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運命の人  作者: まる。
第3章 噛み合わない歯車
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第29話~運命~

 昼食後に行われるいつもの退屈な会議。マネージャーと言う立場になってしまったが故に、出席する会議も必然的に増えた。昇格するのも良し悪しだなと溜息を吐いたのも束の間、会議室の窓辺に差し込んだ春の穏やかな日差しのせいで、勝手に落ちてくる瞼と必死に戦っていた。


 リハーサルを見に行ったその日から、叶子は足繁(あししげ)く彼の家へと通っていた。日を追う毎に増えていくダンボールを見ては、彼のいない毎日を想像すると勝手に涙が込み上げてくる。

 そんな叶子を、ジャックは何も言わず抱き締めてくれた。


 明後日になると、ジャックは一足先にアメリカへと旅立ってしまう。

 しばらく会えなくなると思うと、一日、一時間でも多く彼との時間を記憶に留めておきたかった。


「――。……っ」


 意識を手放しかけた時、ジャケットが小刻みに震えるのを感じた。ポケットから携帯電話を取り出した叶子は、液晶画面に映し出された名前を見て一気に目が冴えた。

 慌てて会議室を飛び出し、すぐに受話ボタンを押す。ざわついた音が電話の向こうから聞こえた事で、外から掛けて来ているのだとすぐにわかった。


「もしもし?」

「あぁ、そう。それ、うん……。――あれ? もしもし?」

「はいはい?」

「ああ、ごめんごめん。今大丈夫?」

「いま会議中なんだけど。どうしたの?」

「あー、そうだったんだ。ごめんね、用件だけ言わせて。実は今日、今からアメリカに急遽発つ事になったんだ」

「えっ!? 嘘でしょ?」

「いや本当。今朝急に決まってチケットの手配やら荷物の準備やらでバタついちゃってさ、電話するのが遅れちゃったよ。ごめんね」


 どうりで周囲が騒がしいはずだ。ジャックのその言葉により、今まさに空港にいるのだという事がわかった。


「遅すぎるよ! 今からなんて……見送りに行けないじゃない!」

「はは、いいよ見送りなんて。悲しくなるから」

「貴方が良くても私が嫌なの! ちゃんとさよならを言いたいのに!」

「やっぱり来て貰わなくて良かったよ。『さよなら』なんて言われたくないもの」

「そういう、――意味じゃなくて」


 急にしんみりとなり、お互い会話が途切れてしまう。言葉が無くなった事で、電話口にアメリカ行きのフライトを知らせる放送が聞こえた。


「あ、もう行かなきゃ」

「……」

「カナ、いいかい? 離れていても僕はいつも君の事を想ってる。大丈夫、僕達はきっと上手くやれるさ」

「……う、ん」


 突然過ぎる別れの言葉に、叶子は返す言葉が見つからない。こんな時こそもっと気の利いた言葉を言えればいいが、ボキャブラリーが貧困過ぎて何も思い浮かばなかった。


「向こうに着いたら電話する。――カナ?」

「なに?」

「愛してるよ」

「うん、私も……愛して……ます」

「ふふっ、かわいいなぁ」

「は、恥ずかしい」

「じゃあ、後でね」

「うん、気をつけていってらっしゃい」

「……」

「……」

「電話、切ってよ」

「え? 貴方が切ってよ」

「それが出来ないから言ってるのに!」

「私だって!」

「お願い、君から切って」

「……わかった。じゃあ必ず電話頂戴ね」

「うん」


 震える指でボタンを押し、携帯電話を胸に押し当てる。

 彼の言葉を思い出しては『大丈夫、私達なら大丈夫』だと心の中で何度も呟き、いつか来るジャックとの再会に思いを馳せた。









 ~一年後~


「ちょっと待ってよ、カナちゃん!」


 その声に反応する様にピタッと立ち止まると、眉間に皺を寄せながら勢い良く振り返った。


「“マネージャー”でしょ? マ・ネ・-・ジャ・-!」

「なんだよ! 他の奴にはマネージャーって呼ぶなって言っといて」


 拗ねる様に口を尖らせる健人に、叶子はクスッと笑みを見せた。

 マネージャーと呼ばれる様になってから早や一年が過ぎ、ようやくその肩書に見合う程のレベルまで自身が成長したのを日々実感する。以前と比べると自信に満ち溢れているのは一目瞭然だった。


