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運命の人  作者: まる。
第3章 噛み合わない歯車
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第5話~迷い~

 ガヤガヤと騒がしい店内。お世辞にも綺麗とは言えない小さな町の食堂で、叶子はいつもより少し遅めのランチをとっていた。

 店の中ではおじさん達が窓際に座る叶子を、チラチラと物珍しそうに見ている。叶子はそんな事もお構いなしと言わんばかりにテーブルに肘をついて顎をのせ、大したモノが見えるわけでもない窓の外の景色を見ていた。


「あいよっ! お待ち!」


 恰幅のいいおじさんに運んでもらった鯖味噌定食に何故だかホッとする。箸を両手で持ち小さな声で「いただきます」と呟くと、割り箸をパチンッと割った。


「おう! いらっしゃい!」


 店の扉が勢い良く開くと同時に、店主の威勢のいい声が店内に響き渡る。


「おやっさん、俺いつものね」


 聞き覚えのあるその声に、先程までのホッとしていた気持ちが一気にスーッと冷えてしまった。なるべくその声の主の方を見ないように身体ごと窓の外側へと向け、鯖の味噌煮を箸でつついていた。


「――?」


 カウンターに座ろうとしていたその声の主が、何気なく窓際へと視線を向ける。既にカウンターの上に用意されていた水を手にすると、叶子の座っているテーブルへと向かった。


「あれ? 何でこんなとこにいるの?」


 頭上から聞こえてきたその声に叶子は頭を垂れる。面倒臭そうにして顔を上げると、思ったとおり後輩の健人が不思議そうな顔をして突っ立っていた。


「おい! こんなとこで悪かったな!」

「あ、わりいわりい。おやっさんの鯖の味噌煮はこの町一番だよ!」


 カウンターの中から聞こえる店主の怒号にも、サラッと返せる健人はここでも人気者だった。


「? ……誰も座っていいなんて言ってないよ」


 テーブルの向かい側に健人が腰を下ろした事で叶子の眉根がギュッと寄る。話が聞こえているのかいないのかその事に対して何の反応も見せず、叶子が注文した料理をじっと眺めていた。


「珍しいね。カナちゃんでも定食とか食べるんだ」

「『珍しい』って何それ。いつも私はステーキでも食べてるとでも思ってんの?」


 恋人であるジャックとはこういったお店に入った事は無い。普段、上品で繊細な食事を食べていると、たまにはこういった庶民的な味が恋しくなる。心なしかスカートのホックがキツクなってきたし、彼と会わない時の食事位ちゃんと自分で気を付けなければと言うのがこの店を選んだ本当の理由だった。


「えー? それはちょっと過大評価じゃない?」


 そんな事、あえて言われなくても十分わかっている。冗談のつもりで言った言葉に対し、真面目な反応を返してきた健人に大人気なくムッとした。

 なぜ健人はいちいち燗に障る様な事をいうのだろう。そしていつも本当にタイミング良く現れる。ジャックとの事を誰かに相談したかったが、唯一信用のおける絵里香には当然相談出来ず、ずっとモヤモヤとしていた。

 ちょっと健人に聞いてみようか。いやでも、彼と健人では何もかもが違いすぎて何の参考にもならないんじゃないだろうか。

 そんな事を考えていると、叶子と同じ鯖の味噌煮定食が健人の前に置かれた。

 嬉しそうな顔をして箸を割る。その表情があどけない子供の様で、思わず笑みが零れた。


「いっただきまぁーすっ!」


 手を合わせた後、鯖の味噌煮を口に入れる。それを追いかけるようにしてすぐにほかほかのご飯を口一杯に頬張った。もしゃもしゃとまるでリスが餌を頬張っているみたいに、健人は頬をぷっくらと膨らませている。肘をほぼ水平に上げてご飯をかっ込むその姿にどこか安心感を覚えた。


「あのさぁ、ちょっと聞きたいんだけど」

「うん?」


 食べるのに必死なのか、返事はするものの決して箸は止めない。久しぶりにジャック以外の異性と食事をしてみて、同じ男性でもこれ程までに違うものかと驚いた。


「友達の話なんだけどね。なんだかその子の彼氏が女癖が悪いって噂があるらしくてさ。別れた方が良いって他の友達がその子に言ってるんだけど、当の本人には彼がそんな人には見えないって言うのよ。んで、どうしたらいいか悩んでんだよね」

「ふむ」

「健人ならどっちを信じる? もし彼女が男癖が悪いって噂があったら」

「俺? ――あ、おやっさん、ご飯おかわり!」


 うんうんと頷いて健人の答えを待った。相変わらず頬袋を膨らませながら残りのご飯をががっと一気にかきこみ、空になったお茶碗を店主に見せるようにして上へ持ち上げる。おかわりが来るまでなら、話してやってもいいと言わんばかりに、箸を置きお茶を啜った。


「うーん、俺なら彼女を信じるかなぁ」

「へー」


 友達の話の筈なのに思わず口元が緩んでしまい、慌てて顔を引き締めた。


「でもさ、その噂を聞きつけた子とも長い付き合いで……。その子は親友を陥れる為に嘘をついたりするような子じゃないっていうか」

「噂でしょ?」

「う、うん。まぁ……そうだけど」

「俺は噂話ってだいっきれー。絶対話が元ネタよか大きくなるじゃん? そんなくだらない話よか目の前にいる子を信じないでどうすんのよ」


 健人のその言葉を聞いて、ふと、以前社内で叶子が噂の的にされた時に救いの手を差し伸べてくれたことを思い出した。

 嬉しそうにご飯にがっついている姿を見る限りでは、そんな風に冷静に考えられる人間だとは到底思えない。面倒事には首を突っ込まない冷たい人間かと思っていたが、思っていた以上に健人は大人なんだなと感じた。


「自分が相手の事をどれだけ思っているかが大事なんじゃない? 噂なんかに惑わされないで相手をちゃんと見てあげなきゃ。自分から見てそんな子に見えないんであれば、俺だったら彼女を信じるね。噂話程度で別れるなんて事はしないし、仮にその噂が本当だったとしても俺は後悔しない。……お、サンキュ!」

「そっか」


 運ばれて来たてんこ盛りの白米に吸い寄せられるようにして、健人は再び箸を動かした。

 健人が意外にしっかりとした考えを持っていることに正直驚いた。周りに流されず、自分が目にした事だけを信じて生きる。健人はそれを実行している様に思えた。


「?」


 味がしっかり染み込んだ手元にある鯖の味噌煮をじっと見つめていると、ぬっと健人の大きな掌が視界を遮る。顔を上げると、箸を咥えながら健人がニカニカと微笑んでいた。


「相談料、高いよ?」

「えー? たったこれだけでお金取るの?」

「払えないって言うならさ、ジーっと見るだけで一向に消化されないその鯖の味噌煮、貰っちゃうよ?」

「あ! ちょっ!」


 そう言って叶子の鯖の味噌煮にぬっと箸が伸び、慌ててトレーごと横にずらす。その振動で叶子のお味噌汁が左右に波打ち、お椀の外に零れてしまった。


「ああっ! もう! 何やってんのよ!!」


 いつの間にか、さっきまで落ち込んでいた気持ちが嘘のように消えていた。ジャックと会っている時と比べると、健人と話している時の自分は自然体でいられる事に、少なからず安堵感を覚えていた。


「マジでさ、今度飲みに行こうよ。そしたらもっと人生の相談に乗ってやるからさ」

「私の方が人生の先輩だから!」


 そう言って、健人は屈託のない笑顔で笑い飛ばすと、再びご飯を口の中にかきこんだ。







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