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シルバーイーターX ~銀の魔族とハーフエルフの少女~  作者: カイロ


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第14話 兄の想い

「えっ!?」

「ッ……!?」


 続くベルズの言葉にリギアは言葉を失った。その表情からは驚愕と、それを大きく超える困惑が見て取れる。カトレアもいきなりの言葉に思わず声が漏れ出てしまった。


「なっ、何を仰るのですか、お兄さま。現に私の目の前にいらっしゃるではありませんか。……ああ、もしかして私の知るお兄さまは死んで、今いるお兄さまは生まれ変わった新たなお兄さまとか、そういう意味の……」

「いやそうじゃあない。お前の兄は言葉通りに死んでいる。お前の兄は山奥で盗賊に襲われて命からがら逃げ出したが、山で迷って餓死した」


 フリッグとはベルズの事ではない。ベルズが普段自分の体として使っている人間の事。そして、ベルズが初めて取り込んだ生物でもある。

 殆ど忘れかけていた記憶だったがリギアの話で少しずつ思い出してきたのだ。その余りの恥ずかしい過去に思わず自分の事のように体が熱くなってしまった。

 ともかく、フリッグはベルズと出会った時点で死んでいた。もしかしたらまだ息はあったかもしれないが少なくともベルズには死体にしか見えなかったし、どちらでもいい事だった。

 兄の最期を聞かされたリギアは目を見開き、何を言っているのかと震える声で返してくる。


「そんな、嘘、ですよね……? いえ、仮にそれが本当だとしたならば、お兄さまそっくりの貴方は一体、誰だと言うのですか?」


 信じられないと、嘘だと言って欲しいと言いたげな顔でリギアはベルズに縋って来る。

 しかし、嘘は無い。人間であったフリッグは既に死に、今生きているのは魔族のベルズだ。


「いいや、フリッグは確かに死んだ。この体はその死体を利用してるだけで……ああいや、俺が殺した訳じゃ無いぞ? 俺が見つけた時にはもう死んでたんだ」


 真実をベルズが語る度、リギアの顔は暗く澱んでいく。それを見て慌てて説明を付け加えるも、リギアはただ床を見ながら震えているだけだ。

 そのすぐ横でカトレアは腕組みをしてなるほどと頷いていた。


「そうでしたか。やはりおかしいなとは思っていたのですよ。彼女の話ではベルズさんがまるで元々は人間だったかのように聞こえますもの」

「ほんの少し前に随分と意外そうなお前の声を聞いた気がするんだが……まあそれはいいか」


 カトレアの華麗な変わり身に呆れながらベルズは俯いたままのリギアへと向き直る。


「……という訳でお前の探していたお兄さまとやらは、少なくともその魂はもうこの世には存在しない。お前の目の前に立っているのは魂の抜けた空っぽの殻を被った別人だから、お兄さまの事は諦めてとっとと帰りな」


 もっとも、と付け加えてベルズは自分の右腕の、人間ならば本来曲げられないはずの部分を折り曲げへし折る。

 すると腕の中にたっぷり詰まっていた銀色の血がバシャバシャと床に滴り落ちていく。

 すぐにそれはうごめきながらベルズの足元へと集まってきて吸い込まれ、再び腕を再構築し始める。


「どうしても諦められない、こんな外見だけが同じの別モノでもいいってんなら、兄妹ゴッコに付き合ってやってもいいぜ?」


 明らかにリギアを馬鹿にするような意地の悪い笑みを向けながら、抱きしめてやろうかと言うかのように両手を大きく広げる。


「…………お前ッ!!!」


 その言葉を聞き、リギアは顔を上げる。顔はその怒りを表したかのように赤く染まり、血走った瞳の端には涙が浮かび、噛み締めた唇からは多量の血が流れていた。


「ちょ、ちょっとベルズさん! どうしてわざわざ怒らせちゃうんですか! あんまり戦闘はしたくないのではなかったのですか!?」

「そりゃあ俺じゃあ倒せないような相手だったらちょっとな。だがこいつは聞いてた限りじゃ戦い方もろくに知らなさそうだし、こいつでこの前殺り損ねた分の穴埋めでもしようかな、ってな」


