3.無意識
「尚更タチが悪い」
紅潮した頬を隠すようにして頬に手を当ててジトリと裕樹を睨む。でも睨まれた張本人はそんなのまるで気にしてないかのように爽やかな笑顔を見せつける。
「やり返した莉奈も同罪だからな?」
「うぐ…っ」
言葉に詰まって顔を埋めれば頭上でケタケタと笑う声がした。すべてが裕樹のペースであることがムカつく。ずっとそうだ。それなのに裕樹は私の気持ちに気づきもしない。
「裕樹のばか」
「唐突にひどくね?」
鈍感すぎる裕樹に恨みを込めて小さく呟く。
『私以外にはしない』ってことはつまり、『勘違いされない女友達』だからと結論づけてる。それはある意味特別なのだろうけど、この“特別”は少し残酷だと思う。
だって恋愛対象として見てもらえてないと言い訳で、それはつまりこの想いが叶うわけではないという事で。
炸裂し始めたネガティブに内心ダメージを受けつつ、それでも隣の人に恋をしているのは自分なのだと諦めて、そっと笑みを作った。
「というか、そんな気にしなくても裕樹はモテるでしょうが」
「何それ同情?」
「違うわ」
疑心暗鬼と言わんばかり私のことをにジト目で見つめる裕樹に私は溜息を吐いた。予防線を張っているのか、本当に気づいていないのか。裕樹は周りからの評価を自身ではあまり理解していない。
「どんだけ卑屈なんよ…」
「だってそんな訳ねーし」
ふてくされたようにそっぽを向く裕樹に、私は少しだけ顔を寄せた。
「あるから」
目の前の顔が見る見るうちに赤に染まっていくのがわかった。自分が女子にモテている。その事実はコイツにとってかなり嬉しくて小っ恥ずかしいものらしい。
実際、ここに裕樹に対して恋してる人がいる訳だし、それを知らない友達数人に恋愛相談を受けている訳ですし。
「…例えば?」
「それは言えないなぁ」
恥ずかしそうに聞き返す裕樹に対して、私は悪戯に笑みを浮かべた。
具体例を口にしてしまうほど天然じゃなければ、自身の敵を作ってまで裕樹に尽くす優しさも私には無い。
綿菓子のように、甘ったるくて、しつこくて、ベトベトで、それでも嫌になれない。私のはそんな感情。
背伸びをするように立ち上がった瞬間、グイっと左腕を掴まれる。驚いて裕樹の方を向けば、真っ直ぐな双眸が私を捕えた。
「でも、さ」
《莉奈っ!!!》
裕樹の何かを呟いた声と、私を呼ぶ声が被る。
2人して声のした方を向けばニヤニヤと下世話な笑みを浮かべている男子、修の姿があった。炭酸飲料を片手に頬杖をついて高みの見物ですか。そうですか。
「……あの野郎」
隣の声がやたらと低かったことに驚く。まぁ確かに蓚に絡まれると厄介だもんね。うん。
「ごめん、遮っちゃって」
「いや、別に大丈夫。遮ったの莉奈じゃないし。
それに補助員の時間っしょ?」
裕樹の言葉にハッとして腕時計に目をやる。時刻は集合時間の15分前になっていた。
「ほんとだ。ありがと」
「いいのいいの。俺もそろそろテント戻らないとだし」
んー、と小さく唸って静かに立ち上がった裕樹を、私は再び見上げる形になる。ふわふわとした栗毛色の癖っ毛が太陽に透かされて、綺麗で、そっと手を伸ばす。癖っ毛に手を添えて、そのままやわやわといじる。
「…莉奈」
呼びかけた声にハッとして我に返った。そして、この状況の恥ずかしさに顔を覆いたくなった。だって、これじゃあ唐突に裕樹の頭を撫でたみたいじゃんか。夏の暑さに私の頭までやられてしまったようで。
「…頑張りました、ってことで。
ほら、身長高い人って撫でられ慣れて無いって言うし」
最もらしい言い訳をペラペラと語りながら私は笑う。だって言えない。言えるわけない。裕樹の髪に触れたくなったなんて言えるわけない。言えるくらいならとうに告白くらい出来ている。
顔が熱い。いやきっと暑さのせい。そういう事にしとかないともう色々と持たない。チラリと見やれば、裕樹も心なしか顔が赤かった。そりゃあ女子から急に撫でられたらそうなるよね。ごめん。
「…莉奈のそういう所、ほんと」
「なに」
「何でもない」
「言ってよ」
「言えるわけない」
「何それ」
2人でぶつくさ言いながら階段を登る。前を歩く裕樹の表情は見ることが出来ないけど、真っ赤なその耳朶を見て私の顔は更に熱くなった。このままこの心地よい時間が続けばいいとさえ、願った。
言えるわけない。
言えたらこの小説終わっちゃう。
こんばんは。花紫です。
木日更新と言っていたのですが、テスト期間に入りろくな執筆ができませんでした。
ということでその遅れを調整するまでは不定期の浮上高めの更新となりますのでよろしくお願いします。