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青春とは、投げることだ(後編)

百合香のドキドキ♡デート編、後半です!

 私はペーターに引きずられるようにしてクラトノットの街に繰り出した。街は早朝にもかかわらず、活気に満ち、たくさんの人が行き来していた。

 突然飛ばされてきて路上に放り出された時には気付かなかったが、クラトノットは美しい街だった。

 通りには煉瓦造りの建物が並び、その赤さが目に鮮やかだ。地面には様々な色をした石が敷かれており、見渡す限り複雑な模様を描いていた。

 無粋なアスファルトに見慣れた目にはそれが何となく物珍しく、私はいつものくせで下を向いて歩いた。

「あ、あのさあ百合香」

 ペーターは、誰かにぶつかりそうになった私を引っ張った。

「ええっと、とりあえず、少し座ろうか」

 そう言ってペーターは、近くにあったベンチに腰掛けた。私も隣に座る。

「ペーター、さっき何か言いかけなかった?」

 私がペーターの顔を見ると、ペーターはなぜか視線を逸らした。何となく距離が近い気がするのは、たぶん気のせいだ。

「あ、うん、えっと……」

 ペーターはしばしの間、言葉を選ぶように黙りこくった。やがて話し出す。

「百合香は知らない世界に来て、きっとものすごく戸惑ってるだろうけど……」

 ペーターは、膝に載せた手を、じっと見つめていた。私は、ペーターが言葉を続けるのを、黙って聞いていた。

「おいらはこの街も、そう悪くはないと思うよ。この街から出たことなんてほとんどないおいらが言っても、説得力はないのかもしれないけどさ」

「……」

 私は何も言わなかった。こういう時なんと言えばいいのか分からなかったし、自分がどういう気持ちなのかもよく分からなかったのだ。

「……さあ、行こうか。見せたいものがたくさんあるんだ」

「うん」

 私は頷いた。ほんのちょっと前まではこれ以上無いほどに落ち込んでいたのに、ペーターの言葉を聞いてからは、この街を見て回ってみたいと思い始めていた。

 それから私とペーターは一日かけて街中を見て回った。クラトノット市街の中心部を流れるアレア川の遊覧船に乗り、大道芸人のパフォーマンスに拍手を送り、噴水広場で鳩に餌をやり、屋台の出ている通りでいろんなものを少しずつ買って分け合い、国で一番の図書館だというクラトノット中央図書館の蔵書量に目を瞠り……。私は落ち込んでいたことも忘れてそれらを楽しんだ。

 夕方になり、日が西日の眩しくなってきた頃、ペーターは「よし、そろそろ行かなくちゃ!」と言って、どこかへ歩きだした。

「どこに?」

「行けば分かるよ」

 そう言ってペーターは、愛嬌のある顔でくしゃりと笑った。


「……ねえ、まだ着かないの? 私もう疲れた」

 ペーターが目指したのは、街を少し外れたところにある、小高い丘だった。こんなことになるんだったらもっと歩き易い靴を履いてくればよかった、と後悔しながら、私はペーターに続く。

「もう少し、もう少しだから」

 歩きにくい場所に差し掛かると、ペーターはそう言って手を貸してくれた。大した道のりではなかったが、ほとんど一睡もしなかった身にはきつかったので、私はありがたく手を借りた。

「さあ、到着だ」

 そう言ってペーターは私の背中をポンと叩いた。

「……わあ」

 眼下に広がる光景に、私は息を飲んだ。

 その丘の頂上からは、街を一望できた。

「綺麗だろ? おいら、この街に来たばかりの人を案内するときには必ずここに連れてくるんだ」

 ペーターはどこか自慢げな様子で言った。

 ラウレン王国首都クラトノット。

 ジレア・ミナスで最も美しく、ジレア・ミナスで最も洗練され、ジレア・ミナスで最も繁栄している街。

 それが、クラトノット市民の街に対する評価だ。市民たちは彼らの街を語るとき、とても誇らしそうな顔をする。

 丘から眺める街の景色は、街の中にいるときに見えるものよりいっそう美しかった。赤煉瓦造りの家々が見渡す限り並び、夕日がそれを照らしている。

 景色に見とれている私に、ペーターがぽつりと言った。

「……先生が、百合香のこと心配してたぞ」

「え?」

「もし元気がなさそうだったら、元気づけてやってくれって頼まれた。おれはそういうの上手くないから、だって」

「そうなんだ……」

 私は胸が熱くなった。まったくの赤の他人である私に対して、どうしてラウレンの人たちはこんなにも優しくしてくれるのだろう。

 許してもらえるかは分からないけど、帰ったら先生に謝ろうと思った。それがせめてもの礼儀だ。

「ありがとう、ペーター。気を遣わせちゃったね」

 私はペーターに礼を言った。ペーターは「大したことはしてないから」と言ったきり、黙りこくった。

 しばらくして口を開く。

「百合香……この景色全部、お前にやる」

 ……は?

