第33話~年上な彼~
「どうぞ」
「失礼します。社長、今年も徐々に届き始めましたよ」
肘でドアを開けながら体を滑り込ませ、ジュディスが両手に大きな段ボール箱を抱えて入ってきた。彼のデスクの前まで行きドサッとその箱を床に降ろすと、手についた汚れを軽く払い、『ふぅっ』と息を吐いた。
「なにが?」
デスクで書類にペンを走らせていたジャックは顔を上げ、上からその箱の中を覗き込んだ。色とりどりのリボンが飾られた大小様々な形のプレゼントらしき物が、手狭そうにダンボール箱の中でひしめき合っている。どうせ、誰かが何処からか貰って来たものだろうと思ったジャックは再び書類に視線を戻すと、興味無さ気にジュディスに尋ねた。
「何それ? どうしたの?」
「バレンタインデーですよー」
バレンタインデー。その言葉を聞き、そういやそろそろそんな時期かと再び箱の中を覗いた。
「これ、全部僕宛て?」
「こんなの! まだまだ序の口ですよ。本番は明後日ですからね」
何故かやたら張り切っている様子のジュディスを見て、大きなため息が零れた。
走らせていたペンを休め、掛けていた縁無しの眼鏡を取ると深く椅子の背もたれに重心を移した。
「もうさ、これから届くものは断っといてね。女性に無駄にお金を使わせるのは申し訳ないよ」
「無駄に使ってる訳ではないと思いますが……」
どうしたものかと肩を竦めて苦笑いを浮かべるジャックに対し、ジュディスは不満げな表情を見せた。
「しかし、この国は不思議だね」
ジャックは体を起こし、組んでいた足を解くとデスクの上に肘をついて両手を組む。
「何がですか?」
「女性から愛の告白をさせる習慣があるなんて」
「素敵じゃないですか」
「そう? 僕なら自分から伝えたいよ」
「社長から愛されて断る人なんていないでしょうね」
そう言ってから、ジュディスはまるで自分だったら絶対断らないのにと遠回しにアピールしていると思われたかもと気付く。慌てて何か言い訳をしようとしたが、急に黙りこんだジャックが気になり、まさかと思いながらも尋ねた。
「……」
「え? 断られた事……あるんですか?」
「……うるさいよ」
「あ、も、申し訳御座いません!」
タイムリー過ぎるジュディスのその言葉に、ジャックは顔を引きつらせながらうなだれた。
確かに、今まで自分から告白して断られた事は無かった。といっても、無謀な賭けだと明らかにわかる相手を振り向かせてきた訳ではなく、保険に保険を重ね断られるはずは無いだろうと予め予測出来る相手にしか自分から伝えた事は無かった。いや、自分から伝えるまでもなく、過去に付き合ってきた殆どが女性側から迫られる事ばかりだったせいで、はっきり言って色恋沙汰に苦労をしたことが無い。
――百戦錬磨、とまでは行かなくともそれなりに経験を積んできた筈。そんな彼でも、これほどまでに上手く行かない事があるのかと叶子の事を考える時間が増え、否応無しに彼女がジャックの頭の中を支配していた。
「――」
ジュディスは自分のせいで機嫌を損ねてしまったと感じたのか、逃げるようにしてその場を去ろうとする。
「し、失礼します」
扉に手を掛けたとき、「――そういえば」とジャックが声を発した。
「ジュディスって今いくつ?」
ドアの前で振り返ると、きょとんとした顔で素直に答えた。
「今年で二十五です」
「そう」
(二十五かぁ……。日本人は若く見えるけど、流石にカナの方がお姉さんだよなぁ)
「じゃさ、君が付き合うとしたら何歳までならOKなの?」
「え? ――まぁ、父親が四十五歳なので、それより下だったら大丈夫だとは思いますが」
「四十五!?」
思わず声が裏返り、大きな目が飛び出そうな位見開いた。
あの日、叶子のオフィスの前で待ち伏せした時に一緒にいた男に「年相応な女を捜せ」や「おじさん」と言われようがジャック自身はその事について特に何とも思っていなかったのだが、仕事のパートナーの父親よりも自分が年上だったと言う事を知り、かなり落ち込んだ。
「そうか。……じゃあ、やっぱり君からしたら僕なんておじさんだよね」
「ええ!? おじさんだなんて! そ、そんなことないですよ! 社長だったら全然OKですっ! ……って、ぁっ」
もしや社長が自分に気があるんじゃないかとジュディスは勘違いしてしまったのか、みるみるその顔は赤みを帯びていった。
しかし、そんなジュディスの心配も余所に、ジャックは全くと言っていいほどそんな彼女の変化に気付いていない。小さく溜息を零しながら眼鏡を掛けると、再び書類に視線を落とし口を少し尖らせた。
「いいよ、そんな気を使わなくても」
「あの、えと。し、失礼しました!」
思わず本音が零れて居たたまれなくなったのか、大急ぎで部屋から飛び出していった。
ジュディスの慌てた様子にクスリと微笑む。ゆっくりと椅子から立ち上がり、床に置かれたダンボール箱の中から一つを取り出すと裏と表を交互に見た。
「ふむ」
トントンと顎にぶつけながら、遠くを見つめてる。
「バレンタイン、ねぇー。……、――」
何かいいことでも思いついたのか、ジャックは満面の笑みを浮かべている。
無造作にダンボール箱にプレゼントを戻し、コートハンガーに掛けられている自身のコートを引っ掴むと慌てて部屋から飛び出した。
「ジュディス! ちょっと出かけてくるよ!」
そう言って、開け放たれたドアに光が差し込むと、ジャックはその光の中へと吸い込まれていった。
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