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運命の人  作者: まる。
第3章 噛み合わない歯車
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第6話~策略~

「藍子さーん、JJエンターテイメントさんからお電話ですー」


 ジャックとの噂が立ってからは、叶子の代わりに同期入社の藍子がジャックの会社であるJJエンターテイメントの担当を任されていた。どうやら叶子が担当を外された時に、自ら進んで代わりを申し出たらしい。


「もしもしー? あ、ジャックさぁーん?」


 それからというもの、藍子はまるであてつける様にジャックからの電話に対して猫なで声を出し、勝ち誇った様な顔つきで叶子の方をチラチラと見てはほくそ笑んでいる。そんな姿を幾度となく目にすれば、叶子が枕営業していると噂を流したのはきっと彼女だろうと容易に推測できた。

 入社した時から何かとライバル視される現状を考えると、そう思うのが自然だった。



「こないださぁー、ジャックさんに食事誘われちゃってぇー」

「ええー!? あのイケメン社長に?」


 すぐ側に叶子がいるのを見計らって、わざと大声で話し始める。


「ジャックさんは普段、『仕事関係の相手に自分から食事に誘うなんてことしない』んだって」


 自分が注目の的になるのが余程楽しいのか、それとも、社内での叶子の評価が下がるのが楽しいのだろうか。いかにも自分は特別なのだという事を強調していた。

 藍子の術中に社内の人間どころか叶子でさえも見事に嵌って行く。絵里香の話ともリンクするのも追い討ちをかけた。


(なんで、藍子なんかと……)


 打ち合わせと称して食事に行っていたのは自分だったからこそと思っていたが実は違ったのかと、持って行き場の無い感情に苛立ち、硬く手を握り締めた。


「おーい、皆今日の作業は終了だ! 時間厳守だぞ! ところで今日の幹事は誰だ?」

「……はぁーい」


 ボスの呼びかけに、先ほどまでとは一変して面倒臭そうに藍子が渋々手を上げた。

 今日は年度末の打ち上げがある。ボスは毎年この日を楽しみにしていて、どんなに忙しくても強制的に仕事を終了させられていた。

 一斉に皆が手を止め、打ち上げ会場に向かう準備を始め出す。叶子も慌てて片付けを始めていると、デスクの上に置いていた携帯電話が鳴った。

 液晶画面に写し出された名前が、ジャックからの着信なのだと知らせている。今、電話に出ても大丈夫だろうかとキョロキョロと周囲を見渡す。飲み会モードでガヤガヤと騒がしくなっているオフィスに叶子は躊躇うことなく電話に出た。


「もしもし」

「もしもし? 僕だけど。今日これから時間ある?」

「あ、ごめん。これから打ち上げがあるの」

「……その後は?」

「あ、えっと……毎年恒例の行事で二次会もあるから……。今日は無理っぽい」

「……そっか、わかった」

「ごめんね」


 電話を切った後、叶子は小さく溜息を吐いた。

 確かに二次会はあるが、叶子は参加したことなど今まで一度もない。今年もそのつもりでいたが、今の状態でジャックに会う事をためらってしまった叶子はつい嘘を吐いてしまった。


「はぁ。どうしよう……」


 今度は大きく溜息を吐き、ポツリと呟きながら携帯電話をコートのポケットにしまい込んだ。


(……へぇ)


「藍子、何してんの? 幹事なんだから早く行かなきゃ」

「――あ、うん」


 叶子が電話で話していた様子を一部始終見ていた藍子は、ニヤリと口の端を上げた。



 ◇◆◇


「うーし! うんじゃあ次行くぞ! 次!!」


 へたに声をかけてしまうと、無理矢理にでも二次会に連れて行かれるだろう。それがわかっていた叶子は、会場の入り口付近でたむろする集団に見つからないように、そっとその場を離れて闇へと紛れ込んだ。

 コートのポケットから携帯電話を取り出し液晶画面を眺める。ジャックにかけようかとしばらく悩んでいると、後ろから誰かの足音が近づいて来たことに気付き思わず携帯電話をポケットにしまい込んだ。おもむろにポンと肩に手を置かれ、飛び上がりそうになる。振り返れば、健人が煙草を銜えながら叶子の顔を覗き込んできた。


「何処行くの?」

「びっ、くりした。……何処って。帰るのよ」

「んじゃあさ、今から飲みに行こうよ。こないだの相談料として」

「ええ? あれ本気で言ってたの?」

「すぐそこにおんもしれぇートコあるんだ」


 健人は叶子の手を取るとさっさと歩き始める。


「ちょっと、誰も行くなんて一言も」

「つまんなかったら帰っていいって。ほら行くよ」

「あ、ちょっ――、……」


 いつもなら断固拒否だが、この間の定食屋での印象が良かったからだろう。少し位なら、という気持ちになり、躓きそうになりながらも健人の手に引かれ、二人で夜の闇へと消えていった。


「――」

「藍子ー? 次行かないの?」

「ああ、ごめん。ちょっと急用思い出したから先に行ってて」


 同僚に振り返りもせず藍子は片手をひらひらと振ると、叶子と健人が歩いていった方へと歩き出した。 



 ◇◆◇


 看板も何も無い薄暗いドアから出てきた二人。何故かふてくされている健人と相反し、叶子はお腹を抱えて笑い転げていた。


「……ぶっ! ぶっはははははっ! ひ、ひぃーー! おっかし」

「……」


 目じりに涙を溜め、笑いが止まらない叶子。健人はと言うと面白くなさそうに口先を尖らせ、明らかにムッとしていた。


「もういい加減にしろよな! 笑いすぎ!」

「だ、だってお兄さん達に囲まれた時の、あの健人の顔ときたら、……プッ」


 健人が連れて行った、“おもしろいトコ”と言うのは実はゲイバーだった。

 店の前で笑い転げている二人を横目で見ながら、逞しい男達がそのドアの向こうへと姿を消していく。少し陰のある場所では、中で盛り上がってしまった男性同士のカップルが激しいキスを繰り広げていて、普段の生活の中では滅多にお目に掛かる事の出来ない光景があちらこちらで普通に行われていた。

 最初は物珍しさにキョロキョロと目をさまよわせていた叶子だったが、その場を楽しめるほどの余裕も出てきたのか、今では同性同士のラブシーンなど気にもならなくなっている程だった。


 ――声を出しておもいっきり笑った。こんなに笑ったのはいつ振りだろう? 健人といると辛い事や悲しい事も、……いつしかどこかに飛んで行ってしまう。


「あははっ! は……、――」


 叶子は、自然とジャックと比べてしまっている事に気付いた。少なくともジャックがこういった店に叶子を連れて行くこともないだろうし、ましてや町の定食屋さんに連れて行かれる事も無いだろう。

 ジャックとどう接していいのかわからないが故に、肩肘張らない付き合いが出来る健人への気持ちがどんどん膨らみだしている事に気付いた。


「さて、気を取り直してもう一軒行くぞ!」

「ええー? まだ付き合わせる気?」


 健人が叶子の肩に手を回し地下にあった店から階段を上り切る。そして、目の前に飛び込んできた光景に、叶子の顔は一瞬で凍りついた。


「っ!!」

「カナ?」


 携帯をぎゅっと握り締め、悲しそうな目で叶子を見つめるジャックが何故かそこにいたのだった。







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