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第1話 彼女の初恋

 目の前には海が広がっている。と言ってもその色は青ではなく、血の様な赤。

 彼女の寝室には今赤い血と、それが放つ鉄の様な臭いに包まれている。

 この血溜りを作り出したのは彼女ではなく、家の中へ忍び込んできた強盗達。それだけが目的ではないのだろうが、きっと彼女を何処かへ売り飛ばすかその体を玩具のように弄ぶつもりだったのだろう。

 両手両足を縄できつく縛られ、猿轡までされている。物音一つ立てずに忍び寄られ、ナイフを突きつけられ、何の抵抗もできずこうなってしまった。

 しかしこの男達はもう動く事は無い。何故なら今は既に、人と呼ぶよりも肉と呼ぶ方が正しいような状態となっている。彼女の目の前には今、血の海といくつもの肉片と内臓が散らばっている。

 当然、これを作り出したのは彼女ではない。体を殆ど動かせない以上、できる事と言えば芋虫のように体を揺らす事くらいだ。

 つまり彼女でも強盗達でもなく、この状況を作り出した男がいる。

 この部屋の中今いるのは、既に死んでいるものを除くと三人。彼女と、その男。それから「まだ」死んでいない強盗。

 この男は、彼女が縛り上げられ、強盗達に組み伏せられた時に唐突に窓を突き破り入ってきた。

 女性と見紛うほどに長い長い腰まで伸びた黒髪、これまたまるで女性のような美しい顔立ちと海を思わせる藍色の瞳に白く綺麗な肌の……男。

 一見すれば女性と思うような風貌ではあったのだが、声は女性ではなく男性のようだった。だから多分男だろうと彼女は考える。

 髪を振り乱し美しい顔を狂気の混じった笑みに歪め、全身を覆うグレーのロングコートで身を包んだ男は実に楽しそうに強盗達を素手で叩き割り、引き裂き、潰していった。その光景は彼女の目にはまるで自分の顔を、衣服を纏った体を、血でベットリと汚す事を楽しんでいるかのようにも映った。

 五人、いや六人はいただろう強盗達はものの数十秒で、ただ一人だけが残るのみとなった。

 彼女は人が死ぬ所自体は見たことが無いわけではない。罪人の公開処刑や、命を賭けて殺しあう闘技場。そういった場所へ両親に連れて行かれて観賞する事もよくあった。人が死ぬ瞬間を見ると言う事は初めてではなかったが、この時初めて感じたなにかがある。

 ドクン、ドクンと、心臓の爆音が頭に響く。顔の辺りの熱が上昇し、胸の奥にキュッと締め付けられるような感覚を覚える。

 こいつらを殺した後は自分の番なのかもしれないという恐怖からだろうか。それとも、一時的かもしれないが助かったという事へ対する安堵からか。彼女の体は今もなお、ドキドキとして震えている。

 いや、もしかしたらこれは、恐怖でも安堵でもなく、もっと別の……?


「――痛ぇ、痛ぇよ・・・頼むよ、助け、て、くれよぉ……」


 か細く、弱弱しい声で強盗が助けを求めている。

 まだ、死んでいないと表現した強盗の男だったが、右の腕は皮一枚で繋がっている状態で左腕はグチャグチャで原型を留めていないし、下半身に至ってはすでに千切れて存在しておらず、どこに落ちているかもわかりはしない。顔も潰れ、口すらどこにあるのかよくわからないような状態。息があるのは奇跡と言っていいだろう。


「アハハッ、助けてくれだってよ。そんな面白い姿になってまでまだ生きてたいのかよ? 殺してくれ、の方が正しいんじゃないのか? 」


 男が片手で強盗の頭部を掴み上げる。繋がっていた右腕がとうとう千切れて床に転がった。


「っつーかさ、何が助けてだよ」


 男は強盗を掴んでいる方の手に力を込めた。強盗は蚊の鳴くような音量で苦悶の声を上げるのみだ。


「助けてだとか許してだとか、言われる側の時はどうせ無視してたんだろ? だったら俺もお前の言う事なんざ聞く耳持ってやらねーよ」

「ぁぁ……そ、そんな……た、た、すけ」


 ゴシャ、と音が響く。液状の何かが男の顔へと飛び散る。掴まれていた強盗は何も言わなくなった。

 部屋の中には彼女と男の二人きりとなってしまったようだ。

 男は潰れた肉と成り果てた強盗を床へ叩きつけ、踏み潰す。まるで玩具で遊ぶ子供のように楽しげに。

 やはり、次は自分なのだろうか。そう思い至り彼女は固まった。

 今までの様子からも分かるようにこの男は間違いなく人を殺す事を楽しむ殺人鬼だ。躊躇う様子も皆無だし、そうでないとおかしい。

 だとしたら当然、抵抗する余地も無く、力も弱い彼女自身もまた標的であるはずだ。一度考え出してしまうと止まらない。

 自分はどうやって殺されてしまうのだろう。頭を潰されてしまうのか、足の先から少しずつ引き千切られていくのか、腹を裂かれて内臓を引き摺り出されてしまうのか、もっと他の方法か。もしかしたらそれら全部を同時にやってくるのかも。

