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運命の人  作者: まる。
第4章 甘い時間
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第5話~欲情~

 あれほど二人きりになろうと躍起になっていたのが嘘のように、今では一秒でも早くこの四角い箱から飛び出したくて仕方が無い。ジャックは液晶に映る階数表示を睨みつけては、腕を組みながら指をトントンと忙しなく弾いていた。

 この密室では二人だけの世界だと錯覚してしまうが、きっと誰かがカメラ越しに高みの見物をしているのだろう。『この空間が逆に辛い』とジャックがポツリと呟いた。


 やがて最上階に着いた事を知らせる様に、一瞬体がふわっと浮く感じがした。扉が完全に開ききるのも待てず、ジャックは叶子の手を取ると手で扉を抉じ開けた。


 又、足早に廊下を歩き出す。

 彼の長いコンパスでは、彼女は着いていくのがやっとだ。右腕をぐっと上げ、ジャケットの袖から顔を出した腕時計を見ると、更に歩くスピードが加速する。彼女は危うく躓きそうになっているのも気にも留めず、黙々と歩みを進めた。


「ちょ、ちょっと待って」

「待てないよ」


 スピードをゆるめずに振り返りながら彼女に微笑んだが、明らかに余裕の無さそうな顔をしている。一体何をそんなに急いでいるんだろうかと叶子は一抹の不安を感じていた。


 やがて社長室の扉が見え、その扉の横のデスクでいつもの様にジュディスが座っているのが見える。


「?」


 人の気配を感じたのか、顔を上げたジュディスは案の定驚いている様子だった。


「し、社長!? どうし――」

「やぁ、ジュディス。相変わらず綺麗だね」

「あ、ありがとうございます」


 普段と違って今は余裕のないジャックは、いつもの挨拶の言葉でさえも棒読みになっている。ジュディスはその事に気がつかないまま口をすぼませ照れていると、既に彼は社長室の扉に手を掛けていた。


「……? あ、あの! ち、ちょっとお待ち――」


 すぐに後を追ったジュディスだったが、ジャックは既に部屋の中に叶子を押し込んでいた。追いかけてきた秘書に対し、


「僕がいいって言うまで誰もここに入れないでね。勿論、電話も繋がないように。じゃ、よろしく」

「あ! ……の……」


 一方的にそう告げると、目の前でその扉は堅く閉ざされ、ガチャリと鍵を閉めた音も聞こえた。ジュディスは伸ばした手を引っ込めると、首を振りながら又自分の仕事に取り掛かった。




 ◇◆◇


 薄暗い社長室。

 ひんやりとした空気が流れ、なんだか背筋がゾクッとした。心なしか、又どこかで誰かに見られているのかもと錯覚しそうな程ただならぬ気配を感じる。

 いや、ゾクゾクするのはこの部屋の空気のせいじゃない。彼女を長椅子に座らせた後、片膝を叶子の横に沈ませながらジャケットを脱ぐ彼に対して抱いているものなのだと、すぐに判明する事となった。

 脱いだジャケットを反対側のソファーに放り投げ、彼女の目をじっと見つめながらネクタイをゆるめている。


「そっ……、そのままにしてたらスーツに皺がついちゃうよ」


 どことなく落ち着かない様子の叶子は、今彼が放り投げたジャケットをコートハンガーに掛けようと立ち上がるが、すぐに彼に制されてしまった。両肩を押さえつけられ、もう一度ソファーに座らされる。そして、そのまま彼の下に組み敷かれた。


「……っ」


 ボスッとソファーに沈み、叶子は思わず目を閉じた。

 彼の髪の甘い香りが鼻腔を刺激し、そっと目を開けると薄暗い中でも感じる彼の濡れた瞳に、また背筋がゾクッとする感覚に襲われる。何の言葉も発せぬ内にすぐに彼の顔が接近し、軽く唇が触れ合う。二度、三度と啄ばむようにやさしく口付けられ、その度に漏れる濡れた音が容赦なく鼓膜を刺激した。


「カナ、会いたかった」


 ギュッと抱き締められながら耳元で囁かれると、お腹の辺りがズクンっと締め付けられるような軽い痛みを感じた。

 ジャックの発したその言葉がスタートの合図の様に、一気に深い口付けが口内を侵し始める。温もりを感じ取ったジャックは、叶子を求める劣情が一気に加速した。

 彼の利き手が肌に張り付いたカットソーの裾から侵入し、彼女の白い肌を直に徘徊する。


「ま、待って。……っ」


 胸元を押し返しながら叶子が起き上がると、先程とは違う彼の顔つきにドキリと胸の奥が疼いた。目の前にいる彼は、いつもの柔らかい笑顔は一切無い。まるで獲物を捕食しようと様子を伺う、肉食獣の様な鋭い目つきをしていた。


「待てないよ」

「っ、」


 今日、一体何度聞いたであろうその言葉が、ついに彼女を陥落させた。

 地肌に入り込んだ手が背中に滑り込み、彼の指が器用に背中のホックを外す。再びソファーに沈められると首筋に顔を埋め、彼の吐息に身を捩っている間に大きな掌が彼女の双丘に触れた。


「いっ……やだ、こんなとこで……。すぐそこにジュディスさんが、いるっ、の……に……! お、おねが――」

「シーッ。静かに」

「やっ、……んっ」


 彼女の頼みを聞き入れて貰えぬどころか、黙れと言わんばかりに彼自身の唇で口を塞がれる。徐々に濡れて行く彼女の紅い唇がもう抵抗はしないのだと肌で感じとると、彼は待ちきれずにカットソーを一気に捲り上げて、露になった胸元に顔を埋めた。

 大きく深呼吸をした彼の息が胸元にかかり、それが彼女の神経を狂わせる。彼の掌がふくらはぎから太ももを撫でつけて、少し冷えた体を彼の暖かい掌が這い回った。

 溜息なのか吐息なのかもわからない甘い息づかいが、彼女の唇から小さく零れ落ちる。それらを耳に入れる事が高みに連れて行くのを助長した。

 恥ずかしい筈なのに気づけば、もっと、もっと――と、どんどん貪欲になっていく。


「んっ、……ジャック」


 彼の名を呼ぶ彼女の甘い声。その声を聞いたジャックは、わかったよと言わんばかりに、焦らす様に足を這い回っていた温かい手はスカートの中へと入り込み、叶子の柔らかい内腿に触れた。


「ったく、まだ続ける気かよ?」

「「……?」」


 二人ともピタリと動きを止め、互いの顔を見合わせた。ジャックでも叶子でも無い声がお互いに聞こえ、トロンとしていた目は一気に拡大される。


「――、……!!」


 背もたれの高い革張りの椅子が回転し、ビクッと肩をすくめた二人の背中が凍りつく。両肘をデスクにつき指を組んだその声の主がニヤリと口の端を上げながら、やれやれと言わんばかりの表情で重なりあった二人をじっと見つめていた。






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