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運命の人  作者: まる。
第1章 導き
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第22話~見透かされる気持ち~

 差し出された右手を見つめながら、笑顔一杯の彼の側へと近づいていく。流れるようにその手を彼女の腰に回し、助手席の扉を開けた。


「え? 何でここに?」


 今朝早く仕事に行った筈の彼が、何故か叶子の家の近くの駅に居る。まるで夢でも見ている様な気分になり頬を抓りたくなる。ここに居る理由を知りたくてそう尋ねたのだが、それに対し彼から返ってきた答えは叶子が思っていたものでは無かった。


「会いたくなったからだよ」


 さも、当然かの様にしれっと言ってのける。

 普通なら恥ずかしくなってしまう様な歯の浮きそうな科白も、彼が言うととても心地良いものに聞こえる。言葉だけならまだしも、蕩ける様な甘い顔に柔らかい物腰でそう言われると、頭がボーっとして意識が何処かにすっとんでしまうのも無理も無い。助手席のドアを開けた状態でその場で立ち止まっている叶子に、首を曲げながら「乗って?」と促されてやっと、叶子の意識が戻ってきた。

 慌てて車に乗り込むとジャックによって助手席の扉はゆっくりと閉められる。ジャックも運転席側に回りこみエンジンをかけハンドルを握った。


「で、何か食べたいものある?」

「えっと」


(ああ、そっか。お昼食べようって言われたんだっけ。こんな事ならさっき寄り道するんじゃなかったなぁ)


「ああ、もしかしてお腹空いてない?」


 顔にでも出てしまっていたのか、そう言われてしまった。


「あ、ええ。帰りに少し寄り道したので」

「そっかぁ」


 残念。といった顔をしたのも束の間、すぐに額に手を置き何か考えている様子だった。しばらくして、額から手を離すと叶子へと振り向いた彼は、何故かニッコリと微笑んでいる。いや、微笑んでいると言うより、ニヤリとほくそえんでいると言った表現の方がしっくりくる。とにかく嫌な予感のする笑顔を見せた。


「じゃあさ、今から君の家に行くってのはどう?」


 何かを試すようなジャックのその口振りに叶子は狼狽えた。あんな豪邸に住んでいる彼を1LDKのちっぽけな自分のマンションに話の流れで招けるほど、二人の関係はまだそこまで親密ではない。何て言えば彼を傷つけずに断れるか必死で考えた。


「だっ、だっ、ダメダメ! え、え、えと……。ち、……そう! 散らかってるから!」

「じゃあ散らかってなければいいの?」

「ええっ!?」


(ぼ、墓穴掘った?)


 首を傾げながら悪戯な笑みを浮かべて問いかけるジャックに「……冗談、ですよね?」と言うと、黙ったままで首を横に振られた。

 どうやってこの場を切り抜けようかと頭を悩ませる。そんな煮え切らない叶子に彼が結論を急いだ。


「じゃあ今晩又来るから、それまでに部屋片付けといてよ」

「ちょっ、」

「だって僕の家はもう来たでしょ? だから今度は君の番」


 さも当たり前かのように、真顔でそう言われてしまった。


(確かに彼の家には既に招待してもらって豪華な食事も頂いたし、素敵なゲストハウスにもタダで泊まらせてもらった。同レベルのもてなしは出来ないけれど、今度はこっちがご招待しなきゃ悪いよね)


 そもそも海外では人の家に招かれたら今度は自分の家に招くとか、そういう暗黙の了解のようなものがあるのかも知れない。極度の睡眠不足のせいでまともな思考が出来ず、ぐるぐる頭を悩ませていた。

 いずれにせよ、逃げの口実が全く思い浮かばなかった事に、叶子はがっくりと肩を落とした。


「……ぷっ」

「?」


 叶子は今この状況で聞こえる筈の無い、(かん)に障る笑い声が聞こえてきたことに我が耳を疑った。

 彼女の顔が真っ赤から真っ青に変わって行く様を存分に見せてもらい満足したのか、ジャックは耐え切れず大笑いしている。自分の言葉一つ一つにわかり易い反応をしてくれる彼女が、面白くそして愛しくてたまらない。


「!? も、もう! ふざけないで下さい!!」


 遊ばれていた事にやっと気付いた叶子はそう言い返すのが精一杯だった。


「っと、ごめんごめん。だってあまりにおかしくて、……ぷっ」


 プイッと拗ねて助手席側の窓の向こうを見つめる叶子の顔は、ジャックからは見えないが耳の先まで赤くなっているのがわかる。いい年して冗談も見抜けなかった事に、本気で悩んでいたのが恥ずかしくてたまらないといった様子だった。


「でもね」


 ようやく彼の笑いが収まったかと思うと、急に真剣な声になった。


「本心だよ」


 疑いの眼差しで振り返る叶子に対し、今度は何の含みもない笑顔でにっこりと微笑んだ。叶子は何も言わず、ただじーっと彼の様子を伺っている。その顔から“どうせ又騙されてるんだ”と思って居るのが見てとれた。

 そんな叶子に、ジャックは眉尻を下げながら肩をすくめた。


「もう、又そんな顔して。とことん信用ないんだな僕って」

「だって!」

「はぁ。まぁいいや、時間も勿体無いし、とりあえず行こうか」


 車がゆっくりと駅のロータリーから出て行く。


「何処へ行くんですか?」

「ん? 僕の家だよ」

「ええっ?」

「嫌?」

「嫌って言うか、今そこから帰ってきた所だし……」


 頭の中に昨晩の出来事が浮かぶ。勿論、バスルームから現れた彼も……。

 思い出して又顔が赤くなるのを感じ、手で妄想をかき消すように動かした。


「だ、ダメダメ! 家は行きません!」

「なんで?」


 再び断る理由を探していると車が側道に寄せられた。体ごと叶子の方へ向いた彼は、もじもじしている彼女を見て、何か察しがついた様だった。


「ああ、もしかして――、僕に襲われるって思ってる?」

「へ!?」


 彼の発言には驚かされっぱなしだ。周りに居る男性でこんなにストレートに思った事を口にしたり、行動に移す人は今まで見たことがない。

 カチカチとハザードの音が静かな車内を強調し、意図せず緊張を連れて来る。そしてハザードが出す音の速度より心臓の方が早くリズムを刻んでいる事に気付かない振りをしたくても、それ程器用ではない叶子にはそれすら難しい事だった。


 またもや返答に困っている彼女を見て、彼は口元を緩めながら溜息を一つついた。


「君は本当に正直な人だな。そんな所に僕は惹かれているのかもしれないね」


 腕を伸ばし彼の掌が叶子の頭に触れた。ジャックに視線を向けると、まるで小さな子供をあやしている様な、やわらかな笑顔を浮かべていた。


「……まぁ君の思っていた事は、あながち間違っていないけどね」

「!!」


 彼の発言に驚かされっぱなしな叶子は、この先心臓がいくつあっても足りないなと、本気で思い悩むこととなった。





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