 それらはきっと、とてもとても苦しいものに違いない。そんな事をされて、耐えられる自信など彼女には欠片も無い。再び心臓が高鳴る。だが、恐怖でそうなっている、と言う訳では無いような気がする。先程と同じ、もっと何か別の感情。

 この後の自分の結末を考えていると男の顔がこちらを向く。顔が、身体中が、血と肉にまみれており、普通に考えたならば恐怖や不快感が湧き上がるものだろう。

 だがその姿に彼女の胸の奥が再び、ギュッと締め付けられる感覚がする。男の血に濡れた美しい顔が彼女の顔へ近付いてきて―――

 ……美しい? 今私はあの顔を、美しいと思った? 自分で考えたはずの事が信じられず、彼女は困惑した。

 男の顔が歪む。先程の狂気の笑みとあまり変わらないはずだが、その顔に彼女はどことなく優しさを感じてしまう。


「あー、悪い悪い。お前の事忘れてたよ」


 彼女の腕に男の手が触れる。腕を折られてしまうのか、指を引き千切られるのだろうか、考えていると何故だか顔が熱くなってくる。私はもしかして、そういう事に興奮する女だったのか、などと彼女は考え始めてしまう。

 ブチッ、と何かが千切れる音が聞こえた。思わず強く目を瞑るが、体のどこにも痛みは走らない。

 千切れたのはどうやら彼女の腕を縛っていた縄のようだ。拘束が解け、両腕が自由に動かせるようになる。足を縛る縄もやや乱暴に引き千切られた。

 次いで猿轡も外される。多少乱暴にやられたせいかゲホゲホとむせてしまう。


「あ、すまんすまん」


 詫びながら背中をさすられる。手にも血はべっとりとついていたはずだが、不快感は特に無かった。


「……だ、大丈夫です。ありがとうございます」


 なんだか男の対応が彼女自身に対してはやけに優しく感じられる。さっきまで人を殺していたとは思えない。


「あなたは、私の事を助けるために来てくれたのでしょうか?」


 彼女は思わず質問してしまう。行動から察すると殺すつもりはないのだろうが、見ず知らずの殺人鬼に助けて貰える様な借りを作った覚えも彼女にはない。


「ああ、俺人助けが好きなんだ。それ以上に人を殺すのも大好きなんだけど」


 実に嬉しそうな表情で男が頷く。前半はともかく、後半はあまり大声で言わない方がいいと思うのだが。


「そ、そうですか。所で、私は殺さないでいただけるのですよ、ね?」


 彼の返答自体はなんとなく予想はしていたものだったので、ちょっと怖いが一番気になる場所を聞いてみるべきだろう。


「当たり前だろ。何でわざわざ助けた奴を殺さにゃいかんのだ」


 半目でツッコミを入れられてしまった。もしかしたらあまり悪い人では無いのだろうか。人を平然と殺せる相手を悪くないのでは、と考えるのも不思議な話だが。


「それに、とてもじゃないがこんなに可愛い女の子を殺すなんて、俺には出来ないな」


 気恥ずかしくなったのか男は少し間を置いてから、冗談だ忘れてくれと言っていたがその部分は彼女にはあまりよく聞こえなかった。

 かわいい女の子、と言う部分で胸がまたキュッと締め付けられるような感じがする。実は彼との会話中、彼女は度々胸がドキドキとする感覚に襲われている。もしかすると、これって―――


「さ、さてと! これ以上少女の眠りを妨げるのもよくないし、もう帰るわ」

「……えっ」


 彼の帰ると言う宣言を聞き、思わず焦る。

 まだ、帰って欲しくは無い。

 部屋が死体まみれでここでは眠れないだろうが彼女にとってはそこは今重要ではない。


「こんな状態にしといて言うのも何だけど、面倒事は好きじゃないんだ。頑張ってなんとかしといてくれよ」

「あ、ま、待って! ください……」


 自分の一時的な気の迷いかもしれないし、そもそも断られてしまうかもしれない。でも、何も行動しないでいるのは彼女は嫌だった。「こういう感情」は何もしないのが一番後悔すると聞いた事があるから。

 こんな気持ちは今まで抱いた事が無かったから、気がつくのが遅くなってしまった。

 入って来た時と同じように、窓から出て行こうとする彼を、彼女はなんとか呼び止めた。

 彼は面倒くさそうに振り向いて、続く言葉を待っている。

 こういうのは勢いが大事だ。一息に全部言ってしまおう。一旦深呼吸。今言葉にしたい事を、口にする。


「あの、わっ、私、あなたの事が――!!」


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