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運命の人  作者: まる。
第1章 導き
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第38話~抑制~

 強引に奪われた唇がひりひりして痛い。

 どれだけこすっても、健人の感触が口唇に残っていることにうろたえる。

 こんなはずじゃないのに、こんな事全然望んでないのに。

 悔しい気持ちを消化する事が出来ず、体中に残る健人の足跡を消そうと躍起になっていた。


 ◇◆◇


 あまりにも戻るのが遅いと他の連中に探されて厄介になると思ったのもあったが、健人に対する意地も伴い体の震えがなんとか治まったのを見計らってから早々に自席へと戻った。

 擦りすぎた為に赤くなった口の周り。メイク直しをする時間があるのなら早く席に戻った方がいいと思った叶子は、そのままの状態でオフィスへと入って行った。


 自席につけば、隣の島に座っている健人がこっちを見ているのを横目で感じる。そんな健人に当然視線を向ける事無く、叶子は仕事に取り掛かった。


 彼と再会した事で叶子は随分精神的に参っている。そんな状態での健人からの突然のキスに、今ではほんの少し触れるだけで崩れ落ちるトランプタワーの様に不安定な状態にまで陥っていた。

 そんな中、あんな事があっても決して動揺しない、健人と違って自分は自立した大人の女性なのだと必死に虚勢を張る事で、今にも膝から崩れ落ちそうになるのを持ちこたえて居たのだった。


 しばらくすると一本の電話が入り、その電話のせいで叶子は注目を浴びてしまう。


「野嶋さーん、JJエンターテイメントさんからお電話ですー」

「あ、はい。……、――?」


 受話器に手を伸ばすと、なんとなく視線を感じ辺りを見回す。ボスを始め、ゴシップ好きな同僚の藍子に健人。それに、当初、この仕事を避けていた連中が一斉に叶子から目を逸らした。


(何よ、もう。やりにくいなぁ)


 訝しげに眉根を寄せながら受話器を取った。


「はい、野嶋です」

「こちらJJエンターテイメントです。お繋ぎ致しますので少々お待ち下さい」

「あ、はい」


 秘書と思しき女性がそう言った後、まさに今自分の頭を悩ませている渦中の人物が電話口に出た。


「もしもし?」

「はい」

「僕だけど」

「あの……、会社にまで電話しないで貰えませんか」


 口元を手で覆いながら周囲に声が漏れないよう小さな声で話した。心なしか背中を向けている人間も、耳だけは叶子の方へと向いている様なそんな風に思えた。


「え? ……あっと、仕事の話なんだけどな」


 その言葉を聞いて、全身の毛穴と言う毛穴がぶわっと一気に全開になった様な感覚が襲った。

 今となっては彼とは仕事上の関係だったのをすっかり忘れてしまっていた。なのに、まるで追い回されて迷惑だと言わんばかりの言い方をしてしまい、あまりの羞恥に頬を染めた。


 空いている方の手で額を覆い、熱くなった顔に気付かれないように頭を俯かせた。


「あ、ああ、そうでしたね。な、何でしょうか?」

「今夜、空いてる? ――もちろん打ち合わせだよ」


 電話越しでも判る、笑いを含んだ彼のその口調にますます体の温度が上昇する。動揺している事を悟られないように平静を装うのに必死だった。


「今夜、ですか」


 額を押さえていた手を離し、時刻を確認する為に顔を上げたと同時に皆が一斉に顔を逸らした。


「……はい、大丈夫です」


 周りの反応がやけに気になった叶子は、辺りを警戒しながら話を続けた。


「良かった。じゃあ19時に迎えに行くよ」

「えと、こちらからは山下と私で宜しいですか?」

「んー、いや君だけでいいよ。今日は数字の話をするつもりはないから」

「はい。わかりました」

「じゃ、あとでね」


 受話器を下ろすと、皆が興味津々な顔をして自分を見ているのがわかる。叶子はわざと視線を逸らし、矢の様に降り注ぐ好奇心旺盛な視線に気付かない振りをした。



 ◇◆◇


 約束の時間になり下に降りると彼の車が既に停車しており、運転席には今日もビルが乗っていた。その車に近づいて行くと叶子に気付いた彼が急いで車から降りてきて、後部座席のドアをいつもの様に開けて待ってくれている。


「?」


 いつもと少し違う彼女の様子に気付いたのか、ジャックはドアを開けたまま叶子の側へ近づいて、何も言わずに叶子の顔をじっと見つめた。


「な、何ですか?」

「どうしたの? その口唇」

「――っ、」


 何の躊躇いもなく左手で叶子の顎を持ち上げると、右手の人差し指で彼女の口唇にそっと触れる。いつもより近い距離にジャックの端正な顔立ちがあり、上手く呼吸が出来なかった。


「――。……あっ、ごめん」


 突然の事に身体が硬直し、瞬きをも忘れた。そんな叶子の異変にやっと気付いたジャックは、すぐにその手を引っ込めた。


 自然としてしまう行動が、又叶子と距離を作ってしまう。その行動に裏があってやっている訳では無いのに、彼女にはそう受け止められても仕方ないのかもしれない。

 あくまでこれは仕事での付き合いなんだと自分に言い聞かせ、叶子だけではなくジャックも又割り切るのに必死だった。


「じゃあ、行こうか」


 叶子は目を見開いたまま、声を出さずに黙って頷いた。


 二人はジャックの車に乗り込み、夜の街へと消えていった。


「……。」


 その一部始終を、ビルの陰から何かを企んでいる様な目で、二人の様子をじっと見つめている一つの視線があった。



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