗談ばかりだったのでベルズはそれらを軽く流しているが。
カトレアは近くの部屋で待っている。あまり元気そうな様子ではなかったが、帰って来たらいっぱいお話しましょうね、と言ってベルズに笑って見せた。
それを見て、ベルズは不思議と頑張ろうと思えた。まあ頑張るとは言っても出来る事は不死の薬が正常に作用してくれる事を祈るだけではあるが。
「ふふふ、無視かね。私はあまり精神的に強くない女のコなのであまりそういう事をされると泣いてしまうかもしれないのだが、まあ構わないさ。それならもっと君も興味を持てそうな話題にしようか」
ごく平静とした声でディオネアがそう言い、ベルズは耳を傾ける。別に無視していたつもりではないのだが。
「中庭に大きな石があるのは知っているかな。あれは実はただの石ではないのだよ。あれこそが不老不死の薬の為に必要な大切なものなんだ」
「へぇ、そりゃあ確かに興味が出てくるな。そんな凄い物だったのか」
ベルズが興味を示すと、声は平静なままだが心なしかディオネアの声のトーンが上がったような気がした。
「うむ。あれは不死の鳥の卵の殻の化石なのだよ。鳥そのものは既に孵化して空っぽの殻ではあるが、それでもその不死の力は今なお宿っているらしく、砂粒ほどの欠片だけでも不老不死となるためには十分なほどなのだ」
得意げに語り終えると、ディオネアは振り向いてこれまた得意げな顔でベルズを見てくる。明らかに何らかのリアクションを期待しているようだった。
「……まあ、凄いんじゃないか」
「ふふふそうだろう。本当はこれは秘密の話なんだがね、君には実験に協力してもらう訳だから特別に教えておこうと思ってね」
ベルズの本音としてはどうでもよかったのだが無視して拗ねられても面倒だと思い適当に返事をすると、ディオネアの表情はあまり大きくは変化していないものの満足だと言いたげに頷いた。
それから少し進んだ辺りで再び扉があった。ディオネアがそれを開くと、その先にはいくつもの研究用の機材らしきものが大量に並んでいた。
ベルズには何に使うかまでは詳細はわからないが、恐らくこの中のどれかは自分の身で体験するのだと考えると少し顔が険しくなった。
「そう緊張しなくっていい。きっと君が考えているほど痛いものではないよ。ちょっとした注射と同じだからね」
そう言いながらディオネアは部屋の奥に置かれていたケースを開けて中から毒々しい色の液体の詰まった注射器を取り出す。
「これを打つ前に、まずは魔物の体組織の一部を君の体に埋め込む必要があるのだが……」
「それは必要ない。埋め込むまでもなく俺は魔族だからな」
必要ないとベルズは言ったが、実際はそんな余裕が無いだけだ。これ以上体内に質量の大きな物を取り込めばベルズには確実に死が待っている。
魔族と聞いてディオネアは少し驚いたような顔を見せたが、すぐに納得がいったと言うように頷く。
「そうかね。それならば話は早い。では隣の部屋にベッドがあるからそこで横になって貰おう。これは打つとすぐに眠くなってしまうようなのでね」
ディオネアが指差す方向にはガラス越しにベッドがいくつか置かれている。ベルズが了解するとディオネアはそこまで一緒に来る。
そうしてベルズが横になったところで、ディオネアは注射器を見つめて呟いた。
「ちなみにこの注射器は人間用なのだが、魔族の肌は硬かったりするのかな?」
「ああ、それは大丈夫だ。普通にやってくれていい」
ベルズの体は普段、今まで取り込んだ様々なものが体の表面で鎧のごとく体を守っているのだが、それは簡単に切り替える事ができる。外見通りの人と変わらない感触にだってできるし、どんな城砦よりも硬くなる事もできる。当然今のベルズはとても柔らかい。
ベルズの返事にディオネアはそうか、とだけ返して、注射器の針をベルズの腕にあてがった。