「ねぇねぇ、メシ行こうよ。奢るからさ」


 少し短くなった髪をかき上げた叶子は、堂々とした面持ちでヒールを鳴らしながら歩き出した。


「あら、珍しい。随分羽振りがいいのね」

「じゃ、決まりね!」

「ダメダメ。今から英会話学校に行くんだから」


 ジャックがアメリカに行ってから程なくして、彼の言った通りお抱えアーティストのワールドツアーが本決まりになった。世界中を飛び回るせいで時間の感覚がわからなくなったのか、電話も途絶え途絶えになっていた。

 そんなジャックに叶子は不安に駆られながらも彼の言葉を信じ続け、いつか彼と一緒にアメリカで生活する事を夢見て彼女なりに準備を進めていた。


「そんなの休めばいいじゃん」

「あのねぇー、こういうのは休むと身につかなくなるのよ。わかる? “継続は力なり”よ」

「んなこと言わないでさぁー」


 そう言いながら、肩に手を回してきた健人の手の甲をぎゅっとつまみ上げた。


「いってっ!」

「はいはい、また今度ね」


 ジャックが日本を発ってからもうすぐ約束の一年が過ぎようとしている。最後に電話で話した時はもうすぐ日本に戻ると言っていた。

 それがいつになるかはわからないけれども、その日が来るのを心待ちにしていた。


 ビルのエントランスを抜けた瞬間、ふんわりと暖かい春の風が吹き抜ける。肩まで切った髪が揺れ、風にのって鼻を掠めた香りに叶子の足がピタリと止まった。


「やれやれ。相変わらずだな君は」


 聞き覚えのある柔らかい声が聞こえた。大きく目を見開き、声のする方に視線を移す。するとそこには、車のボンネットによりかかり苦笑いを浮かべているジャックがいた。

 長くウェーブのかかっていた髪をバッサリと切り、ストレートのサラ髪が春の風にふわふわとなびいている。一年ぶりだというのに変わった所と言えば髪型だけで、まるで時間の経過を感じさせられない。


「……。――ジャック!」


 抱きしめるように抱えていた英会話の教材が、バサバサッと音を立てて地面にこぼれ落ちる。勢い良く駆け出すと、そのままジャックの胸に飛び込んだ。


「ただいま、カナ。……逢いたかったよ」

「おかえりなさいっ!」


 桜の花びらがヒラヒラと舞い降りては、春の風によって又舞い上がるのを繰り返している。そんな美しい春の光景の中、人目を気にすることも無く二人はいつまでもお互いの感触を懐かしむ様に、ただ抱きしめあっていた。


 お互いを強く信じあう事で、二人は一年振りの再会を果たす。二人の運命の針は留まる事を知らず、刻々と同じペースで時を刻んでいた。


 この時、抱き合いながら二人は同じ事を考えていた。

 一枚のCDがもたらした二人の出逢いがもはや偶然ではなく、出逢うべくして出逢ったまさに“運命”だったのだと言う事を……。









こんにちは、まる。と申します。この度はご訪問下さり誠に有難う御座いました。


さて、以前何度かアナウンスさせて頂いてましたが、この『運命の人』は本来ならここで完結でした。ですが、嬉しいかな、リクエストを頂きまして、続編を書いてしまいました。

続編も結構長く、思いのほかこの『運命の人』が私的には好調だったので、ここ(小説家になろう様)でこれ以上引っ張るのは、私が一番恐れている、『飽きられる』のではないか?と、土砂降りの雨の中、捨てられた子猫のように震えていたのですが、かといってこのままお蔵入りさせるのも・・・と色々悩んだ末、このまま引き続き掲載して行こうかと思っています。すいません;


簡単にあらすじをご説明させて頂くと、キャラ(俺様紳士)が一人増える(正確にはもう一人出てきますが、登場回数少なし)のと、相変わらずジャックとカナがすったもんだする内容となっております。

宜しければ、又暇つぶしにでも読みに来て頂ければ幸いです。


ご訪問有難う御座いました^^宜しければ又お越し下さい!

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