第10話 来訪者
「まったく……」
カトレアを部屋に残してベルズはキッチンへとやって来た。食事を作ってくるので待っているように言うとカトレアは大人しく言う事を聞いてくれた。
それと、ベルズは夜眠る時には必ず鍵を掛ける事にした。なにかを奪っていくのは強盗だけでは無いと気がついたからだ。
その話は置いておき、ベルズは少し悩み出した。
「エルフって食べられない物とかあるのか……?」
食事を作るとは言ったが、もしかしたらエルフは口にする事のできない食材があるかもしれない。
それに加えてベルズは物を食べなくても餓死はしない。だから、できる事は適当に味を付けて焼くか煮るだけだ。
今からでもカトレアに好き嫌いを聞きに行こうか、と考えたあたりで、いやいやそうじゃない、と考えを改める。
そもそもカトレアは別にお客様でもなんでもない。無理を言ってここまで着いて来た居候のようなものなのだから、そこまで気を使う必要は無いはずだ。
飢え死にされても困るから仕方なく食事を用意するだけなのだから、何を出しても文句を言われる筋合いはないに違いない。まあ、カトレアならベルズが出したものは例え毒でも無機物でも文句一つ言わず平らげるかもしれないが。
「ま、肉でも焼いて食わせりゃ大丈夫か」
そう考えてベルズはキッチンのすぐ近くの部屋、冷凍庫から肉を持って来る。
この肉、ベルズがこの家にやって来た当初から冷凍庫内で大量に保管されていたものなのだが、不思議な事に常温でどれだけ放置しても腐らないのだ。
腐らないばかりか、まるで切り落としてすぐのような新鮮さすらある。ただ、何の肉かは食べてもわからないし、味も不味いわけではないが、やはり何の味かは判別できない。
何なのかよくわからない物を食べさせるのはよくないような気もしたが、そもそも他に食べ物として口に入れられるような物は置いていない。料理を作るとは言ったがこれで我慢してもらうほかない。
まあ、ただ塩を振って焼くだけのものを料理と呼ぶのもおこがましいような気もするが、ベルズはあまり深くは考えない事にしてカトレアを呼びに行った。
ベルズが三階まで行きカトレアのいる部屋(ベルズの部屋だが)の扉を開けると、カトレアは窓の外を眺めていた。
「あ、ベルズさん。……海って、綺麗ですね」
「え? あ、ああ、そう、だな」
そう言いながらカトレアは海をうっとりと眺めている。瞳もなんとなくキラキラとした輝きが増しているようにも見える。
そういえばカトレア、海は初めて見たとか言っていたか、とベルズは思い出した。
適当に相槌を打ったがどうやらカトレアは不服だったらしく、頬をちょっぴり膨らませる。
「むぅ、こういう時は『君の方がキレイだよ』って言って欲しかったです」
「ああそうなんだ、うん、じゃあ次からはそうする……」
無茶振りだ。ベルズは呆れ気味にカトレアに言葉を返した。
別に付き合っているわけでもないし、そこまで深い仲でもないのにいきなりそんな事を要求されても困惑するしかない。
ベルズは再び適当に相槌を打って、本題に入る事にした。
「ああそれはそれとして、食事の準備ができたから、一階の食堂まで下りてきてくれ」
「わかりまし……あら、あれは」
「ん? どうした? 」
視線をベルズに向けて返事をしかけたカトレアが、窓の外に何かを発見する。
それに釣られるようにベルズも窓の外に視線をやると、二つの人影らしきものが島に上陸してくるのが見えた。
「ベルズさん、どうしましょう……? 」
不安そうにカトレアが聞いてくる。昨日の事を思い出し、また何か失態を見せてしまうのではないかと考えているのだ。
加えて、人影はカトレアを捜しに来た者達ではないかとも考えている。だとしたら自分はどうするべきかも聞いている。
とはいえ昨日の今日だ。またカトレアを追ってやって来た者である可能性は、無いわけではないが低いだろう。
ベルズとしては誰が来ようとそこまで対応は変わらないが。帰れと言って大人しく帰るならそれで良し、そうでないなら力に訴えるまでだ。
「そんな顔しなくていい。あれは俺が片付けるから、カトレアは先に飯でも食ってていいぞ」
「……はい」
まあ、なんにしてもカルムほど苦戦する相手はまずいない。カルム相手に苦戦したのは、ひとえに攻撃が当てられなかった事が原因。
攻撃さえ当たる相手なら、幾多の金属や鉱石を取り込み、その莫大な質量と魔力を武器として叩きつける事も防具として鎧う事も出来るベルズが負ける事はないのだ。
世界にどんな存在がいるのか完全に確認できない以上はカルムと同等かそれ以上に回避に特化した戦法を取れる者がいないとも言い切れないが、そいつがこの場所に来る確率を考えればいないようなものだ。
来るとしてもせいぜいが蠅のようにすばしっこい速度程度だろう。それくらいならば叩き潰せる。
