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運命の人  作者: まる。
第3章 噛み合わない歯車
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第10話~それぞれの想い~

「くそっ!」


 ベッドに横たわり煙草をくゆらせながら、さっきの出来事を思い起こしては苛立ちを隠しきれず舌打ちを打つ。隣でうつ伏せで寝そべっていた女が、その声に反応する様に起き上がって声を掛けた。


「どうしたの?」

「何でもない」


 何でもないとは思えない程、彼の顔が歪んでいる。女はそんな事は特に気にかけるつもりもないのか、“どうでもいいわ”と言った表情で彼の素肌に自分の肌をすり寄せた。


「……ねぇ、今晩泊まってってよ」

「まさか」


 視線を合わせること無くフンッと鼻で笑うと、サイドテーブルに置いた灰皿へ灰を落としながら女の話を聞き流した。


「いいじゃない。大変だったんだからね? 急に『会いたい』なんて言っていきなり(うち)来るんだもの。“あの人”から珍しく『もう帰る』ってメールが来たから、慌てて『父が来てるから』ってそれとなく“まだ帰ってくるな”アピールするの大変だったんだから。もうちょっとでニアミスする所だったのよ?」

「ははっ、そりゃやべぇな。――で? 結局、今日ボスは?」

「終電無くなったからカプセル泊まるって。『お義父さんに宜しく』ってメール来てた。あの人、うちの父が苦手なのよ」

「ボスらしいな」


 肺の奥まで煙を吸い込み、一気に吐き出しながらクックッと喉の奥を鳴らした。


「ねぇ、健人。次いつ会える?」

「ああ。――もう会わないよ」


 吐き出した煙が染みるのか、目を細めながら吸い掛けの煙草を灰皿へ押し付けると、ベッドの下に落ちていたワイシャツを拾い上げそれに袖を通し始めた。


「何で?」

「ちょっと久しぶりに火が着いちゃったみたいでさ」

「えー? 何それ? 許さないから」


 女は悪戯っぽく笑うと、シーツの中に潜り込んだ。逃がすものかと彼の男の部分に舌を這わせ、健人の思考を徐々に崩壊させていく。


「おい、やめろ、よ……っく、」


 無理に呼び起こされた情欲は、いとも簡単にその女の手に堕ちていく。払いのけようと掴んだ女の頭だったのが、今では刺激に耐えるかのように髪を掻き乱し、女の巧みな舌使いにいつの間にやら溺れていったのだった。



 ◇◆◇


 目覚まし代わりに流れ出すクラッシックが聞こえ、ジャックは夢うつつで目を覚ました。


「――」


 すぐに叶子の姿を探すが彼の広いベッドには彼女の姿はおろか、温もりすらも無い。

 嫌な予感がしたジャックはすぐさま起き上がると、部屋中を駆け回り彼女の痕跡を探した。


「……カナ?」


 デスクに向かい受話器を掴む。受話器を持つ手がわずかながらに震えていた。

 内線で守衛室のボタンを押すと返ってきた言葉は、叶子は「夜中のうちに出て行った」という事だった。


「!! なんで、引き止めなかったんだ!」


 叩きつけるようにして受話器を置くと、ふらふらとした足取りでソファーに向かい、頭を抱え込みながら腰掛ける。又もや大きな不安に駆られ、胸の鼓動が早さを増した。


「嘘だろ……」


 ポツリと呟きながら頭を上げる。ふと、テーブルの上に置かれた小さなメモを見つけ、慌ててそれを手にとった。


 ――『ごめんなさい』

 たった一言だけ綴られたメモだったが、夜中に叶子が勝手に出て行ってしまった事でその言葉が一体何を意味するのか、十分理解出来るものであった。


「そんな……、カナ」


 自分が昨晩犯してしまった罪の大きさを知り、ジャックは愕然とした。



 ◇◆◇


 ランチを済ませた叶子は食後の紅茶をいれるために、事務所の隅にある給湯室でお湯を沸かしていた。

 シュンシュンとケトルが吹いているのにも気付かずに、壁にもたれながら昨晩起こった出来事をボーっと思い返している。


(あれでよかったんだよ、ね?)