 わざとリギアの神経を逆撫でするような事を言ったのはその為だ。愛する者の死体で人形遊びをしているが気にしないで忘れてくれ、などと言われて怒り狂わない者はそうそういるものではない。

 そうして仇を討たんと決死の覚悟で挑んでくる相手をその心意気ごと容赦なく捻じ伏せ粉砕するのがベルズの趣味なのだ。

 ベルズの思惑通りにリギアは全身を激しい怒りと殺意とで塗り固めていく。今にもその感情が意思を持って喰らい付いてきそうな程だ。

 カトレアは少し可哀想ではないか、と思いながらリギアを一瞬見るも、でもベルズさんがそうしたいのなら別にいいかとすぐに表情を切り替える。


「では、お邪魔にならないように離れていますね」


 そう言ってカトレアは少し離れた場所からベルズを見守る事にした。

 おう、と短く返事をしながらベルズは内心でカトレアの行動に感心する。

 あの反応からすると殺さないで逃がしてあげてもいいのではないか、とでも言ってベルズを説得するのではないかとも思ったが予想は外れたようだ。

 自分の意見を殺して他の誰かの意向に合わせるというのは意外と難しい。誰しも自分の意見を優先させたがるものなのだから。

 改めてベルズはカトレアの本気さをうかがい知る事となった。


「返して、お兄さまの体を、お兄さまを……ッ!!」


 涙と怒りで整った顔を滅茶苦茶にしながらリギアがベルズに襲い掛かる。

 だがベルズの予想通り、その小さな手から繰り出される殴打では痛みすら感じない。むしろ攻撃したリギアの拳が傷を負うばかり。

 痛みをこらえながら今度はベルズの首を絞めにかかる。それもまるで鉄の柱を締め上げるかのようなもの。無意味だった。

 一通り暴れさせ、息を切らす無力な少女を嘲笑いながらベルズはリギアの肩を掴み、腹部に強烈な拳を叩き込む。

 息を吐き出し、そのままその場に崩れ落ちるリギア。


「かはっ……がっ」

「おいおいどうしたよ、もう終わりか? お兄さまの敵討ちとか、しなくっていいのかよ? ……まあ、お前がまだ死にたくないってんならそんな下らない事は諦めて、おにいちゃんごめんなさーいとか言いながら帰るんだったら見逃してやってもいいけど、どうする?」


