第1話~運命、再び~
ハラハラと舞い落ちる桜の花びらの渦の中。二人は互いの運命を感じながらも、突然の再会に喜びを噛みしめていた。
今まで得ようとしても得られなかったもの。今、それが目の前にあるのだと言う事を肌で感じる。
「やっとカナを抱きしめられる事が出来たよ」
「もう、貴方はいつも突然現れるんだから」
車のボンネットに彼がもたれながら、もう離さないと言わんばかりに彼女をきつく抱きしめた。
生で感じる彼の声、彼の体温、彼の匂い。全てがいとおしい。
不足していた分を補うかのように、二人はしばらく無言で抱き合っていた。
「君の顔をもっと良く見せて」
彼がそう言うと、彼女の肘を持ち少し距離を取る。見詰め合うとお互い自然と顔を寄せて行った。
「あー! ちょっとタンマ、タンマ! お取り込み中悪いんですけど! カナちゃん英会話学校に行くんじゃないの!?」
「……何だ君、まだ居たの?」
まるで邪魔が入ったと言いた気に、ジャックは眉間に皺を寄せながら健人の方へと振り返った。
「なんっ――」
「君さ、悪いと思ってるんなら邪魔しないでもらえるかな。僕達は忙しいんだ。会えなかった一年間分、彼女を抱きしめないとならないんだから」
そう言うと、片手で健人を払いのける仕草をした。
「はっ、相っ変わらず感じ悪ぃ! カナちゃんも『継続は力なり』とか言ってたのはどうなったんだよ」
「馬鹿ね、ここに先生がいるじゃない」
そう言って、彼の顔を覗き込むようにして見上げていると、ジャックの表情がどんどん甘顔になっていく。
こうなると面白くないのは健人の方だ。自分がいるのを気にも留めない二人にイラつきを覚え、
「まじ、ふざけんなって!」
吐き捨てる様に大声でそう言うと、ジャックは瞬時に別人の様な顔つきになり、健人をじろりと睨み付けた。
「ここだとゆっくり出来ないから、僕達は失礼するよ」
「あーはいはい!」
助手席のドアを開けて彼女を車に乗せると、ボンネットに手を這わせながら反対側に回り込む。運転席のドアに手を掛けた時、何かを思い出したかのように天を仰いだ。
「ああ、そうだ」
ジャックは既に背中を見せていた健人を呼びとめた。
「健人君、一年間カナを守ってくれて有難う」
健人の反応を見る間も惜しいのか、言いたいことだけ伝えると颯爽と運転席に滑り込み、すぐに車を走らせた。
「はぁ。俺って、正真正銘の大馬鹿野郎だな」
ポツンと一人その場に残され、健人は大きく肩を落とす。一年前に彼と交わした約束を柄にも無く律儀に守っていた自分に嫌気がさした。
「……? ――っんだよっ!?」
先程、道端にばら撒かれた英会話学校の教材が風に吹かれ、パタパタとなびいている。健人は「何で俺が!?」と何度も呟きながらも、叶子の代わりにそれらを拾い集めた。
◇◆◇
運転席のドアが開くと、滑り込むようにして彼がシートに身体を沈めた。
「ふぅ。……?」
彼は自分が見つめられていることに気付くと、エンジンをかけながらもニコリと微笑みかけてくれる。その笑顔に、叶子は呼吸をするのを忘れてしまいそうなくらい見とれてしまっていた。
これはもしかして夢じゃないだろうかと疑ってしまう。一年もの間ずっと会えずにいたせいで、今この時間が現実のものなのかどうかさえも区別がつかなくなっていた。
桜が咲き乱れる街路樹をくぐり抜けるように、車がゆっくりと動き出す。彼女は変わらずただ彼の横顔をじっと見つめ、言葉を無くしていた。
やがて、車が交差点に差し掛かり、赤信号で停車する。サイドブレーキを引いた彼が叶子へと振り返った。
「どうしたの? さっきからじっと見つめてるだけだね」
彼はどう接すればいいのかわからず、少し困った様な表情を浮かべていた。
「……。あ、ごめんなさい! なんだか、夢を見ているみたいで」
叶子のその言葉を聞いたジャックは、大きな目を更に大きく見開いて瞬きすら忘れている。次第に彼の目尻が徐々に下がり始め、と同時にじわりと口角が上がっていった。
やがて、いとおしい者を見つめるようなその視線は、彼女の口元まで下がり始める。
「髪、切ったんだね」
「うん」
「短いのも素敵だよ」
片方の手はハンドルの上部に掛けられたままで、もう一方の手が彼女の髪をすっと撫でつける。その手は極々自然に彼女の後頭部に回され、そのままゆっくりと引き寄せられた。
「? ……はぁー」
唇の先がほんの少し触れた途端、後方からクラクションのけたたましい音が鳴り響き二人とも思わず体がビクッと跳ね上がった。ジャックは大きく溜息を一つ吐くと体勢を戻し、すぐに車を走らせた。
「なんだよもう、さっきから邪魔ばっかり入るな。せっかく一年振りに会えたって言うのに、これじゃあフラストレーションが溜まる一方だよ。ねぇ?」
シフトレバーのロック解除ボタンを、左手でせわしなくカチカチと何度も押している。その彼の手の上に、彼女はそっと自身の手を重ねた。
「……? ――」
手に暖かいものが触れるのを感じた彼は、一度自身の手元に視線を落とし、次に叶子に視線を移した。
「こうしてれば少しは落ち着く?」
イラつきを抑えられないジャックを落ち着かせようとしたのか、叶子は少し照れた様子で下唇を軽く噛んだ。だが、それは逆の効果をもたらしてしまった様で、優しい目つきだったのがスッと細められた。
「ダメ。余計落ち着かない」
「なんで?」
「このまま君に飛びついて事故ってもいいんなら、そのままにしておいてくれてもいいけど?」
片方の眉を上げ、上から見下ろすようにして叶子を横目で睨んでいる。そんな彼の言葉と態度に、叶子は思わず噴出した。
「ごっ、ごめんごめん! まだ死にたくない」
慌てて手を放し、運転席で口を尖らせている彼を横目で見てはクスクスと笑う。久しぶりのこのやり取りに嬉しくなって、叶子はもっと触れたくなったが今はそれをグッと堪え、彼の隣にいられる事に幸せを感じていた。
「覚悟しておいてよね」
「え?」
「ああ、それはそうとさ――」
一瞬だけ見せた艶かしい表情に、胸がドキッと音を立てる。その言葉の意図することに疑問を抱きつつも、あえて聞き返す事はしなかった。
こんばんは、ご訪問有難うございます。
『青空の下で君を想う時』が最終話で(私的には)劇的な伸びを見せました。皆様のお陰です、有難うございました。
さて、第4章スタートします。
毎度、頭を抱えて苦戦しておりますが、なんとか頑張りたいと思いますので、宜しければ又お越し下さい^^