4.策士
階段を登りきったところに蓚はいた。だいぶ楽しそうにニヤニヤと口元を緩めながら。
「……わざわざお迎えありがとうございます」
「うっわ、それ絶対思ってないやつだろ」
ご名答。思ってません。
だって蓚に迎えに来られたのだと思うと少しだけ負けたような気がするのだ。謎の対抗心だけど。
そんな私のぶっきらぼうな物言いに臆することなく笑った蓚は裕樹に向かって、口を開いた。
「腕つかんで何言ってたんだよ」
「ちょっ、お前何処まで見えてんの!?」
率直な質問に裕樹は顔を真っ赤にして反応する。それを見た蓚は楽しそうな顔をして私の方を向く。
「誰かさんに至っては頭撫でちゃってさ?」
「ちょっと黙って蓚」
まさかの不意打ちに私の顔の熱が上がるのがわかった。蓚は視力と観察力共に優れているせいでいらない所まで見ている。今はその技量がとても恨めしかった。
「俺としては裕樹の方を先に聞きたい」
「誰かさんが私のこと呼ぶから聞けなかったんだよ」
私が小さく呟けば蓚はすぐさま反応する。視力聴力共にいいってどんだけ野生動物になりたいんだコイツは。
「だあああああっ!!!!
聞かなくていいからっ!!!!!」
そう叫ぶなり、すぐさま俯いた裕樹の顔は熟れた林檎と並ぶ位に真っ赤になっていた。
「気になるんだけど、私」
「気にしないで欲しい」
「でも、何?」
「…それ、は、言えない」
問い詰めて行くうちに近くなっていく顔。裕樹が俯いていたせいもあって距離感を誤っていたらしく、バッと顔を上げた裕樹との距離が想像以上に近くて条件反射かのように離れる。
瞬時、蓚が低く笑う声がした。
「お前らさー、見てる分には楽しいんだけどね」
愉快そうで、それでも何処か気だるげな蓚の声がやけに響く。私たちはジトリと蓚を睨んだが、睨まれた本人は軽く肩をすくめてペットボトルの蓋を開けた。
「ちょっと俺にはアツすぎるんだよ」
蓚はそう言いながら炭酸飲料を啜る。その意味を理解した私達は何とも言えない気恥ずかしさに襲われる。いや、襲われたのは私だけかもしれないけど。
「つーことで」
蓚は飲みかけの炭酸飲料を裕樹に向かって投げた。投げられたそれは綺麗な放物線を描くと裕樹の手のひらにスポっと収まる。その瞬間、蓚は私の腕を引いて自分の元へと寄せた。
「悪いけど、莉奈借りてくね」
「……別に俺に謝ること無いよね」
裕樹はそのままクッと笑った。どこか一歩引いたような、苦いものを堪えたような、そんな笑顔だった。
少しだけ、少しだけ空気が冷えた気がするのは気のせいだと願ってる。すぐに私の腕を離した蓚はクツクツと喉で笑う。何を企んでるのか知らないし、この状況の意味も私はわかってないけど、とりあえず蓚が嫌な楽しみ方をしてる事だけはわかった。
「だって、さぁ?」
「そんな事言ってないで、補助員早く行きなよ。
それと莉奈、スポドリさんきゅーね」
どこかぎこちない笑みを浮かべて、裕樹は手を振って背を向けた。何とも言えない空気の中、私達は裕樹とは逆方向に歩みを進める。
「何を企んでるのさ」
「俺としてはとても面白いコト」
後頭部で手を組みながらケラケラと笑った、そんな蓚の目はどこか遠くを見るように冷たい光を宿している。
「後悔するくらいならしなくてよかったんじゃないの?」
「俺、後悔してるなんて言った?」
軽い口調で質問を質問で返される。
「表情が言ってる」
私は、自分でも驚くほどに低い声で言葉を返した。
「……さっすが、敵わないもんだな」
そう言って蓚はやっとふざけたようね笑顔を崩し、苦笑いを浮かべる。
「何年一緒にいると思ってんの」
「確かにな」
そう、蓚は家が隣同士の腐れ縁の幼馴染。生まれた時から幼小中と共にいるため、不本意ながら表情で感情くらいは読めるんだよ。
「嫌われちゃったかねぇ、裕樹に」
蓚は少しだけ残念そうに呟く。しかし残念ながら私にはその思考に行き着くプロセスが分からないから、ただ真っ直ぐに疑問をぶつけるしか無かった。
「なんでそうなるの」
「おまっ…」
信じられないという顔をして蓚は私の方を向く。いつもは重そうな瞼が見開かれていた。
「何よ、その顔…」
「莉奈って疎い時本当に疎いよな…」
そういうなり、溜息を吐いて蓚はスタスタと先を行く。
「ちょ、蓚!!
それどういうこと!?」
「どうもこうもねーよ。
まぁ、さすがに動いてくれるんじゃね?」
誰が、と問いかけようとした所で蓚が振り向く。
「じゃないと、俺が困る」
そう言って舌を出した蓚に喧嘩を売られたような気しかしなかったので、とりあえず追いついて背中を叩いた。
蓚「理不尽じゃね」
こんにちは。花紫です。
ようやく登場した幼馴染の蓚。今回裕樹は出番少なめでしたね…。ごめん。
次回から登場人物がバンバン増えていく予定です。女の子も増えます。莉奈は女友達がいない訳じゃないんです。むしろモテます。モテモテです。ただ出すタイミングを掴めないだけなんです。