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青春とは、投げることだ(前編)

長くなったので、前編後編に分けてお送り致します。

 読者の皆様、覚えておいでだろうか。私には年の離れた姉がいる。具体的に言うと、十歳離れている。

 インドア派の私とは対照的な姉だ。

 強さに憧れを抱き、相撲からムエタイまで格闘技全般を極めようとする、そんな変わり者。

 姉は「鍛錬」と称して私を格闘技の練習台にしたものだ。

 はっきり言っていじめである。

 そんな暴君である姉はある時、「お前に護身術を教授してやろう」などと馬鹿げたことを言い出した。

 悪漢に襲いかかられないとも限らない、と。姉は、嫌がる私を無理矢理連れ出し、暮れなずむ公園で特訓を課した。

 私は熱意も才能もなかったし、護身術に別段必要を感じっていなかったので、不真面目な態度で臨んだ。

 そのあまりに無意味な特訓の中で私が唯一会得したのが背負い投げである。

 要するに何が言いたいのかというと、今回の話では背負い投げが役に立つ。


 朝。目を開けるとそこには、知らない天井。ああ、そうか、ここは我が家ではないのだ。私は非行少女の気分で起き上がる。やむを得ないとはいえ、無断外泊をしてしまった。

 クローゼットを開けると、メイドの誰かが用意してくれたのだろう、この世界にふさわしい衣服が詰まっていた。

 何だかやけにヒラヒラフリフリしていて普段私の着る服とは傾向が違うが、この世界ではこれが普通なのだから仕方がない。私はその中の一着、腰にリボンの付いた薄紅色のワンピースに袖を通した。えらく乙女なデザインで、機能性は皆無といった感じ。

「朝食をお摂りになりますか」

 遠慮がちなノックとともに、メイドのメアリの声がする。あまり食欲はなかったが、食べないのはよくない。私は「今行きます、ありがとうございます」と応えた。

 メアリに案内され、食堂に向かう。食堂には、何十人も一緒に食事ができそうなテーブルがあった。実際椅子がたくさん置いてある。テーブルには染みひとつないテーブルクロスが掛けられている。そんなテーブルの隅の方に、先生はたった一人でぽつんと座っていた。本を読んでいる。昨日読んでいたのとは別の本のようだ。入って来た私に気付いた先生は、読んでいた本から顔を上げ、こちらを見た。

「あんた、ほとんど寝てねえな?」

 先生は、やれやれといった顔で、そう言った。メガネのブリッジを押し上げて、先生は続ける。

「ひでえ顔だぜ」

 先生の遠慮のない物言いには、一日で慣れた。私は 「レディに言う言葉ではありませんね」などと適当な返事をしながら、席に着く。

 すぐにたくさんの料理が供された。ジレア・ミナスの料理は、地球のものとそう変わらないようだ。焼きたてのパン(のようなもの)、温かな湯気の立ち昇るコンソメスープ(のようなもの)、絶妙な焼き加減のスクランブルエッグ(のようなもの)、噛めばパリッと音がしそうなソーセージ(のようなもの)、見たことのないみずみずしい果実、その他諸々。どれも地球で見たものとはほんの少し違うようだが、いずれも美味しそうだ。だが、とても食べ切れる量ではない。そもそも私は食欲がなかった。美味しそうな料理を見ても、それは変わらなかった。それでも取り敢えず、スープを口に運んでみる。

 先生は私の様子を不躾なほど観察した。

「……あの、先生。そんなにジロジロ見られると食事がしにくいのですが」

 私の言葉をなど聞こえなかったかのように、先生は私を凝視し続けた。私にはその視線に何の意味があるのか測りかねたので、異世界人の食事の作法が珍しいのだろう、と勝手に結論付け、ちびちびとスープを飲み続けた。

 しばらくして先生がようやく発した言葉はこういうものだった。

「今日は新しい週の始まりで、仕事がある日なんだが――あんた、そんな様子で大丈夫か?」

 私は先生が人を気遣うような言葉をかけるのを意外に思った。気遣ってくれるのは嬉しいが、私は弱さを見せたくなどなかった。心配されると尚更大丈夫な振りをしたくなるという、悪い癖もあった。

「大丈夫、です」

 しかし私の口からこぼれたのは、情けないほど覇気のない声だった。それがその時の私の精一杯だった。先生はあからさまなほど溜息をついた。本を閉じ、姿勢を正してこちらに向き直る。私に魔法をかけた時と同じ、あの迷いのない真っ直ぐな眼差しが、私を貫いた。今度もやはり目を逸らしてしまった。その眼差しが先生の強さを如実に顕しているような気がして、ひどく気後れしてしまうのだ。一体どういう生き方をすればこんな目つきになれるというのだろう。私にはとても得られそうにない。

