第4話~欲しいモノ~
ジャックは叶子をいつも感じていたいと言う。
笑っている顔、拗ねた顔、恥ずかしがっている顔、悲しい顔、怒っている顔。どんな彼女であってもいとおしく、全てを放り出してもいいくらい夢中になっていた。
離れていた一年もの月日が、彼にそう思わさせるのであろう。以前にも増して“欲しがる”自分がいた。
◇◆◇
エレベーターに乗り込み、ジャックはすぐに最上階のボタンを押した。
「……。――?」
密室の奥へと進んだ叶子は壁に背中を預け、ジャックが自分の前で立ち止まるのを不思議そうな顔で見つめている。何か話すでもなくじっと叶子を見つめていたジャックは、壁に左手をつくと右手で叶子の髪を耳にかけた。
密室で二人っきりになった途端、手を繋ぐだけでは物足りなくなり温もりを感じたい衝動に駆られる。そう思った時、ガクンとわずかな振動を感じたジャックは、「またか」と呟くと溜め息を吐きながら扉の方に向き直った。
「――だよな? はは……? ――社長? 社長じゃないっすか! ご無沙汰してます、お元気でしたか? いつ、こちらへ戻ってこられたんですか? …… …… ……」
箱の中に入ってくるなり、矢継ぎ早に質問攻めにして来た二人の若手社員。ジャックは面倒臭そうに適当に答えながら両手をポケットに突っ込むと、そのまま彼女の隣にもたれかかった。
「それでですね!」
扉が閉まっても尚も話しかけてくるのがうっとおしい。ジャックは背筋を正すと、扉横のボタンの上部にある階数表示を見つめた。
3、4、5と、エレベーターが上昇するのを確認している。右手をポケットから出すと、素早く「6」のボタンを押した。
程なくして6階に到着したエレベーターは、扉が開いてもボタンを押した当の本人は勿論、誰も降りようとはしない。
エレベーターが止まっても尚も話し続ける社員に、彼は目配せをして右手を扉へ向けた。
「……どうぞ?」
「え? いや、私達も最上階に――」
「おいっ!」
「え?」
もう一人の社員が、居心地が悪そうに俯く叶子の方にチラッと目を向け、お喋りな社員を肘でこづいた。
「……。あ! ああー、そうだ、ええと……、し、食堂に行く予定だった……な? 残業になりそうだし!」
「そうそう! じゃ、僕達はここで失礼します」
やっと状況が飲み込めたのか慌てた様子でそう言うと、扉が閉まり切る前に急いでエレベーターから降りた。そんな二人に向かってジャックは笑顔で手を振っていた。
扉が静かに閉まり、再びエレベーターが上昇を始める。
「え? 何? 今のって」
一連のやり取りの意味がわからず、叶子は扉と彼を交互に見ている。ジャックは両手をポケットに突っ込んだまま、軽く肩を上げた。
「ん? 何でもないよ? ちょっと、気を使ってもらっただけ」
「そ、それ酷くない?」
「いいの、いいの。……さて、邪魔者は居なくなったし」
横に並び壁にもたれ掛かっている彼女の頬に手を添えると、ゆっくり自分の方へと向かせる。顔を少し傾けて距離を縮めると、唇に触れる寸前でピタリと動きを止めた。
「……ここにも邪魔者がいた」
天井に設置された、赤いランプが点灯する丸い物を見つけた途端、ぎゅっと目を細めた。
「ったく、誰だ! こんな所に防犯カメラなんてつけたのは!」
どこにいても邪魔が入ると知ったジャックはとうとう諦めたのか、また壁にもたれかかると眉を顰め、うらめしそうに天井を睨みつけた。
ジャックの一人相撲に最初の方こそポカンとした様子の叶子だったが、今まで見たことのない彼の必死な姿を目の当たりにしたせいで、じわじわと笑いが込み上げて来ている様だ。気を使ってくれているのか笑うのを我慢している彼女に対し、ジャックは少し頬を膨らませながら手持ち無沙汰になった手をポケットに突っ込んだ。
「もう、ほんとに! ――……」
二人きりになった途端、節操も無く彼女を欲しがる自分に我ながら驚いた。遠距離恋愛なんて自分には向いていないと以前は思っていたが、叶子と出会ってからはこれは思い込みであったと知る。今までの自分は一体何だったのかと思わされる程、彼女が恋しくてたまらなかった。
一年もの間、彼女に触れたい気持ちをずっと我慢していたのだから、こうなるのは自然の摂理なのだ。そう自分に言い訳をして、液晶に映る階数表示をじっと見つめていた。