第2話~理由~
他愛の無い会話をしつつも、車はどんどん進んで行く。見慣れた町並みが見え始めると、なんとなく何処へ向かっているかが予想がついた叶子は少しがっかりした。
「今日はお休みじゃないの?」
「このままちょっと会社に寄るよ。実は、後一時間位したらまた仕事で出ないといけないんだよ。時間があまりないから、いいかな?」
「そうなんだ。私は別にいいけど、貴方は都合悪く無いの?」
「ん? どうして?」
「だって私、顔バレしてるし」
「ああー。まったく」
叶子の心配も余所に「カナは変なとこ気にするんだなぁ」と言われ、思わず以前付き合っていた男性を思い出してしまった。
学生時代にアルバイトをしていたレストラン“ラ・トゥール”に、顔見せも兼ねて久し振りに食事に行った事があった。そこでギャルソンとしてその彼は働いていた。
『俺、中村 正博ってんだけど。番号教えて?』
半ば強引に携帯番号の交換を迫られ、気付いた時には彼の腕の中に落ちていた。最初の出会いこそ軟派な感じだったが、いざ付き合ってみると、同い年の割りにしっかりしている所が好感を持てた。
ただ一つ、彼女がどうしても納得がいかなかったのが、ラ・トゥールのスタッフには、二人の事は絶対秘密にされていた事だった。『仕事がし辛くなる』と言う理由だったが、隠す割には結婚願望が強く、『結婚したらさぁー』が口癖の様になっていて、そんな彼に不信感を抱き始めた叶子は次第に心を閉ざしていった。
そんな事があったのを思い出すと、今、自分がジャックにのめりこんでいる理由が一つわかった様な気がした。
彼は二人の関係を隠そうとはしない。むしろ、彼女の会社の前で抱きしめたり、キスを落としたりと叶子の方が慌てる程、赤の他人にまでオープンにしている。
外国で育った彼と、日本人の元カレ。
育った環境の違いなのだろうか、そんなジャックにいつも動揺しつつも、心の奥底で愛されているという事を実感し、自然と笑みが零れ落ちた。
◇◆◇
何度か行った事のある彼の会社の正面入り口では、相変わらず沢山の人が往きかっている。てっきり裏口や駐車場へ向かうものかと思っていたが、堂々と正面に車を停めてキーを抜き、当たり前かのように車から降りた。すると、それを見た警備員が慌てて飛んできた。
「あの! ここに車停められると困るんで、地下駐車場に停めてもらえませんかね?」
「ん? いつからそんな決まりになったの? 僕はいっつもここに車を停めるんだけどね」
「いや、そんな筈は……」
見るからに若い警備員は、怪訝そうな顔をしてジャックの行く手に立ち塞がる。ここから先には行かせないとばかりに腕を組む警備員に、“参ったな”とジャックは両手を広げた。
「? あ! 今日お帰りでしたか!」
正面ドアの内側から慌てて飛び出てきた年配の警備員が、手に持ったファイルを捲りながら駆け寄ってくる。
「おかしいですねー、こちらに連絡が入っていなかった様でして。すみません、こいつ新人なんです。ほら! この方はジャックさんだよ! ここの――!」
年配の警備員が若い警備員の頭を掴み何度もその頭を下げさせる。その若い警備員はやっと気付いたのか、急に青ざめた顔になり自分の粗相を慌てて詫びた。
「し、失礼しました!」
「ああ、そうだ、慌ててたから今日戻るって伝えるの忘れてたよ。こちらこそごめん。あ、君も気にしないで。いい心がけだと思うよ?」
褒められたと思って照れる若い警備員に、年配の警備員が頭をパシンッとはたいている。そのやり取りを横目で見たジャックは、笑いながらも急いで助手席側に回り込んだ。車の中で待たせていた叶子に「ごめんね、お待たせ」と言って彼女を車から降ろすと、車の鍵を先程の若い警備員に向かって放り投げた。
「じゃ、僕の事を覚えてもらう為にも、この車を地下駐車場のNo,7に停めておいてくれるかな?」
「は、はい! ……って、あれっ? No,7って確か……?」
若い警備員が呟いた言葉を聞く前にジャックは叶子の手を捕まえると、正面玄関から堂々と入って行った。
しばし、甘い時間が流れます・・・