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運命の人  作者: まる。
第2章 恋人達の戯れ
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第6話~彼の優しさ~

 クローゼットを開け放ち、奥から大き目の旅行バッグを取り出した。適当な荷物を詰め込んでいくも、本当に彼の家に行って大丈夫なのだろうかという不安が過り、肩で大きく息を吐いた。


「――」


 振り返ってすりガラスの向こうにある玄関を覗くと、大きな黒い塊がゴソゴソと蠢いている。旅行に来たつもりで泊まりにおいでと言われ、荷物を取りに一旦自宅に戻ろうとしたところ、荷物を運ぶのが大変だろうからと彼も一緒についてきたのだった。

 確かに、彼の言うとおり一緒に住んだ方が会える時間もぐっと増える。それは叶子にとっても嬉しい事だが、あの家にはカレンやまだ会った事のない彼の三人の子供達がいる。今まで接してきた中でのカレンの印象はお世辞にも良いとは思えず、今後も顔を合わす度に何か嫌みを言われそうな気がしてならない。その上、彼の子供達とも上手くやっていかなければならないのだから、中途半端な気持ちで行く事は出来なかった。


「……やっぱり無理だよ」


 荷物を詰める手を止め、すりガラスの扉をカチャリと開けた。


「――。……? 準備できた?」


 狭い玄関で座り込み、本を読んでいた彼が振り返る。そんな彼の表情はまるで、これから旅行にでも出かけるみたいにわくわくしているような顔をしていた。

 自分とは真逆の表情を見せた彼の顔をまともに見ることが出来ず、俯きながら黙って首を横に振った。


「……ゆっくりでいいよ。僕この本読みたいからさ」


 叶子の表情を見て何かを悟ったのか、ジャックの顔がふっと曇る。そのまま彼女に背を向けると、ジャックは再び読書に戻った。


 彼は本当に頭がいい人だと思い知る。

 再び本を読み始める事によって、これ以上叶子にいらぬ考えを起こさせない様、あえて会話を終わらせたのだろう。彼のその思惑通り、叶子は声をかける事が出来なくなった。


「――。……? ――」


 彼の肩に手を置き、大きな背中に叶子の顔が埋まる。その行動によって彼の作戦はあっけなく失敗に終わった。

 小さく息を吐き、肩に置かれている華奢な手をそっと握り締めると、半ば諦めた様子で叶子に話しかけた。


「どうしたの?」

「私、やっぱり行けない」

「……そう言うと思ったよ」

「ごめんね」

「いいんだ。壁が高ければ高いほど上り甲斐があるからね」

「……」


 彼は諦めたかのように本を閉じると、眼鏡を外してシャツに引っ掛けゆっくりと立ち上がった。


「……本当は振り返って君を抱きしめたいけど、暴走しそうだから止めておくよ」


 そう言うと、今度は叶子にも聞こえる位の大きな溜息を吐いた。


「また――。……電話する」


 そう一言いい残すと、ジャックは振り返ることもせずに叶子の部屋を後にした。



 ◇◆◇


 騒ぎが収まるまで旅行にでも行って来いといわれ、半ば強制的に取らされた時期外れな一週間の休暇。旅行のつもりで泊まりにくればいいとの彼からの誘いを拒んだ叶子は、少し後悔し始めていた。と言うのも、明日で長い休みが終わりを告げようとしているのに、あれから彼と会うことも無ければ連絡さえも無いからだ。


「はぁ。――あ、そうだ」


 職場では自分は旅行に行っている事になっているから、明後日から始まる仕事に備え、それなりにアリバイを作らなければいけないのだという事にふと気がつく。何処かにお土産でも買いに行こうと重い腰を上げ、久しぶりに街へと飛び出した。

 外の空気はまだ冷たくコートを手放せない。それでも、道端に咲く小さな花を見つけると、もうすぐ春が訪れるのだろうと感じた。

 ここ最近色々な事があったせいか、こうして道に咲く花に目を向ける事もなかった。頭の中は常に彼と仕事の事で一杯。落ち着いて自分を見つめなおすには、今回の休みは不条理ではあったがとても意味のあるものだったと思えた。


 旅行のアリバイになりそうな物を探しに、新幹線が止まる駅へと足を運ぶ。次々と変わる時刻表を見ていると、ふとこのまま何処かへ行ってしまいたい衝動に駆られ、気付くと彼女は切符売り場の前で行き先を探していた。


「?」


 騒がしい構内で、かすかに携帯電話の音が聞こえる。バックを持ち上げて耳元に近づけ、その音が自分の携帯電話である事に気付いた。


「!」


 急いでバックの中から携帯電話を取り出した。先ほどまでは曇っていた表情(かお)が、ディスプレイに表示されている名前を見た途端、ぱぁっと一気に日が差したかのような笑顔に変わった。

 一つ深呼吸してから受話ボタンを押す。嬉しさのあまり声がうわずらないようにと慎重に声を出した。


「もしもし?」

「あ、もしもし? 僕だけど」


 久しぶりに聞く彼の柔らかい声。耳を通じて脳にまで染み入る。彼からの電話は何故か別れた恋人からの電話のように、ギュッと胸が締め付けられた。


「ごめんね、ぜんぜん電話できなくて」

「ううん、大丈夫」


 大丈夫なわけない。

 毎日毎晩、彼からの連絡を待ち侘びながらベッドに潜り、迎えた朝に現実を知る。絶望と不安に苛まれて、まるで自分が自分ではなくなっていた様だった。

 こういう時こそ素直に『寂しかった』と何故言えないのだろうか。そもそも、気になるのなら自分から電話すればいい事なのに、彼の家に行くのを断った事で引け目を感じ、それすら出来ないでいたのだった。


「……まだ仕事、休みあるよね?」

「あ、うん。明日で終わるけど」

「良かった。今から会えるかな?」


 手首にした時計を見ると、まだ昼を過ぎた所。彼が仕事を終えるには早すぎる時間だ。


「今から? お仕事は?」

「君とゆっくり過ごしたくてね。もう無我夢中で仕事を詰めて、明日休み取ったんだ。……だから、今から一緒に何処か行かないかな、って」


 彼に嫌われて電話が無かったわけではない。自分の事を想ってこそ彼は連絡を絶っていたのだと知ると、自然と涙腺が緩んでくる。


「……うん」


 長く話すと今の自分の状態を感づかれると思い、それ以上うまく話す事が出来なかった。


「あの、本当にごめんね? 電話できなくて。――早く逢いたいよ」


 電話の向こうの彼は叶子の様子を察しているのかどうかはわからないが、さっきよりソフトな語り口でそう言った。


 ――私も早く貴方に会いたい。


 気付けば自分の中で彼の存在が物凄く大きなものになっていたのを感じる。ついに溢れ出してしまった止まらない涙を、叶子はそっと指の先で拭った。







しばらく、二人のラブラブな感じが続きます。

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