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運命の人  作者: まる。
第4章 甘い時間
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第7話~渦巻く不安~

 ジャックの背後で両腕を抱きしめるようにして背中を丸め、顔を背けた。薄暗い部屋ではあるものの裸を見られ、さらには喘いでいる姿を見聞きされたのだからそうなるのも無理も無い。まさか、赤の他人に自分のあられもない姿を見られる日がやってくるとは夢にも思わなかった。


 穴があったら入りたい。


 まさにこの言葉が今一番しっくりくる。普段の彼女なら強く拒否していたはずなのに、叶子もまた、彼との再会で心が浮ついていたのだろう。ここは彼の職場だと言う事をどこかに置き去りにし、彼を受け入れてしまっていた。

 ブランドンの視線が、ジャックの後ろに隠れている叶子に容赦なく注がれる。上から下まで舐めるようにして見定めた後、とんでもない言葉を浴びせられた。


「……ところでジャック。女を買うならもっと金をだせよ、ケチるな」


(っ、)


 ジャックに話しかけてはいるものの自分に対しての印象を遠まわしに言われているのだとわかり、肩が大きく震えた。


「なっ!? 何を言ってるんだ! 彼女はそんなんじゃない!」

「なんだ、コールガールじゃないのか。んじゃ、その女はお前の何なんだ? まさか、その辺で拾ってきたとか言うんじゃないだろうな?」


 立て続けに侮辱するブランドンに、叶子は反論する勇気も無かった。彼らとは元々住む世界が全く違う。少々のことがあってもくじけない強さが、いつの間にか備わっていた。


「彼女は、……僕の大切な人なんだ。いずれ時が来たらブランドンにも紹介しようと思ってた」

「大切? お前、カレンは――」

「っ! Hey!!」


 ブランドンがカレンの話を切り出した途端、ジャックは血相を変えて英語で話し始めた。

 彼とブランドンの間で、延々と繰り広げられる英語での会話。叶子にばれない様にする為にか難しい単語を使っている様で、二人の会話を聞き取るのは容易ではなかった。


(……何で急に英語でなんか)


 ジャックは立上がると、憤慨した様子でブランドンの前へと向かう。デスクに両手を付き、時々握りこぶしを作るジャックの背中を見ると、どこか遠い存在に思えてきた。


 またか、と彼女は溜息をついた。


 彼と離れていると会いたくて仕方無いのに、側にいると遠く感じる。ジャックからは言葉と態度で愛を与えられていても、彼の周りの誰かによってすぐに不安にさせられる。その度に、彼は自分とは違う位置に立っている人なのだと痛感させられて来た。

 一年の月日が経った今でも、あいも変わらぬ現状に溜息が溢れ出した。


「まっ、とにかく」


 ブランドンがデスクに手をつきながら、すっと立ち上がる。


「俺は今からちょっと出てくるから、しばらくここ使ってもいいぞ。……ただ、後始末だけはちゃんとしといてくれよな」

「ブ、ブランドンッ!!」


 意味深に笑いながら、ジャックの肩をポンッと叩いて通り過ぎて行く。扉を閉める間際、やっと顔をあげる事が出来た彼女へ「ごゆっくり」と言いながら、ウィンクをすると扉をパタンと閉めた。


 ――似ている。

 雰囲気こそは違えど、やはりそこは兄弟。背格好もそうだが、目元なんかは彼と瓜二つで、ウィンクをする仕草でさえも酷似していた。

 ジャックは叶子の隣に腰を沈め、落ち着かない様子で膝に肘をつき拳で手を叩いていた。


「あの、ごめんなさい」


 ジャックの性格を考えればこうなる予兆はあったのに、叶子は気付かぬ振りをした。心の何処かで淡い期待をしていた事に責任を感じ、こんなお披露目になった事を詫びるつもりでそう言うと、その言葉にハッとしたジャックは俯いている叶子の顔を覗き込んだ。


「何で君が謝るの? カナは何も悪くないよ。謝るのは僕の方だ、沢山嫌な思いをさせてしまって」

「そんな事……」


 全く無いと言えば嘘になる。しかし、今の彼女には何て言っていいのかがわからなかった。

 彼の目を見ることが出来ずに俯いたままの叶子。膝の上で重ねられた両手にそっとジャックの手が重なると、もう一方の手が彼女の頭を抱き寄せ、こめかみにキスを落とした。


「ごめんね、彼の言った事は気にしないでいいから。……その、……カレンの事も含めて」


 言い辛そうにそう言う彼がどんな顔で言っているのか見てみたくて叶子は顔を上げる。彼女の事を心配して眉尻を下げている顔を見ると、いつまでも塞ぎこんでいては彼を不安にさせてしまうだろう。大丈夫だとばかりに笑顔を見せ、コクンと頷いた。


 徐々に笑顔を覗かせる彼の重ねられた手が暖かくて。

 彼の優しい言葉が嬉しくて。


 伏目がちにした瞼と共に近づいた唇に、そっと自身の唇も重ねた。



「……? ――っ!?」」


 再び扉が開く音が聞こえ、二人は咄嗟に距離を取った。ブランドンがにょきっと顔を出したかと思うと、


「言い忘れたけど、この部屋。俺がこっからいなくなると“アレ”が動き出すからな?」


 そう言って、部屋の天井の角にある黒くて丸い、赤いランプがついている物体を指差しながら、首からぶら下げたIDカードをちらつかせた。


「んじゃ」


 それだけ言い残して、ブランドンは飄々と部屋を出て行った。


「っ!? そ、そう言うのは早く言えって、何度言ったらっ――!!」


 閉まりきった扉の向こうにいるであろう兄に対して、ジャックは柄にも無く声を張り上げた。








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