男は魔物、女は化け物
今回百合香が魔導師秘書として働き始めます。ようやくタイトル通りの物語になりそうで、安心しています(笑)
「夫の様子がおかしいんですのよぅ」
私が魔導師秘書として働き始めた記念すべき日。先生の仕事場にて。異世界人保護協会ですれ違ったユーフィーミアさんが、予告通り事務所を訪れた。夕焼けのように赤い髪を以前とはまた違った形に結い上げ、デコルテを強調する豪奢なドレスを身に纏い、首元に大粒の宝石をあしらったゴージャスなネックレスをつけている。匂い立つような色気を醸し出すご婦人である。先生は苦手らしいが、美人である。
「おかしい、ってどういうことだ?」
先生は、一見卒無く応対しているように見えたが。
「――夫は魔物に違いありませんわぁ! か弱い私をお助け下さいましぃ!」
腕に出来始めた蕁麻疹を、しきりに掻きむしっていた。見ている方まで痒くなるほどに。
地球の人々が存在を夢見た魔法。たしかにそれは便利である。ちょっとした仕事や家事なら、この世界の人々は魔法で済ませてしまえる。ペーターは馬が元気のないときに魔法で楽にしてあげるし、ロデスさんは屋敷のトロフィールームにあるトロフィーや勲章を磨くのに、自分で調合した魔法薬を愛用しているらしい。各家々には代々伝わる魔法があり、仕事の魔法は父から息子へ、家事の魔法は母から娘へ、脈々と受け継がれる。魔法はこの世界の人々の生活に、なくてはならないものだ。
ただ、いくら魔法が存在するとはいえ、「魔導師」という職業を選べるほど魔法に長けた人間は、ジレア・ミナスにはそう多くはない。普通の人間には、自分の力でも出来ることを魔法でやって楽をするのが精々で、空を飛んだり姿を変えたりなんていう魔法らしいことができるのは、魔法学校に通って専門的な勉強をした人間だけなのだ。魔法学校は難関で、入学試験では努力よりも才能が重視されるので、誰もが魔導師になれるわけではない。
それゆえ魔導師と呼ばれる人たちは、どこに行っても重宝される。軍隊の魔法部隊に入隊する魔導師もいれば、魔法薬を処方する、地球で言うところの医者や薬剤師のような魔導師もいるし、先生のように独立開業するものもいる。
先生の仕事は、客から依頼を受け、様々な問題を解決することである。お姫様にかけられた呪いを解くこともあれば、ドラゴン(この世界にはドラゴンさえもいるのだ!)を鎮めるために火山に行くこともある。いわゆる何でも屋であるが、結構お高いので客は金持ちや権力者が多い。
ユーフィーミアさんも伯爵夫人という、高貴な身分の持ち主であった。夫はラウレン北部のアディアトと、それに連なるレイウェンの領主で、その名をジェノワール・オルテス・ジエンノルン・アディアト・レイウェンという。長すぎる名前にはきちんと理由がある。この国で貴族は、ファーストネーム・ファミリーネーム・爵位・領地、という順に名乗ると決まっているのだ。つまり名前を聞けばその人が貴族か平民か、そして貴族なら領地の有無やその場所が、すぐに分かる。ジエンノルンというのは伯爵が名乗る名称で、公爵はアジスノワン、侯爵はフランフィエリン、子爵はユーレン、男爵はゾルキンなど、とにかく覚えにくい。また、夫人は語尾に「〜イア」が付く。つまり、ユーフィーミアさんの名前は、ユーフィーミア・オルテス・ジエンノリア・アディアト・レイウェン。ややこしすぎて覚える気にもならない。騎士や魔導師にもアルン、ロアンという名称がある。この国の方式に則るなら本来先生はキオ・ギラン・ロアンと名乗るべきなのだ。身分に拘ることを嫌う先生は、名前が長くなるのが嫌だと言ってキオ・ギランとしか名乗っていないが。
まあ、先生のような例外があるとは言え、基本的に「名前が長ければ偉いやつ」くらいに考えとけば間違いない。領地をいくつも持つ大貴族などは、自分で名前を覚えていないこともあるというし、王都で出世して王様から領地を賜ったり他国を侵略したりしてどんどん名前を長くするというのが、この国の男のロマンだとか。よく分からない世界である。
「オルテス伯はよき領主だと噂で聞いているんだが、どうして魔物だと思うんだ?」
「まああ、話を聞いて下さるのぉ! よかったわぁ、私が友人たちにこのことを話しても、みーんな、そんなはずはないと言って聞き入れてくださらなかったのだわぁ。やっぱい先生は頼りになりますのねぇ! 素敵だわぁ……」
ユーフィーミアさんは、そう言って先生の手を握りしめ、妙に色っぽい手つきで指の先をさわさわと撫でた。突然のことで予期できなかった先生は、「べふ」と奇妙な音を喉から吐き出したのち、口から泡を吹き始めた。私はさりげなさを装って先生をユーフィーミアさんのもとから救出し、汚いなあと思いながらも口元を拭ってあげた。先生はユーフィーミアさんから離れて持ち直したかに見えたが、「宇宙が呼んでる、楽しいや」という謎の言葉を残して失神した。意味不明である。ユーフィーミアさんは、自分に原因があるとは微塵も思っていないのか、床に伸びた先生を見ても「まあ、先生ったら、眠いのかしらぁ? 春ですものねぇ!」と言ってくすくすと笑うばかりだった。
「先生はご気分が優れないようなので、私がお話しを伺いますね」
私は先生を仕事場のソファに横たえ、ハンカチで仰ぎながら言った。先生はうなされているのか、ずっとすすり泣きのような声を上げている。
「まああ、先生、体調がよろしくありませんのぉ? そんな時に訪ねるなんて、申し訳ないことをしてしまいましたわぁ。何だったら、日を改めてお訪ねしようかしらぁ」
「いえ、わざわざそんなことをなさらなくても結構ですよ。――いついらっしゃっても、体調は良くないと思いますから」
ユーフィーミアさんがいる限り、とは心の中で言うに留めた。
「まああ、お元気そうにみえるけど、ひょっとしてご病気なのかしらぁ? お気の毒だわぁ!」
「ええ、まあ、そのようなもので」
ユーフィーミアさんは心底心配である、という表情を見せた。いい人ではあるのだ。ただほんのちょっと――いや、ほんのちょっとというのは控えめに言い過ぎか。本当は「ものすごく」と表現するべきだ――先生と相性が良くないだけで。
まさか魔導師秘書になったその日から先生の代理を務めなければならないとは。私は半ば戸惑いながらも、ユーフィーミアさんに向き合った。ダウンした先生の代わりを、努めねばならない。
この小説は、コメディ成分を含んだのファンタジーを書きたくて始めたのですが、難しいですね、コメディ。今までシリアスで悲劇的な小説しか書いたことがなかったので(根暗か)、ちょーっと気を抜くとシリアスな展開に走ったり主人公がウジウジ悩んだりしてしまいます(^_^;)
今回も貴族の名前のこととかやたら説明的になってしまって……(汗)
まあでも、名前のくだりは覚えていただかなくても貴族出てきたらその都度説明を入れますんで!
適当に流し読みして頂ければよいかと!
ではでは、また次回も前書き後書きでお会いしましょう。