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純真なる追撃

作者: ラズ

 やめちまえ、と言われた何度目かに、ああそうしようと思った。

 ついでに人生にも幕を下ろすことにした。

 翌朝、レンタカーを借り某樹海へ。


 ネットで調べた「おススメ! 自殺コース」――その入口で車を降りる。

 もしや他に車、先客があるのではと見渡したが……がそんなこともなかった。

 しんとした冷たい静けさのなか、コート内側の薬瓶の膨らみを確認し、安らぎへの道へと踏み出す。


 ……が、呼び止められた。

 振り返ると、明るいピンクのダウンジャケットの女性がいた。


「あの、こんにちは」


 声と顔からして同じ二十代。やや丸顔で愛らしく、しかし緊張の滲んだ面持ち。

 すぐにピンときた。自殺サイトの注意書きにあった自殺防止監視員だろう。


 とっさに「遊歩道へ行きたかったんですけど、迷ってしまったんです」と伝える。これもサイトにあったアドバイスだ。

 自然な表情と声、態度、そして眼で作った演技には自信があった。

 しかし、


「ごめんなさい……私まだ経験が浅くて。でも、お話させてください」


 涙を浮かべた彼女の言葉が、強く胸を打った。


 すぐに別の監視員も来て、彼らに連れられプレハブの詰所で温かいお茶をもらい、話をした。他愛ない会話のなか俺はずっと聴く側でいた。

 昼には解放されたが、彼女から携帯番号とメールアドレスを教えられ、

「帰ったら、連絡ください」と言われた。


「俺がその、散歩に来たんじゃないってすぐわかっちゃいました?」

「はい、なんかわかっちゃいました……なんでだろう」


 そう恥ずかしげに答えた様子に、再び込み上げてくるものがあった。



 アパートに戻ってから電話をかけた。短いやりとりで通話を終える。

 ボランティアで監視員をしている彼女は某大学生で、専門は物理、中学から高校にかけてはソフトボール一本で青春を謳歌した、なんてことまで詰所で知った。


 そんな……ずぶの素人にすら、渾身の嘘を見破られた。俺の演技がまるで通じなかったのだ。

 敬愛していた劇団の先輩にぶつけられた「才能ない」「嘘臭い」「やめちまえ」がふたたび重く頭に響く。演劇こそが俺のプライドであり命だった。


 だがその死に場所を求める、なんて有りがちな自己表現すらも相応でなかったのだろう。結局この四畳半の平々凡々とした空間こそが才なき者の末路にふさわしいのだ。

 場所は変わったが、俺は当初の予定通り睡眠薬の瓶開け、中身を喉へ流し込んだ。

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