第45話~繋がり~
「や、やめ……っ」
彼の荒々しい息遣いが聞こえ、アルコールの香りが辺りに立ち込める。獣と化した彼は叶子の制止も聞き入れず、目の前にある獲物に照準を合わせると両手を捕らえて彼女の自由を奪った。
豹変した彼に少なからず恐怖を覚えた彼女は、先程までは受け入れていた口づけも拒み続けるが、顔を背けた拍子に彼の唇は首筋へと下降を始めた。
叶子に拒む権利はなかった。彼の言う通り、確かに思わせ振りな態度や言葉を発したのにも関わらず拒絶するなんて最低だ。自分でもそれはわかっていたが、彼に一方的に振られたあの日の事や、カレンに言われた二人の関係。マイナスの要素が脳裏に浮かび、それらを消し去る事が出来なかった。
「やっ、……ぁ……」
まるで噛むようにして与えられる愛撫が、今の彼の心情を表しているかのようにもとれ、自分のせいでそうなってしまったのだと責任を感じた。
ぴったりと身体が合わさっていることで、太腿に当たる硬くなった彼がわかる。その事に気付いたと同時に叶子は覚悟を決めたかの様に全身の力を抜いた。
抵抗が収まったのがわかったのか叶子の両手を解放すると、自由になった両手が今まで触れられなかった部分へと一斉にその触手を伸ばし始めた。
「……っ」
柔らかな双丘を揉みしだかれ、暴れた為に捲れ上がったスカートからは肉付きのいい太腿が露出している。空いている方の彼の手がここぞとばかりにそこを撫で上げた。
じわりじわりと迫り来る恐怖に背を反らす。胸に伸びていた手は叶子のシャツの裾まで下り、それを一気に捲りあげた。
少し暗めではあったが、煌々と点いたライトの下で晒される羞恥に耐え切れず、目をぎゅっと瞑り下唇を思いっきり噛み締めた。
すると、先ほどまではせっつく様に動き回っていた彼の手が、急にその動きを止めた。
◇◆◇
何の抵抗も示さなくなった彼女に、ちょっと強引ではあったけれど、やっと自分の事を理解して己を解放する事に同意したのだとジャックは思っていたが、その時の彼女の顔を見た途端、手の動きは勿論、思考までもがピタリと停止した。叶子は顔を背け歯を食いしばり、目を硬く閉じている。よく見ると身体が小刻みに震えているのもわかった。
「どうして?」
ジャックが問うと、彼女の目から一筋の涙が頬を伝った。
「どうして抵抗するのを止めたの? ……本当は嫌なんじゃないの?」
再び問いかけると、ゆっくりと目を開け彼の方へと視線を向けた。噛みすぎた唇が痛々しく真っ赤になっている。
「私が悪いから。私が軽率すぎたの、が」
「……そうだよ、君は男というものを全くわかっていない。……でも、だからって無理矢理抱かれてカナはそれで平気なの?」
「わ、からない……けど、――怖くて」
「怖い?」
小刻みに震えながら首を小さく縦に振って恐怖におののく彼女を見た時、一気に後悔の念に駆られる。
「……」
ジャックは捲れ上がった彼女のシャツを下ろすと、そのまま彼女の横に倒れこんだ。
彼女の言葉に愕然とした。何もかもを彼女一人のせいにして、己の感情だけを優先した自分に腹が立つ。
彼女を守りたい気持ちでいたはずの自分が、彼女の脅威となってしまっている。
どうしても空回りしてしまう自分がいる。
どうすればわかりあえるのだろう。
彼女の事を想う速度にどうやら彼女はついて来れず、振り返るとずっと遠いところにまだ立っているかの様だ。そんな状態で半ば強引に身体を重ねようとしても温度差があって当たり前なのに、一体自分は何を焦っているのかとジャックは溜息を吐いた。
勿論、彼女の身体が目的ではなく、ジャックはただ‟繋がり”が欲しかった。しかし、彼女とはまだ心すら繋がっていないのだと気付かされ、情けない思いで一杯になった。