 床にうずくまるリギアをニヤニヤとしながら覗き込み、更に挑発を繰り返すベルズ。

 涙と鼻水と涎とで酷い有様の顔になりながらもベルズを睨み付け、リギアはよろよろと立ち上がる。

 今の一撃でうまく呼吸ができなくなり声を出せないのか、口をパクパクと動かしている。ころしてやる、と言っているようだ。

 しかしリギアには何の攻撃手段も無い。リギアは兄と同じく魔術の才能も戦闘の才能も持ち合わせていないただの普通の人間なのだ。

 それでも、兄の事を諦めて逃げ帰りなどできない。ただその思いだけしかリギアにはない。

 強い思いというものは時に奇跡を起こす。しかし、その奇跡は今回リギアに微笑んではくれなかった。

 よろめき壁伝いにベルズに接近し震える拳を振り下ろすも、ひらりとかわされる。

 そのまま滑って転び、もう一度床に倒れ伏した。少し呼吸は元に戻ってきたがリギアはもう立ち上がれるだけの力すら失いかけていた。

 それと同時に自分では兄の敵を討つ事も叶いそうにない事を悟り、気力すらも消え去り始める。


「お兄、さま…… もう、私の元へは、来て、くださらないの、ですか……」


 諦めるかのように呟くリギアを見て、ベルズも溜息をついた。


「はぁ、なんだよもうおしまいかよ。まだ手も足も付いてるし、体の何処にもまだ穴空いてねえんだからもうちょっと足掻いて欲しかったんだけどなぁ。ま、いいや」


 気を取り直してベルズは伸びをした。そして右手にカルムの剣を構築し振り抜く。


「折角上等な刃物を手に入れられたんだから有効に使ってやらないとな。コイツを使って手も、足も、たくさんに増やしてやるから楽しみにしててくれ」


 うつ伏せに倒れていたリギアをひっくり返し、仰向けにする。切っ先を額に突き付けてもリギアは殆ど反応しなかった。

 ただお兄さま、お兄さまと繰り返しながら全てを諦めたような瞳で虚空を見つめているだけだ。


「おいおい、そんなに現実逃避しなくったっていいじゃないか。そんな事しなくたって、すぐ現実に引き戻して……」


 そう言ってベルズが腕と脚のどちらに先に剣を突き立てるかを迷っていると、急に気分が悪くなり出した。

 突然に、リギアに対してしている事、しようとしている事に強い嫌悪と拒絶を覚え始める。


「うッ!? な、何だ、これッ……!?」


 激しい頭痛と、自身の内側から溢れ出んとする何かがベルズを苦しめる。頭を押さえ、その場に剣を放り出してしまう。

 突然苦しみ出したベルズを不審に思い、倒れたままのリギアはその様子を眺めていた。

 頭を抱え、呻きながらベルズはその場に膝をつき、しばらくしてから時間が止まったようにピタリと動かなくなった。


「リ、リギア……」


 手をだらんと垂らし膝立ちの体勢のまま、呆然とした顔で一言だけベルズが呟く。

 いや、言葉を発したのは確かにベルズの口ではあったが先程までとは声色が違う。まるで人が変わったかのようだ。

 そしてその呟きを聞いたリギアもまたうって変わって、驚愕の表情と共に起き上がる。


「そ、その声……まさか、お兄さまなのですか!?」


 ベルズにそう聞き返す声は希望に満ち溢れていた。リギアの表情にみるみる気力が戻っていくのが窺える。

 先の攻撃何するものぞと言わんばかりに元気に歩き出し、嬉々としてベルズの元へと近付いて行く。


「ああ、よかった……! やっぱりお兄さまは御無事だったのですね! 私は信じていました! お兄さまがそんな簡単に死んでしまう訳がないと……」

「だ、ダメだ、リギア……こっちに、来ては……いけな……」


 再び苦しむように頭を押さえながらリギアにそう呟いたベルズは、リギアから距離を離そうとすべく後退する。

 だがそれに合わせてリギアも歩を進める。じりじりと下がるベルズに対してリギアはグイグイと進んでいく。


「もう、どうしてそんな事を言うのですか。私ももう子供ではないのですから、わがままを言ったりしません。私はただお兄さまの傍にいられるだけでいいのです。本当にそれだけで構わないので、だから、来るなだなんて言わないで……」


 不思議そうに、悲しそうにそう言いながらリギアはその言葉に首を横に振り、更に進む。

 そしてようやくあと数歩、踏み出せばリギアがベルズを抱きしめられる距離まで近付く。

 呻きながら、後ろへ下がり続けるベルズ。その最中、不意にカツン、と硬い物がベルズの足に当たった。


「……お兄さま? どうし……」


 その瞬間、スイッチが切り替えられたように呻きが止まり、ベルズは素早くかがんだ。

 突然どうしたのかとリギアは駆け寄ろうとしたが、何かに止められてこれ以上前に進めなかった。

 違う、ベルズの方からリギアに接近したのだ。床に転がっていた剣を前へと突き出しながら。

 リギアが腹のあたりに何かが当たった事を理解し視線を落とすと、剣先は腹の中に消え、その周囲は既に赤く染まり始めていた。


「……ッ、糞がッ! 邪魔しやがって!!」


 ベルズは自分自身に対しての憤怒でいっぱいだった。いや、正確に言えば自身の中に眠っていたリギアの兄、フリッグに対してだ。

 既に死んで抜け殻となっていたと思っていたフリッグの体だったが、ベルズが取り込んだ際にまだ息があったのかもしれない。

 ベルズはそれに気付かず今の今まで利用していたのだが、リギアの語った昔話のせいで眠っていたフリッグの魂が目覚めでもしたのか体を乗っ取られかけていた。まあ先に乗っ取ったのはベルズではあるのだが。

