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運命の人  作者: まる。
第2章 恋人達の戯れ
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第7話~約束~

 人混みの中をかきわけて通る様に、ジャックが走ってやって来た。大きな丸い柱にもたれ掛かっていた叶子を見つけると、途端に険しい表情から笑顔に変わる。


「お待たせ、大分待った?」


 肩で息をしながら、叶子の前で立ち止まった。

 自分の為に急いでここに来た事を叶子は勿論わかっていた。彼の会社からこの駅までは、ゆっくりしていたらこんなに早く着くはずが無い。彼を困らせたくなくて『ううん、全然。大丈夫だよ』と言うつもりが、彼に会えた事で一気に感情が溢れてきてしまったのだろう。頭の中で思っていることとは違う言葉が口を衝いて出た。


「遅いよ」


 歪み始める顔を見られるのが嫌で、俯きながら彼のジャケットの袖を細い指でそっと掴んだ。


「……」


 普段の叶子からは予想もつかない素直な言葉に、彼は大きな目を更に見開いた。

 口元を緩め、人目もはばからず叶子の肩をそっと抱き寄せる。


「逢いたかったよ」


 ただ一言そう呟いた。



 ◇◆◇


「何処へ行くの?」


 彼の手に引かれ、人気もまばらな特急電車に乗り込み席につくと行き先を尋ねる。


「凄く素敵な所だよ」


 ジャックは嬉しそうにそう言うと、「楽しみにしてて」とウィンクをした。

 横並びに座った座席で外の景色に目をやると、あっという間にビル群は無くなり、代わりにのどかな田園風景が現れる。


「たまには列車の旅ってのもいいね」


 そう言って、ジャックは叶子の手を捕まえた。

 たった数日会えなかっただけなのに、もう何年も会ってないかのような感じがする。しばらく会えなかった分を補充するかのように、彼の肩に頭をもたげながら久しぶりにその感触を味わった。

 そんな叶子の様子にジャックは目を白黒させている。「今日はなんだか素直だね?」と尋ねると、「だって、凄く逢いたかったんだから」と返され、彼は又目を丸くした。

 彼の知っている彼女は自己中心的な発言は一切言わない。常に相手の事を第一に考え行動する。今まで出会ってきた女性にはいなかったタイプで、そんな所も彼女に惹かれた理由の一つではあったが、もう少し本音を言ってくれたらいいのにと思っていた。

 今ここにいる彼女は別人ではないだろうか。そんな馬鹿げた考えをしてしまうほど、先ほどから叶子の発言に驚きを隠せないでいた。


「……たまには連絡を絶つのもいいかもね。こんなにかわいい君が見られるのなら」


 頭上から聞き捨てならないセリフが聞こえたことに、すぐにもたげていた頭を起こして彼を睨み付けた。

 そんな叶子の目を慌てて手で遮り、


「うわっ! いつもの君に戻った! 嘘、嘘! もうこれからはどんなに忙しくてもちゃんと連絡するってば」

「な、何よ! “いつもの”私って、一体どういう意味っ!?」


 遮った彼の大きな手が下ろされると、叶子は目にうっすら涙を溜めて笑うのを必死で堪えている。そんな彼女の表情(かお)を見た彼は、ほっと安堵の息を吐いた。

 叶子の頬にジャックの暖かい手が触れると、叶子はキョトンと目を丸くして彼を見上げる。


「?」

「君が僕を必要とした時、何も遠慮せずに電話してきていいんだからね? 朝だろうが夜だろうがすぐに君の元へ飛んでいくよ」


 そう言うと、親指でその涙を拭った。





 足元にあたる温かい風と電車の揺れ。それと、何よりも彼がすぐ側にいるという安心感で、叶子はいつの間にか眠りに落ちてしまっていた。

 彼の肩にもたげていた頭が電車の揺れによってずり落ち、それによって目が覚める。慌てた様子で彼を探すように顔を上げると、優しげに微笑みながら自分を見つめている彼と目があった。


「おはよう」

「ごめんなさい、寝ちゃってた」

「うん、気持ち良さそうだったよ」


 車窓から覗く景色はすっかり日も落ちていて、いつの間にやら全く違ったものになっていた。ちらほらと雪が積もっている所もあり、随分と長い間寝ていたのだろうと感じる。

 彼の方が疲れているはずなのに、二人とも寝てしまうと目的地に辿りつけないと思ったのだろうか。親指と人差し指で眉間を押さえる彼のその仕草が、落ちてくる瞼と戦いながら頑張って起きていたという事を物語っていた。


「貴方の方が疲れているのに。……ごめんなさい」


 こんな寝起きの掠れた声では、何を言っても気持ちは伝わらない。シュンとしている叶子の予想とは反し、ジャックは頭を振って肩をすくめた。


「君が寝ている間、以前君が言った言葉を思い返していたんだ。だから案外眠くならなかったよ」

「?」


 ジャックの言う叶子の言った言葉というのが一体何の事かわからず、叶子は小さく首を傾げた。


「『何処にも行かないで』って電話で言ったの覚えてる?」

「え?」


 先程よりも大きく首を傾げた叶子を見て、「やっぱり」と言ってジャックは眉を顰めた。


「君が僕の家に泊まった次の日に、一緒にランチに行こうとしたのは覚えてる?」

「あー、結局お仕事で行けなかったのよね?」

「そう、その晩に君に電話したら君がそう言ったの」

「私が?」

「そう。はは、きっと寝ぼけてあんな事言ったんだね」


 彼は少し残念そうに笑った。

 全く記憶には無いものの、寝ぼけてそんな事を口走ってしまったのが余程恥ずかしいのだろう。叶子の頬がみるみる赤みを帯びていった。


「やだ、もう」

「あはは。――でもね、僕凄く嬉しかったんだ。今でもあの時の君の悲しそうな声が耳に残ってる」


 熱くなった頬の熱を冷ますかのように、叶子は繋がれていない方の手で頬を覆う。彼はその手さえも捕まえると、大きな手で包み込み、叶子の方に身体を向けた。


「?」


 あらたまった姿勢になったジャックを見て、叶子も慌てて彼の方に身体を向ける。彼が話し出すのをじっと待っていると、ゆっくりと彼の唇が動き始めた。


「僕は――あの時、君を悲しませてはいけない、君をずっと守りたいって思ったんだ」


 思わぬ告白に、叶子は照れながらも真っ直ぐに彼の目を見つめて小さく頷いた。


「でも随分君を泣かせてしまったね」


 自虐めいた言葉に、さもその通りだと言わんばかりに眉間に皺を寄せると今度は大きく頷いた。


「ごめん、ごめん。これから埋め合わせするからね」


 ころころ変わる叶子の表情に、彼は吹き出しそうになっている。彼女の機嫌を直そうとぽんぽんと叶子の頭を撫でると、そのてっぺんにキスを落とした。


「――。……?」


 ――間もなく……に到着します。お忘れ物ございませんよう……。


 タイミングよく車内アナウンスが流れ、ジャックが顔を上げた。叶子の手をとり立ち上がると、


「さぁ、やっとついたよ。誰にも邪魔されない所にね」


 そう言って、ジャックはにっこりと微笑んだ。






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