「――あのなあ、いきなり知らない世界に飛ばされてきて、混乱する気持ちは分かるぜ? おれもそうだったし。でもなあ、そういう、世界の悲しみをすべて背負い込んだかのような顔はするな。大丈夫って言い張るんなら、尚更な。自分が思っている以上に見苦しいぞ、その顔。大丈夫って言うなら大丈夫なそうな顔をしろ。そして大丈夫そうな顔ができないんなら大丈夫なんて偉そうなこと言うな」 

 先生の言葉に、私の中の最後の堤防が決壊した。涙が溢れてくる。

「――じゃあ、大丈夫じゃないです。ええ、大丈夫じゃないです。大丈夫なわけないじゃないですか! でも、大丈夫じゃないって言ったら先生何かしてくれるんですか? 私を元の世界に戻してくれるんですか!」

「落ち着けよ――おれだって何とかしてやりたいとは思ってるんだ。本当だぜ、何とかしてやりたいとは思ってるんだよ」

「でも」

 そこで私はほんの少し言い淀んだ。今から私は言ってはいけないことを言う。そんな思いが一瞬過ったのだが。

「――でも、何とかなってないじゃないですか!」

 口は止まってなどくれず、私はつい叫んだ。先生はまたもやあの目で――あの真っ直ぐで人をいたたまれなくさせる目で――黙って私を見ていた。沈黙が部屋に覆いかぶさった。目を逸らしてはいけない。逸らしてはいけない。逸しては逸しては逸しては――やっぱり無理。

 私は、食堂を飛び出した。

 スプーンが床に落ちる甲高い音だけが、妙に耳に残った。


 そのままの勢いで屋敷の建物を飛び出し、門の所まで来てふと我に返る。

 さっきのは完璧なやつ当りだった。先生は何も悪くない。それどころか私に良くしてくれている。寝るところと食事と仕事をくれた。異世界人保護協会に連れて行ってくれた。それに――何とかしてやりたいとも言ってくれた。それなのに、そんな相手を怒鳴りつけてしまった。


 謝らなくてはいけないと、思った。


 謝れない、とも思った。


 さっき飛び出したばかりでもう戻ってきて謝るなんて、そんなことが出来るほど、私は図太くなかった。私は、さっきまでの自分がとった行動の幼さを、後悔し、またそれ以上に恥ずかしく思った。先生は怒っただろうか。いや、呆れたかもしれない。失望したかも。

(大丈夫じゃないって言ったら先生何かしてくれるんですか?)

「う、うわああああ」

 私は、やらなきゃいいのに自分の言葉を反芻して地面をのたうち回った。

 その時、誰かが後ろから声をかけた。

「お、百合香か? こんな所で何してんだ?」

 私はさっと立ち上がる。そこにいたのは、うっすらとそばかすの浮いたどこか愛嬌を感じさせる顔の、茶髪の少年だった。

「ペーター……いつからそこに?」

「いつって……」

 ペーターは少し考えてから答えた。

「泣きながらものすごい速さで走ってきて、奇声を発しながら地面をごろごろ転がり回ってるあたりから?」

「つまり全部見てたんだね……」

 何だか恥ずかしい目に合ってばかりの日である。

「そういえば、百合香、お前まだこの街のこと何も知らないだろ? おいらが案内してやるよ」

「あ、でも私……」

「遠慮すんなって!」

 そう言うとペーターは私の手をがしっと掴み、走り出した。


さてさて今回の百合香のドキドキ♡デート編……

デートのお相手を予想してから読んでくださった方がいるかどうかは分かりませんが!

ただ意表をつきたいというだけの理由でペーターを相手に選びましたが、今こうして読み返してみて、えーコイツぅー? このチョイ役ぅー? と思ってがっかりされた方がいるんじゃないかということに思い当たり、戦々恐々でございます((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル

やっぱり今までの話の展開的にどう考えてもヒーローポジションは先生かジュンだよなー……。

でも一度書いちゃったらそれ以外の展開思いつけない……。

――てな具合の葛藤を抱えながら投稿ボタンを押すことになりそうです……。

しかも前回「次回は百合香がデートしやがります!」とか宣言しておきながら蓋を開けてみたらデートに出掛けるところで終わってるし……。

そんな訳でグダグダな今回でしたが、次回も引き続き百合香のドキドキ♡デート編となりますので、お付き合いいただけると大変嬉しく存じます。




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