 フリッグの魂などベルズには不要な物。本当なら吐き出して捨ててしまいたい所だったが、一度取り込んだものは捨てる事ができない。

 仕方が無いのでフリッグに支配権を奪われていた体をどうにか奪い取り、ベルズの中の奥底深くにフリッグの精神を封じ込め、落ちていた剣でまずはリギアの肩でも貫いてやろうとしたのだが。

 確かに狙いは肩だったはずなのに、腕が自分のものでないかのように動き出し、リギアの腹部を刺し貫いていた。

 妹が苦しめ抜いて殺されるくらいならばいっそ一思いに、という最後の力を振り絞ったフリッグの妨害が入ったらしい。ベルズはこれに酷く不快な感情を抱き地団駄を踏んだ。


「折角全身ズッタズタにして体のどこにも痛くない場所がないくらいにしてやろうと思ってたのに、こんな事したらすぐ死ぬじゃねぇか! 俺は泣き叫ぶ悲鳴が聞きたかったのにッ!!」


 前回、ロメリアを自身の手で殺し損ねた事に対する苛立ちをリギアをじっくりと殺す事で晴らそうとしたベルズだったがその願いは叶えられそうもない。

 リギアの腹には深々と剣が突き刺さっている。裏から見れば確実に剣先が顔を出しているだろうし、出血も広がり始めている。持ってもあと数十分とないだろう。

 死に顔を見るのも嫌いではなかったが、ベルズが今見たかったのは終わらぬ苦痛に悶える顔と痛みと共に叫ばれる悲鳴だったのだ。

 注文した料理と全く違う料理を出された気分のベルズは口の端から血を流しながらきょとんとした表情でこちらを見つめているリギアを見る。

 こいつがどんな風に叫び、どんな風に許しを請うのかベルズには興味があったが、今からではもう遅い。

 フリッグの精神がまだ生きていた事と、それに気付けなかったベルズ自身の不覚に対し怒りと恥で心を煮え滾らせる事しかできなかった。

 そんな事を考えていると不意に、腹に剣の突き立ったままのリギアが震える手を伸ばし、ベルズを抱きしめた。


「っ、な、何だ……?」

「……よかった。やっぱり、お兄さまは、ここに、いらっしゃるん、ですよね」


 消え入るような弱弱しい声でそう呟いてリギアはベルズに視線を上げる。吹けば崩れて落ちるであろう安らかな表情をしていた。


「……急に何を言ってるんだ? お前の兄はもういない。いや、いるって言えばいるんだがもういないも同然で」

「大丈夫、もう、なにも仰らなくともわかります。私は、お兄さまと一緒に居られれば、それでいいのです。……でも、それはもうできないみたいですから、せめて」


 突然の抱擁に困惑しながらベルズがリギアを説き伏せようとするもまるで聞く耳を持っていない。

 せめてこれを、とリギアは自身の頭に手を伸ばすと着けていた赤いカチューシャをベルズの頭に着けた。


「これを、私だと思って、大事にしてくださいね、お兄さま」


 そのまま手を滑らせリギアの手がベルズの頬に優しく触れる。その手のひらからは既に温度が失われつつあった。

 ベルズはそれには特に何の感情も抱かなかったが、心の奥底はズキンと痛み、奥底に封じ込めたはずのフリッグが何事かを叫ぼうとしていた。


「リギ……ッ!!」


 だがベルズはそう幾度も同じ真似をさせはしない。リギアに刺さったままだった剣を勢いよく引き抜き、すぐさま自分の腹に何度も突き立てる。


「ヒトのッ、身体使ってッ! 勝手に喋ってんじゃ、ねぇッ!!」


 ぐしゃ、ぐしゃ、と嫌な音を響かせながら、体の支配権を渡してなるものかと一心不乱に突き刺し続ける。

 剣を引き抜かれた傷口から流れ出るリギアの赤い血と、ベルズが自身に付けた傷口から零れた銀の血が混じり合いながら床を染めていく。

 痛みは殆ど感じないものの効果はあったらしく口をついて出ようとしていた言葉はそれ以上続く事はなく、おそらく全てを振り絞った結果の奇跡だったのか、再びフリッグの意識が浮かび上がってくる感覚はもう無かった。