強力な火炎を操る魔術師が相手だった場合は、そうもいかないが。
しかし、例えそれが相手でも勝ち目がない訳ではない。仮に相手がベルズの弱点を突けたとしても、打開策は用意してある。
カトレアを安心させてやるために軽く頭をポンポン叩いてから、ベルズは外へ向かって駆け出した。
ダアン! と玄関の扉を勢いよく開け放つと、先程見えた人影が互いに視認できる距離まで歩を進めていた所だった。
突然の出現に吃驚している二人組に、ベルズは両手を大きく広げて歓迎の言葉を送る。
「いやあ、ようこそいらっしゃった! わざわざこんな辺鄙な場所になんの用かな? 」
ひとまずベルズは戦闘を回避してみようと試みる事にした。
前回は失敗したものの、途中までは上手くいっていた。と、ベルズは思っている。
今回はカトレアにも出てこないように釘を打ってあるし、カトレアも同じ轍を二度も踏まないだろうと考え、できる限り怪しまれないように振る舞ってみせた。
何も隠す事など無いと、余計な詮索をされないようにと満面の笑みを浮かべてみたベルズだが、逆効果だったようだ。
二人組の内少し背の高いほうの、薄汚れた衣服の少女がベルズを怪しい物の塊を見るような表情で見ている。
「……怪しい」
「な、何言ってんだ、ぜっ全然怪しくないし。つーか今の言葉のどこに怪しい部分があったよ? 」
ベルズはすぐさましどろもどろになる。ベルズは売られた喧嘩は喜び勇んで買うが、争いを避けるように行動するのは経験が少ないのだ。
「あんなに大量の死体バラ撒いてある所に住んでるってだけで十分怪しいと思うけど……まあいいや」
少女が歩いてきた方を軽く振り返りながらそう答える。ベルズとしては助かったが、そこをスルーというはどうなのだろうか。
「私ロメリアと言うのだけど、道に迷っちゃって。舟に乗ってちょっとうたた寝しちゃったら、いつの間にか海の真ん中で。できれば水と食料と、それから近くの町までの海路を教えてもらいたいんだけれど」
ロメリアと名乗った少女が真剣な面持ちでそう言ったのを聞いて、ベルズは安堵した。なんだ、ただの遭難者か、と。
またカトレアの事を捜しに来た奴かと身構えていたが、杞憂だったようだ。
多少無償の要求としては図々しい気もするが、まあ身なりからも察するに餓死寸前、という所だったのだろう。
表情には鬼気迫るものが感じられるし、後ろにいる背の低い方の女もベルズからは逆行でよく見えないが相当顔色が悪そうだ。
ともかく、それだけで大人しく帰ってくれるならベルズとしては願ったり叶ったりだ。
「……まあ、そんだけで帰ってくれるなら別にいいんだが。ちょっと待ってろ、食い物と水はすぐもって来る」
「ありがとう、本当に、本当に助かったわ」
感謝の言葉と共に、ロメリアがやつれた顔を緩め笑みを作る。顔色が悪いもの相まって、正直幽霊みたいに見えるが。
ともかく、ベルズはそれに軽く手を振って返し、キッチンまでやってきた。
約束通り水と食料は持って行くのだが、少し問題がある。
肉自体は腐るほどある(腐らないのだが)からそこは問題ではない。
ベルズは道とかはよくわからないのだ。自分で海を渡る分には感覚でどこをどう行けばいいかわかるのだが、人に説明するのはからきしだ。
だが幸い、道に詳しいかもしれない者がいる。
彼女は、食堂で肉とにらめっこをして固まっていた。
「カトレア、ちょっといいか」
「あ、ベルズさん。どうかしましたか? 」
そう、カトレアだ。貴族のお嬢様ともあれば少しくらいは、少なくともベルズよりは道にも詳しいだろう。
と思って聞こうとしたが、海を見るのは初めて、とか言っていたのをベルズは思い出した。
となると流石に無理か、とも思ったが駄目で元々。一応、聞いてみる事にした。
「カトレアは地理とかって詳しいか? ここからどこか近くの町までの海路を知りたいんだが」
「ええっ!? 海路ですか!?」
一応で聞いてはみたが、当然と言えば当然だがこの反応では駄目そうだ。
無理を言った事を詫びるべきかと口を開きかける直前、それよりも早くカトレアの言葉が続く。
「そうですね……地図を見ながらだったらわからなくもないかと。……ところでベルズさん、このお肉って何の」
「おお、わかるのか! なら食事中のトコ悪いがすぐ来てくれ!」
道がわからない事をロメリアに何と言って納得させようかと考え始めた矢先、ベルズの耳に吉報が。
少し興奮気味になりついカトレアの手を握ってしまった。カトレアの方は顔が赤くなって目が泳いでいる。
「あわわわわ手が」
だが今のベルズはそんなことに構ってやれる余裕はない。
とにかく、怪しまれないうちにロメリアを帰らせる事で頭がいっぱいだった。
だからそれ以上は考えず、そのままカトレアを引っ張ってロメリアの元まで連れて行ってしまった。




