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crowding

「……おい。おいエシュ」


 昔馴染みのその男は半ばあきれたように言って、今やその日暮らしに近い様な生き方をしている、目の前の話し相手……エシュを見やった。

 肝心のエシュと呼ばれた男は、まるで母親に説教をくらった悪童のようにふてくされた表情をたたえながら、皿に盛られたピーナッツを面倒くさそうにつまみあげる。


「エシュ、聞いているのか?」

「あー……聞いてる聞いてる」

「じゃあ、俺がさっきまで言ってたこと言ってみろよ」

「となりのねーちゃんおっぱいでかい」

「……たしかにやたら胸囲がでかい人間は俺のアパートの隣室に居座っていたけど、男の乳を揉む趣味はねぇよ。

っていうかそりゃ俺に対する拷問か!?」


 エシュの適当な、いや、やる気のない返答に、数年来の腐れ縁の友人であるレイモンドも苦いため息をつく。


 エレグア・グラム、愛称エシュ。

 今はしがない賞金稼ぎ。不安定な経済状況に加え、その仕事にも果たして本腰が入っているのかどうか。いや、しかし今エシュに言及するべきはそこではない。

 行きつけの若干寂れたバーのカウンター席で男二人して若干温くなった瓶ビールを流しこむ。

 正直言って不景気極まりない風景ではあるが、今説くべき問題の内容から見れば、軽い空気でもなくかといってしみったれすぎた風でもない、腹を割って話せるちょうど良い加減の雰囲気となった。

 このレイモンドという男もしみじみと不思議な縁のものである。


 彼ら二人は、実は幼少時から付き合いだ。元々いたずら坊主を絵に描いたような両者ではあったが、どこの波長が合ったのか他人からは分からないものの、何をするにも良くつるんで年齢に似合いの悪さを一通り総なめにしてきた仲だ。

 時にはリンゴを共に拾い食いして腹を壊して並んで野糞するなんてバカもしたし、思春期ど真ん中の頃には親に隠れてポルノビデオの貸し借りをしたり、クラスで人気ナンバーワンだった可愛い女子に二人して猛アタックして雁首そろえて玉砕したりと、それはまぁ枚挙に暇もないほどに色々やった。

 そして二人ともが警察官として就職した。その時など地元の人間からは天地がひっくり返ったかのように驚かれ、続いて称賛され、そしてこう言われたものだった。


 『世の中解らないものである。』と。



 そこまで広くは無いバーの中は、今日1日の仕事を終えた充実感を肴に喉をうるおす客がまばらに座している。

 うっすらと誰彼ともなくたしなんでいる煙草が香る中、各々がカウンターやテーブル席で好みの酒を入れ料理をついばみ、明日また蟻のように働くための英気を養う。

 店内は灯りが煌々としてはおらず、店主の趣味なのか少々古めかしいが穏やかなBGMの中、まるで魚のようにくるくると若いウェイトレスがフロア内を行ったり来たりしている。

 夕飯の時間帯には少し遅いくらいの頃だが、馴染みの客がいるようで、客足の途切れる時間のないあたり、この店は秘かに人気が高いのかもしれない。


「あのなぁ、俺は心配してんの」

「お前は俺の親かなんかか?」

「そうじゃない。だけど友人だ」


 エシュにとっては今日に入ってもう何度目だろう、この説教を食らうのは。うんざりしていたエシュは平素と変わらない軽口で場をごまかそうとするが、珍しくレイモンドはそれを許さなかった。

 その内容は全て聞くまでもなく、過日の保険金踏み倒し男と麻薬の売人について、のことだろう。


 エシュは賞金稼ぎとして、ちょくちょく賞金首やその他もろもろの犯罪者もまとめて警察に引き渡している。だが、そのひき渡すたびたびに、賞金首や密売人のことごとくが重傷を負っている状態でやってくるのである。