 まあ、他人の身体を使って生きているベルズが言えた事ではなかったと思うが、ベルズはその事は考えない事にした。

 腹を抱えて傷口から流れ落ちる血を止めようと傷を押さえるリギアを見て先程感じた感情が湧いてこないのを確認してから、ベルズは流れた血を混ざったリギアの血と共に体内に戻した。

 床と衣服を赤く染め上げたリギアが動かなくなる。 このまま倒れこんでいくのを見物でもしていようかと思っていたベルズだったが、ふらっとベルズの方へ倒れこんできたリギアを思わず抱き止めてしまう。

 突き飛ばすか、そのまま外へ放り捨てようとするも何故か意思とは無関係にベルズは両手でリギアを抱き上げていた。

 ずっと離れて見届けていたカトレアもベルズの行動に違和感を覚えたのかこちらへと寄って来る。


「……あの、ベルズさん。それ、どうするのですか?」


 リギアを指してカトレアが尋ねてくる。普段のベルズなら迷うことなく他の死体と同じように家の外へと投げ捨てるのだが。

 ベルズの足は玄関の方へではなく、庭の方へと向かっていた。数歩遅れてカトレアも後を追ってくる。


「そのへんに捨てようかと思ったんだけど、気が変わった。そのへんに埋めてやる事にした」


 気が変わったとは言ったが本当は少し違う。捨てる気になれなかった、というかそれだけはしてはいけないような気がしたのだ。

 またフリッグが精神を乗っ取ろうとしているのかとも思ったがそうではなかった。これは完全にベルズの意思なのだ。

 殺した相手に情や情けを感じる事は今まで無かった事を考えると、やはり少なからずフリッグの影響を受けているのではないかとも考えたが、まあこれぐらいならしてやってもいいかとあまり追求はしない事にした。


「あら、そうなんですか。……でも、それならカルムという人の時と同じように食べてしまえばいいのではないですか?」

「…………いや、俺は喰うのは強い奴だけにしてるから、それは無理だな。こいつは弱すぎるし、死体を喰うのはちょっと嫌だな」


 カトレアの言葉通りにしてもいいかとも思ったが、少し考えてからベルズは首を横に振る。

 ほんの一瞬返答に間を空けただけだったのだが、カトレアはそれに気付いたかのように頷いていた。


「ベルズさんって、根は優しい方なんですね」


 ベルズの返答を聞いてカトレアは微笑んでいた。自分で殺した相手を埋めてやるのは優しさとは違うのではと思うが。


「いや優しさとかそういうんじゃなくて、本当に気紛れで…… これは、あれだ。兄貴と一緒に居たいって言ってたし、俺は勝手にその兄貴の体を勝手に借りて使ってる訳だから、それの家賃代わり、って事で」


 まあ返さないんだけどな、と付け加えて庭への扉を開ける。隅に埋めるのも何だと思い、墓石代わりになるかと考えて庭の中央の巨大な石の近くに埋めてやる事にした。

 ベルズは体内からスコップを取り出して地面を掘り始める。途中まで無言で掘っていたが、にんまり微笑みながらそれを見ているカトレアの視線に耐え切れなくなり、先程の言葉の続きを話す。


「……本当に、情が移ったとかそういうのじゃないからな。ただ、こいつとは直接の繋がりはないが、こいつの兄貴の体は今は俺の物になってるし、そう考えると一応家族とか兄妹とかって事にもなるかもしれないし、ならあんまり無碍に扱うのはよくないかなとか考えただけでだな」


 喋る途中で手を止め、ちらとベルズがカトレアを見ると、しゃがみこんで両手を頬に当て、先程と変わらぬ笑顔でベルズを見ている。


「ふふ。やっぱり、ベルズさんは優しい方ですね」

「いや、だから優しくねぇって」


 そこで会話は途切れ、地面を掘り返す音だけが響き続けた。

 リギアの埋葬が終わるまで、カトレアはずっと笑顔でベルズを見つめていた。

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