が、針の先端が腕の中に入り込む直前でベルズはふと口を開く。
「ところで、成功する可能性ってどれくらいあるんだ、これ」
「気になるかね。一応死亡を失敗だとするならば今の所は100%成功しているかな」
「……じゃあ、今の体のカタチを保ったまま終わるのが成功だとしたら」
「低くは無いと思うよ。人……ああ、君は人じゃあないんだったね。まあいい、人での実験は始めてだから詳しい事は言えない。だがこういう時、いい男なら大体は成功するものさ」
「何だよ、そのよくわからん根拠」
「ははは。今のは冗談と思って貰って構わないけど、そのくらい低い確立でしか失敗はしないからね。もしも失敗したら私が君のお嫁さんになってあげてもいいくらいだ」
「それは先約があるんで遠慮するけど、そう失敗するもんじゃないってならいいや。続けてくれ」
ディオネアが静かに頷いたのを確認すると、ベルズは瞳を閉じた。すぐに、腕の中に針が入ってくるのがわかる。
元々ベルズはあまり痛みを感じないというのもあったが、ディオネアの言葉通りやはり痛みは無かった。
しばらくして針が抜かれ、ベルズが瞳を開けると、既にまぶたが重くなり始めていた。
「凄いな、ホントに、すぐ眠くなるんだな」
「うむ、それは嘘ではないからね。まあ、しばらくはゆっくり休んでいてくれ」
……それ「は」?
ディオネアの言葉に違和感を覚えたベルズであったが、その正体が何なのか理解するより先に、ベルズは深い眠りへと落ちていった。
「あ。ディオネア、さん」
突如扉が開き、カトレアの待機していた部屋にディオネアがやって来る。しかしその後ろにベルズの姿は見えない。
「あの、ベルズさんは、ベルズさんはどうなったんですか!?」
「そう怖い顔で迫らないでくれないか。少なくとも失敗ではないから、落ち着いて欲しい」
ベルズがいない事にカトレアは最悪の想像をして思わずディオネアに詰め寄ってしまったが、ディオネアの言葉を聞いてすぐにその距離を離した。
「そう、でしたか。……良かった」
カトレアは胸に手を当ててホッとする。無事に終わる事を当然望んではいたが、時間が経つにつれて暗い方向の想像ばかりが膨らんでいた所だったので、ディオネアだけがやってきた時はどうしようかと考えていたところだったのである。
部屋に置かれていたソファにディオネアが座り、それに続いてカトレアも向かい合う位置に腰掛ける。
「まあそういう訳で無事彼は不老不死となったのだが、今のままでは君にとって辛い状況になってしまう事だろう」
「私にとって、ですか?」
それを聞いてカトレアは不思議そうに頭を傾げる。カトレアにとってはベルズが生きていてくれさえすれば何も辛い事は無いなずなのだが。
「うむ。彼がさっきまでどんな状態だったかは知らないが、少なくとも今はもう死ぬ事は無くなった。それは良い事だと私は思うが、しかしこのままでは彼は一人ぼっちになってしまう」
「そんな、ベルズさんをひとりぼっちになんて、私がさせません!!」
「いや、君が彼の恋人なのはわかっているし、一生尽くすつもりなのも伝わっては来るよ。しかし、君にだって限界はある。彼はいつまでもいつまでも生き続けるのだろうが、今の君は寿命があるから、そうはいかないだろう?」
そう言われてカトレアは押し黙り考える。ディオネアの言うとおり、今のままでは自分はベルズを独りにしてしまうのだろう。
「それでは君も彼もきっと悲しむ事になるだろう。……私は物語の終わりはめでたしめでたし、で締められているのが好きでね。だからどうだろう、君も」
ディオネアはその後も色々な事をカトレアに言ったが、それらのほとんどを聞いてはいない。
今のままでは、ベルズを悲しませる。それを聞いた時点で、もうカトレアの心は決まっていたのだから。