 誰かに聞けるわけがない。ただ自分に言い聞かせているかのようだった。


「ここに居たのか」


 急に声がして、定まっていない視線がピントを合わせる。声のした方を向くと、背の高い健人が給湯室の入り口を立ち塞いでいた。


「ああ、健人か。……昨日は」「昨日は――」

「――あ、……何?」


 健人に先に話すように促すと、健人は特に表情も変えず低い声で話し出した。


「昨日はあれからどうしたの?」

「別に? どうもしないよ?」

「んじゃ、なんでそんなボーっとしてんの?」

「……別になんだっていいじゃん。ボーっとなんてしてないし」

「お湯。とっくに沸いてるみたいだけど?」

「え? ああ」


 ガスを止めようと叶子が手を伸ばした時、健人の目にあるものが飛び込んできた。おもむろに叶子の手首を掴むと健人の目の位置まで持ち上げられる。


「な、何?」


 叶子の袖を捲くると、切れ長の健人の目が大きく見開いた。


「ちょっ、ちょっと」

「何、これ」


 その手首を隠す為にもう一方の手で抑えようとすると、その手も健人に掴まれてしまう。両方の手首に同じ痕がついているのがバレ、慌てて手を振り解いた。


「な、何でもないよ」


 これ以上この事に触れてくれるなと言わんばかりに、そっけなく言い放つがそれ位で引っ込む健人ではなかった。


「アイツにやられたのか?」

「……」


 健人にそう問われたものの、叶子は答える事はなかった。しかし、無言は肯定の証であり、手首についた痣はジャックの仕業だと健人は勝手に決め付けた。


「あのおっさん、そんな趣味があったのかよ」

「バカ! 違うわよ!」

「んじゃあ、これ何さ?」

「あ、あんたには関係無いって! もう、終わった事なんだから」

「終わった? ……ってもしかして別れたの?」

「さぁ、ね」


 曖昧な答えで逃げたが、はっきり聞かなくても叶子の表情からして二人の関係はもう終わったのだろうと健人はあらかた予想がついた。


「へぇ」


 腕を組みながら健人はニヤリと笑った。


「ますますおもしろくなってきたな」

「何がおもしろいんだか」

「なるほど。それでか」

「さっきから何言ってんの!?」


 意味不明な事ばかり口にする健人がうっとおしい。早くこの場から立ち去ろうとティーパックをちゃぷちゃぷとマグの中で手早く上下させた。


「俺さ、JJエンタの担当になったんだよね」


 健人の口から思い掛けない言葉が出てきて、ピタリと手の動きを止めた。


「はぁ!?」


 突然の言葉に耳を疑った。


(健人が彼の会社の担当に? なんで?)


 胸の中で渦巻く何かが、叶子を更なる恐怖へと(いざな)う。彼が一体何を考えているのかが全く読めず、胸の鼓動は早さを増していった。


「さっき電話があったみたいでさ、ボスからそう言われたよ。今日夕方に早速初顔合わせだってさ」

「なっ、なんであんたがっ!?」

「さぁ? 力の差を見せ付けたいんじゃないの?」

「い、意味わかんない」

「しかし、昨日は啖呵切られて俺全く反論できなくてさ。こりゃ俺には敵わねぇなぁって正直思ったけど、こうやって俺を指名してくる辺りそうでもなかったみたいで嬉しいよ。久しぶりにやる気が出てくるわ」

「いや、だから意味わかんないって。――えっ? でも藍子は? 藍子はどうなったの?」


 叶子が担当を外れてからは藍子が彼の会社の担当となっていたが、藍子は一体どうなったのだろうかと問い返す。すると、健人は立てた親指をそのまま首の前でスッと横切らせた。



 ◇◆◇


 マグを片手にオフィスに戻ってみると、部屋の隅の方で両手で顔を塞ぎ泣き崩れている藍子が居た。あちらこちらで噂話で持ちきりだったので、叶子はあえて誰かに尋ねなくとも耳を澄ますだけでおのずと情報が入ってくる。


「藍子、JJエンタから直々にクビ宣言されたらしいよ」

「えーっ!? まじで? なんて言われたの?」

「秘書からの電話でね『社長はもう貴方の力を必要としていません』だってー!」

「えー!? こわー!! 流石外資系だよね……。てか、あそこの仕事ほぼ終わってるのになんで今更クビになったの?」

「そこはわかんないんだけどさー。それより! 先方から後任が指名されたらしくてさ」

「え? 指名? 誰? 誰?」

「ケ・ン・ト!」

「えっ!? まじ?? 何で? 大抜擢じゃん!」

「おっかしいよねー? 健人まだ3年目だよ? ありえなくない?」

「だよねー……、――あっ、しっ! 藍子がこっち見てるよ」


 殆どの情報を与えてくれた二人は藍子に睨まれて散っていった。藍子はその二人を睨んだついでとばかりに、何故か叶子までをも睨みつけてくる。


(何で私が睨まれなきゃ……。私の方が睨みたいよ。――ん? な、なに? こっちに来るし!)


 藍子は叶子の横で立ち止まると、頭の上から鬼のような形相で彼女を見下ろした。


「許さないから!」


 一言そう言い放つと、オフィスのドアから飛び出して行った。







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