「ええっと、それ何のギャグ?」

 何だか景色が台無しである。

「いやいやおいら本気だし。本気と書いてマジと読むし」

 ペーターは言い張った。

「日本語知らないのに何でそんなこと知ってるの!」

「前にジュンが言ってて……」

「ああそう……」

 ペーターって、いろいろな苦労を場違いな一言で台無しにするタイプだなあ……。ジュリエッタとかいう子とのデートでやらかしたというヘマも、きっとこういう類のものなんだろうなあ……。

 私は何だか頭が痛くなってきて、眉間に皺を寄せた。

「よし、百合香。キスをしよう」

「はあああああ?」

 意味がわからない。馬鹿かこいつは。昨日会ったばかりの男と何でキスせにゃならんのだ。

 呆れてものも言えないでいると、ペーターの顔が近づいてきた。

 それで。

「いやあああああああ! 触るんじゃないわよこのけだもの!」

 姉直伝の背負い投げが役に立ったのである。

 気がつくとペーターはひっくり返って唖然としてこっちを見ていた。私は、「最悪!」と吐き捨てるとさっさと丘を下り、屋敷へ向かった。

 背後から「こんな断られ方をしたのは初めてだ……どうしようますます惚れ直したかも……」という声が聞こえてきた気がするが、たぶん聞き間違いだろう。妙な悪寒や視線を感じるのも、気のせい。

 全部気のせい。……だよね?


 屋敷に帰った私は、ロデスさんに先生の居場所を尋ねた。ロデスさんは先生が平日はいつもいるという仕事部屋に案内してくれた。私は扉の前で、ノックをするのを躊躇った。部屋の前でもじもじしているといきなり扉が開いて、先生が顔を出した。

「ああ、お帰り」

 先生は、朝のことなどなかったかのようにそう言った。私はそのことに戸惑い、「ど、どうも」と返事をするのが精一杯だった。

「――で、何か用か? 扉のとこにずっと立ってただろ」

 バレていたのか。私はきまりが悪くなってうつむいた。しばらく黙っていたが、ようやく決心が着いて、口を開く。

「あ、えっと、その……朝は、ひどいことを言って申し訳ありませんでした」

 何だか泣きそうだ。先生は、どうして何事もなかったように振る舞うのだろう。一体私のことを、どういう風に思っているのだろうか?

「すまん……何のことか分からんのだが」

 本当に分かっていない様子で、先生はしきりに首を傾げた。

「え? あの、覚えてないんですか? 朝、私が言ったことを」

 まさかそんな。私の今日一日の悩みは一体どうなるというのだ。せっかく勇気を出して謝ったというのに。

「朝……? おれ寝起きものすごく悪いんだよ。傍目からはそうは見えないらしいが。意識無いのに普通に喋ってることがよくあってだな」

 先生はそう言って照れくさそうに頭を掻いた。私はただ「そうですか……」と答えることしかできなかった。

 そういえば、と先生が話を切り出した。

「ペーターと出かけたのか?」

「はい」

「そうか。楽しかったか?」

 先生は、にこりと笑った。

「ええっと、まあ、その、ぼちぼちです」

 私は何と答えればいいのか分からず曖昧な返事をした。何だか今日のペーターとのお出かけで私はとんでもないものを背負ってしまった気がするのだ。

「そうか。なら良かった。あいつ惚れっぽいとこあるから変なことされてないかちょっと心配だったんだよ」

 そんな相手に女の子を元気づけるのを頼むなよ……。心の中でそう突っ込んだ後に、私はあることに気付く。

 先生は、人の才能を見出すのがものすごくうまいという。

 それは、人を見る目があるということで。

 ――つまり。

 先生はああいうことが起こると分かっていながら、わざとペーターをけしかけたのでは……?

 目の前でのほほんと笑っている先生を、この手で地獄に突き落としてやりたい。

 そんな気分になったにも拘わらず背負い投げで済ますことができたのは、以前より少し成長した証拠だろう。

 上司? そんなの知ったことではない。

 それにしても背負い投げは、本当に役に立つ。

 そんな異世界生活二日目だった。


さて、百合香のドキドキ♡デート編は終わりです。

何かべつにドキドキしないし名前に偽りありですね(笑)

次回はユーフィーミアさんが登場します。先生は蕁麻疹に悩むこととなるでしょう。

ではでは(^^)/

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