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運命の人  作者: まる。
第3章 噛み合わない歯車
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第18話~小さな子供の様に~

「……」


 沈黙が続く薄暗い部屋の中。抱きあうような格好でいる二人は離れる事も抱き締め合う事も出来ず、ただ黙ってそのままの姿勢で固まっている。ジャックはなんとか理性を保とうとしているもののキャミソール姿という出で立ちの叶子に気付き、離れる事が中々出来ないで居た。

 ほんの少しだけでいい。自分の腕を交差させればすぐにでも叶子の肌に触れる事が出来る。丁度いい具合にすぐ側には二人が寝そべっても十分であろう大きなソファーもあるのだし、少し彼女に覆いかぶさるだけで仲直りのキス所か身体を繋げる事も出来るだろう。幸い、と言ってはなんだがビルもジュディスも居ないのだし、恐らくここに入ってくる人間はもう誰も残っていない。

 自分の仕事場で何て事を考えているんだと自分を責めたのは最初だけで、今ではすぐに叶子が欲しいという欲求の方が(まさ)っていた。


 ――思い切り抱きしめたい。


 そんな感情がいつしかジャックの中に沸いているのを感じ、自身の欲望をコントロール出来ずにいた。


「いいよ」

「――っ」


 叶子の発した言葉に耳を疑い、ジャックは大きく目を見開いた。


「私も多分、あなたと同じ事を考えているから」


 そう言うと、叶子は浮かせていた手をそのままジャックの背中に回してそっと抱きしめた。彼の首元に顔を埋め、どこか安らいでいる様な表情を浮かべていた。

 欲望に負けて、このまま叶子を抱きしめてしまえば歯止めが利かなくなるのは目に見えている。恐らく健人に怖い思いをさせられたばかりの彼女に、自分がまた同じような事をしていいのだろうか、健人と自分を重ねられてしまうんじゃないかとジャックは不安に駆られた。


「っ、」


 意を決したジャックは叶子の腰に手を置き、少し距離を取る。不安そうな顔で自分を見つめる叶子を直視する事が出来ず、つい視線を逸らしてしまった。


「ダメだよ、女性がそんな軽はずみな事いっちゃ」


 必死で平静を装うと、ジュディスが買ってきた新しいシャツを彼女の腕に通していく。シャツのボタンをかける事でなんとか理性を保とうとしているが、次に叶子が迫ってくれば簡単に崩れてしまうと自分でも感じていた。


「僕の背中に手を置いて」


 屈みこみ足元からスカートを通していく。スカートと共に立ち上がると又先程と同じような姿勢になりジッパー上げた。


「……?」


 その時、叶子の身体が小刻みに震えている事に気付いた。

 俯いた彼女の顔を覗き込むと、顔を両手で塞ぎ声を押し殺している。乱暴に触れると折れてしまいそうな程の華奢な手首をそっと握り、ゆっくり顔から遠ざけた。


「カナ?」


 大きな目は涙で溢れていて、瞬きでもしようものならあっさりとその液体は零れ落ちそうだった。


「どうしたの? 僕、何か悪い事言った?」


 叶子は何も言わず頭を左右に振った。


「……やっぱり私が汚いからなの?」

「え? 何処も汚くないよ? 服もちゃんと着替えたし」

「そうじゃなくて! ……本当は気付いてるんでしょ? 私に何があったのか」

「あ……うん。その、言い辛かったら無理に言わなくていいんだけど、その、最後まで……?」


 次に叶子が頭を振った時、溜まっていた涙はポロポロと頬を伝い始めた。一度道を作ってしまってしまえば、次々と新たな涙がその道を辿り始める。ジャックが両頬に手を添え親指でそれを拭っても、すぐに新しい涙が跡を作っていった。


「汚くて触れたくないの?」

「ちっ、違うよ! 君を汚いなんて思った事無いって」

「じゃあなんで? なんで私に触れてくれないの?」


 自分が求められていることに困惑し、胸が締め付けられる。普段はこんな事を言う女性では無いのに、今日あった出来事が彼女にこんな科白を吐き出させてしまうのだろう。叶子をこんな目にあわせた男の非道な行為に憤怒し、何らかの制裁を加えねば気が済まないとまで思った。


「――」


 しかし、目の前で小さくなって泣き崩れている彼女を見ていると、今の自分の顔を見せてはいけないのだと自分を落ち着かせる。口元を緩め、涙で彼女の顔に張り付いてしまった髪を梳かす様にして取っていくと、柔らかい声で諭すように話し始めた。


「あのね、さっきの状態で君を抱きしめてしまうと僕は完全に理性を失ってしまうって思ったんだ。こんな場所で傷ついている君に触れるのは僕は怖いんだよ。きっと優しく出来ないと思うから」

「そ、れでも」

「でも」


 顔を上げた叶子をそっと抱き寄せる。


「今の君なら大丈夫」


 腕の中で顔を上げた叶子は、どういう意味なのかと言いたげにきょとんと不思議そうな顔をしていた。


「服を着ているからね」


 ニッコリと微笑むと額に軽くキスを落とす。ジャックの腕に包まれた叶子は、この上ない幸福感に浸っているかのように柔らかい笑顔を見せると彼の胸にその身体を預けた。






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