 その確率の高さにこれは過剰防衛なのではないか、だの、やりすぎだ、だの、へたすりゃ被疑者虐待で刑事罰になるぞ、だのという小言を警察からも時々頂戴していた。

 そして今もまた、旧友であるレイモンドからすら苦言を呈される始末である。エシュにとってはこれは面白くもない状況であった。

 レイモンドはさらに続ける。


「来る奴来る奴見かける奴疑わしき奴、みんなそんな半殺しにしていたら。いつかはお前が死体になるぞ」

「俺は上手くやってるつもりだよ。今のところ大した怪我もしてない。心配なんてないさ」

「お前が死体になる心配もだが、死体にさせる方の心配もしろよ。

 いくら相手が将来有罪になるとしても、その前に死なせるな。

 殺したら今度は、お前は『殺人犯』なんだぞ」


 レイモンドの語気は友人の会話としてはかなり強かった。彼らの中では、もしかしたらこうやって人生を左右するような対話というものは、この長い付き合いでも初めてだったかもしれない。


 元々は警察官として生きていたエシュの経歴からは、らしからぬ暴挙。

 エシュが賞金稼ぎの一人として、常に日頃に追いかけているのは麻薬の密売という暗黒の業界だ。組織内それぞれの階級や派閥、あるいは取引規模の大小による格付けなどといった縦のつながりもあるものの、それ以上に横のつながりの方が幅広く、そして強い。

 必要以上の刺激を与えることは、当事者本人どころか周囲を取り巻く誰かにも被害や影響が及ぶかもしれない。それを元警官であるエシュが知らないはずはありえなかった。


 今は涼しい顔をしているが、実際にエシュも過去に数回、お礼参りと称したチンピラ達の襲撃を受けたことがあった。

 ただしその時は、襲い掛かってきた奴らを返り討ちにした挙句、仲良くまとめて警察に叩きこんだというオチで終わっていたりするのだが。


「俺はお前を『犯罪者』にしたくないんだ。わかるだろ」


 レイモンドは『犯罪』の文字をことさら強調して言った。

 それはエシュにとっては本来、特に触れられたくないワードであったが、そうでもして彼の意識を呼び起こさなければ彼の暴走は止まらない。レイモンドはそんな気がしていた。


 この男は、暴走し始めている。


 根拠こそないものの、レイモンドはそう確信していた。


「俺だって自分が叩きこんできた犯罪者と同じブタ箱にゃ入りたかねーよ。メシも臭いって聞くし」


 いたって軽い口調でエシュは、犯罪者の仲間入りの可能性を否定して、瓶の中の液体を勢いよくあおる。

 時間の経ったビールは何とも間の抜けた味で、気だるい苦さはただ不味いだけで、人を不快にさせた。それが今は自分に良く似ていて似合いの飲み物であるように感じていた。


「だったら……」

「俺がジョン・ドゥを見つけだして、そいつを殺して、そしてお前が俺を殺せばいい。

 それで世の中めでたしめでたしだ」

「……おい」


 話を続けようとしたレイモンドを遮り、エシュは一方的に言い放った。本人はその発言の自虐的な響きに気付いていないようだったが。

 しかし、レイモンドの言葉にはかすかにではあるが怒りがこもっていた。

 やけを起しているとしか思えない彼の物言いに、レイモンドは反論したかった。だがそんなレイモンドから逃げるようにエシュはスツールから降りる。

 話はもうこれでおしまいだろうと言わんばかりにレイモンドの呼びとめに応じようとせず、簡単に帰り支度を始めた。


「まぁ、冗談だ。レイの説教は肝には銘じておくよ」


 そうエシュは言い残して、振り向きざまにレイモンドの肩を軽く叩き、席から離れた。もう今日はこれ以上話をする気はないのだろう。

 そして一度もレイモンドを振り返ることなく、空いた片手をひらひらと振るだけの挨拶を残して、エシュはバーを後にした。

 彼の飲み食い分の伝票が、一瞬のすきを突いておのれの胸ポケットに滑り込まされていることにレイモンドが気付くのは、その数分後のことだった。

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