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運命の人  作者: まる。
第3章 噛み合わない歯車
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第24話~叶わぬ願い~

 カレンの放った言葉に顔を歪めているジャックは、誰がどう見ても明らかに動揺していた。ジャックはいつかこの事もキチンと話さなければと思ってはいたのだが、聞かれてもいない事をペラペラと話すのもどうなのかと、内容が内容なだけに二の足を踏んでいた。

 そんな矢先、アメリカへの帰国の話が急遽持ち上がる。いつまでも先伸ばしになどしていられないと今日まさに叶子に話すつもりでいたのだが、昇格が決まったと喜んでいる彼女の嬉しそうな顔を見ていると、とてもじゃないがジャックはそれを告げることが出来なかったのだった。


 沈黙が流れ、張り詰めた空気が漂う。

 何処から話せばいいのかと、彼は迷っていた。


「どうして何も言ってくれないの?」


 叶子の問いかけにほんの少し体が震えてしまう。ジャックは大きく深呼吸して叶子に向き直ると、リビングの中央で佇む彼女は不安そうに怯えているのが簡単に見て取れた。そんな叶子を見て、また言葉を失ってしまった。

 本当の事を言うと、叶子は泣いてしまうかもしれない。この部屋から飛び出して行くかもしれない。

 もしそうなってしまった時、果たして今の自分に彼女を引き止める権利があるのだろうか。

 未だ揺れ動く感情を落ち着かせる事が出来ぬまま、もう逃げ場は無いのだと腹をくくり、ジャックはゆっくりと話し始めた。


「カナ、僕は君に言わなければいけないことがある。とても辛い話だ。僕にとっても、多分……君にとっても」

「……」


 眉を顰め下唇を噛み締める彼女の顔を見ると、洗いざらい全てを話そうと今しがた決めた決断が、本当に正しいものなのかどうかもわからなくなる。

 叶子の目を直視する事が出来ないジャックは、少し視線を外して彼女の表情を見ないようにした。


「カレンとは……。最初に離婚した後、悲しみに打ち(ひし)がれていた僕を彼女が慰めようとしてくれて。寂しさのあまり関係を持ってしまったんだ。でも、自分の寂しさを埋める為にカレンを利用するのは良くないと思って、カレンと関係を持つのは止めた。その後、カレンは他の男性と結婚したんだけど……まぁ、さっきの通りだ」


 広げていた両手をパタンと下ろし、鼻で少し笑って首を傾げた。


「あの時、私が貴方に一方的にフラれたのは……。カレンさんが言った事は本当なの?」


 その問いかけに、心臓がギュッと鷲掴みにされた様な感覚がジャックを襲う。あの時、自分が良かれと思ってした行動が今なお叶子に刃を向け、平気で彼女を傷つけてしまう事になるなんて。

 だからと言って、ここで嘘を吐くことは出来ない。目を固く瞑ると、ジャックは俯きながら小さく頷いた。

 しかしすぐに顔を上げ、その時の自分の気持ちをわかって貰おうと必死に叶子に訴えかけた。


「あの時、僕にはああする事しかできなかったんだ。君の事を嫌いになった訳じゃない。ただ、ナイフを自分の喉に突きつけて、僕に抱いて欲しいと懇願するカレンを放って置く事が出来なかったんだ。……それで、君への後ろめたさであの時君にあんな事を……」


 言い終えると、自分のした事の愚かさに吐き気がして、耐え切れず叶子に背を向けた。


「――。……っ、」


 ふと、背中の違和感にジャックの目が見開いた。予想も出来ない出来事が起こっているのだとすぐに察知し、自分の背中に感じる温もりに目を向けた。


「カナ?」

「ありがとう。ちゃんと話してくれて。もういいのよ自分を責めないで」


 背中に顔を埋めている叶子から、想定外の返事が返ってきたことに心底驚いた。

 いつから彼女はこんなに聞き分けが良くなったのだろうか。心のどこかで叶子らしくないとさえ感じる。

 ジャックは振り返って彼女の肩を掴むと、俯いている叶子の顔を覗き込んだ。そして、まだ話していない肝心な事を伝えようとした。


「それと、カナ。さっきカレンが言った通り僕はアメリカへ帰らな――」

「ね、ねぇ! 少しお酒でも飲まない? 前飲ませてくれたあのクリームのおいしいお酒、なんだっけ?」

「え?」


 まるでジャックの話をかき消そうとしている様だった。先程までの様子とは一変し、慌てたように捲くし立てる。そんな叶子の表情はどこか落ち着かず、視線も定まっていなかった。


「カナ?」

「あれ凄く美味しいよね。貴方の部屋にも置いてあるの?」


 そう言いながら、ジャックの腕から抜け出した彼女は彼の部屋へと向かって歩き出す。


「カナ、まだ話が済んでな――」


 逃げるようにして、彼の元から離れようとする叶子の腕を掴むとそのまま振り向かせる。と同時に、叶子は両耳を手で塞ぎ目を固く瞑った。


「カナ、ちゃんと僕の話を最後まで聞いて。凄く大事な話なんだよ」


 頭を何度も左右に振って耳を塞ぐ華奢な手首を掴むと、ゆっくりその手を遠ざけさせた。


「いいかい? 僕は――」

「いやっ!」

「……」


 ジャックを見つめる叶子の目には、溢れんばかりの涙が浮んでいる。一度瞬きをすればそれは簡単に零れ落ちてきそうな程だった。

 これ以上叶子を傷つけたくは無い。だからと言って無かったことにする事は出来なかった。

 意を決してふぅーっと息を整えると、ジャックはもう一度話し出そうとした。


「僕は――」

「いやよっ! 嫌っ! どうしてそんな事言うの!? ずっと傍にいるって言ったじゃない? 私を悲しませる様なことはしないって言ったじゃない? 私は何も要らないの! ただ貴方が傍に居てくれるだけでいいのよ。なのに、……なんで? それすら叶わないの?」


 叶子の顔がみるみる歪んでいく。大きな瞳からは堰を切ったように大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。そんな叶子を目の当たりにしたジャックは、掴んでいた手首に掛けている力をふっと緩めた。


 顔を塞ぎ、哀咽(あいえつ)する彼女に何も言ってやれず、自分の不甲斐無さに呆れて足元を見る。革靴の先に、彼女の涙で作られた小さな水溜りがいくつも広がっていくのを、ただじっと見つめていた。








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