第21話~幸せと憎しみと~
いつもの様に目覚まし時計が鳴る音で目が覚める。何処と無く体の節々に痛みを感じながら、ベッドから腕を伸ばして鳴り響く目覚まし時計を探した。
「……?」
まだプラスチックの冷たい感触を探し当てていないのに、目覚まし時計の音が止んだ。うつ伏せになったまま顔を上げて見ると、叶子の頭の上に置いていた目覚まし時計の上には白くて綺麗な彼の手がかかっていた。
(あ、そっか、彼がいたんだった)
起き抜けに感じた体中の痛みの原因もわかり、一人で頬を染めた。
綺麗な手を伝って彼の寝顔に目を向ける。長い睫に筋の通った鼻、ほんのり赤みがかかった薄い唇。誰がどう見ても美麗と思われる中性的な男性が無防備に横たわっている。
美しい彼の寝姿を間近で見て、視線を外せなくなっていた。
◇◆◇
「ねぇ、起きて。朝食できたよ? ねぇってば!」
何度声をかけようが身体を揺すろうが彼はピクリともせず、全く起きる気配がない。眠りの深い方なのかなと思いつつも、ちゃんと息をしているのかと心配になる。ジャックの口元に耳を近づけると、ちゃんと規則正しい寝息が聞こえてホッと息を吐いた。
しかし、こうも起きないとこのまま目を覚まさないんじゃと思ってしまう。ジャックの顔を側で見つめながら恐る恐るもう一度声を掛けた。
「ねぇ、起きてよ。……ジャック?」
彼の名を呼んだ途端、それに呼応するかの如く大きな目がパチッと見開いた。
「? ……あっ」
あっと言う間にジャックの太い腕が伸びて、ベッドに引きずりこまれてしまう。ぎゅっと抱きしめられると、素肌から伝わる温もりが逃れようとするのを阻んだ。
「もうっ! 起きてたの!?」
ジャックは眠たそうな目で微笑みながら、互いの額をコツンと合わせた。
「いや、寝てたよ。でも夢の中でカナの悲しそうに僕を呼ぶ声が聞こえてきて、それで目が覚めた」
「だって、全然起きないから心配になって」
「もうカナは心配性だなぁ」
恥ずかしそうに目を伏せ、少し口先を尖らせた叶子のそれに、ちょこんっとジャックの唇が軽く触れる。上目遣いに視線を向けると更にキツク抱きしめられた。
「あ、ちょっと、スーツに皺がついちゃう」
「ああ、それは大変だ。すぐに脱がなきゃ」
急に叶子の上に覆い被さったジャックは、彼女の服に手を掛け始めた。
「えっ!? ちょっ、ちょっ、ちょっと、何するの!」
「皺になったら大変だからね」
「もう! バカッ!」
二人の笑い声が溢れだし、幸せを噛みしめる。ずっとこの幸せが続けばいいのにと、叶子は切に願った。
◇◆◇
「ああー疲れたぁー。グレースただいま」
「ほ? カレンさん、今日お帰りでしたか」
朝食の後片付けをしている所へ、カレンが大きな荷物を持って現れた。サングラスを取るとテーブルの上にある苺を一粒口に含んだ。
「一日も早くジャックと話をしたくて。予定を変更して早目に帰って来たのよ」
「おやおやそうでしたか。言って下されば迎えの車を手配致しましたのに」
「ううん、いいの。ジャックを驚かせたかったから。――ねぇ? 彼は何処? まだ出社していないでしょ?」
手を伸ばし苺をもう一粒手にとった。
「坊っちゃんは昨日はお戻りになられなかったようですな」
グレースの言葉に苺を口に運ぶ手が止まる。疲れてはいるものの、何処か浮かれている様子だったカレンの表情がみるみる変わっていった。
「……何処へ行ったの?」
先ほどまでとは違う一段低いトーンでグレースに問いかけた。
「はて? カナさんを送って行かれたっきりで。坊っちゃんも大人ですからあえてこちらから電話もしませんし」
片付けに気を取られ、カレンの変化に全く気付いていないグレースは何の悪気も無くありのままを告げた。
「カナ!? 何あの小娘、私がアメリカに帰ってる間にまたジャックにちょっかいだしてたの?」
「いえいえ、カナさんがちょっかい掛けてると言うよりも坊っちゃんが……、あー、コホン」
お喋りが過ぎたと言わんばかりに、グレースはカレンに背を向けると舌をペロッと出した。そして、トレーにのせた食器を持ちキッチンの中へと逃げ込んだ。
「っ!」
掌にすっぽりと収まっていた苺は口に運ばれる事も無く、カレンの手の中で握りつぶされる。指の隙間から赤いものが滴り落ちると、カレンの顔に怒りの表情が浮かび上がった。