第6話~侵入者~
誰も居る筈が無い社長室で肌を触れ合わせた二人。心も体も蕩けてきたその時、想定外の出来事に息を止めた。
声のした方向を見やると、口の周りに髭を蓄えた男性がデスクから折り重なっている二人を物珍しそうにじっと見ている。
――これは……夢? 現実?
一瞬、時が止まったかのように考え込んだが、それは夢ではなかったのだと次の瞬間に知る事となった。
「久しぶりだな、ジャック」
その人影が声を発し、やはりそこに誰かが存在しているのだと知らされた。
「……っき、……」
◇◆◇
(きゃぁぁぁぁぁああああーーーーーーー!!!!)
「!!」
扉の向こうから叶子の悲鳴が響き渡り、すぐ側のデスクに座っていたジュディスの肩がびくっと上がった。
「……」
扉の方を見つめ、だから止めたのにと言わんばかりに鼻から息を吐くと、また頭を横に振りながら業務に戻った。
◇◆◇
先程まではジャックの胸を押し返しても全く微動だにしなかったのに、叶子が悲鳴を上げると共に一瞬で突き飛ばされた。露になった胸元を両腕で隠しながら急いで上体を起こすと、その声の主に背を向けた。慌ててカットソーをずり下げ、太ももが露になったスカートは生地が破れてしまいそうなほど思いっきり膝まで引っ張った。
(ど、ど、ど、どうして人が居るの!? 見られた!? きっ、聞かれた!?)
動揺している叶子に、とどめを刺す様な台詞がジャックの口から聞かされる。
「ブ、ブランドン!! ここで何やってんだよ!? 勝手に入って来て隠れてるなんて……。ど、どうかしてるんじゃないか!?」
(ブランドン、……って、確か……、――!!)
彼女の動きが一瞬止まり、サーッと血の気が引く音が聞こえそうな程に身体が硬直する。聞き覚えのあるその名前に、呼吸が止まった。
「おいおいおい。どうかしてるのはジャック、お前の方だろ? ここは社長室で、且つ、今は俺が社長だろが?」
椅子に深く背中をもたげ、自分に一切落ち度はないとばかりに両手を広げた。
「あっ……」
そう言われてみればそうだったと、ジャックはポカンと口を開けた。そんな彼に隠れるようにして叶子は背中のホックを止めようとするが、体にフィットしたカットソーだと上まで捲り上げないと留めにくいのだろう。ずり上がってくるカットソーが気になって、中々上手く留める事が出来なかった。
「だ、だからって……。僕達が入ってきた時にすぐ声を掛けてくれればいいじゃないかっ! こんっ……、へ、部屋も薄暗くしてさ!」
あたかもこんな状況じゃ人が居ないと思うのは当然だと言わんばかりに、ジャックはブランドンを責め立てた。
「昼寝してたからすぐには気付かなかったんだよ」
ブランドンは、そうか、と納得したようにデスクにある部屋のライトのスイッチに触れる。パチンと小さな音が聞こえたと同時に一気に室内が明るくなり、まだホックが留められていなかった叶子は更に慌てだした。それを察したジャックはホックを留めるのを手伝うもまだ文句が言い足りないようだ。叶子を隠しながらもブランドンへの口撃は続いた。
「ひ、昼寝って……。仕事中に昼寝なんかするなよ!」
「……ああっ、るっせえなぁ! 俺がいつどこで昼寝しようと俺の勝手だろ!? ったく、勝手に入ってきてコトを始めちまう方がどうかと思うがなっ?」
もっともな言い分に、二人の顔がカッと赤く染まる。さっきまでは薄暗いせいで表情までははっきり見えなかったのが、明るいライトに照らされた今となっては表情の変化は一目瞭然。彼に手伝ってもらってやっと身なりを整える事が出来ても、叶子はまともに顔を上げる事が出来ず、両手で顔を塞ぎながらジャックの背中に隠れて小さくなっていた。
(……やっぱり、彼のお兄さんだ。こんなの、挨拶どころか顔すらまともに見ることも出来ないじゃない……!)
いつもと違う位置に留められたホックのせいなのか、それとも今のこの状況のせいなのかはわからないが、とにかく胸が苦しい。一体どうすれば、このありえない状況から抜け出す事が出来るのかと思い悩み、叶子はずっと顔を上げることが出来ずにいた。