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運命の人  作者: まる。
最終章 運命
156/163

最終話~最後の願い~

「あ、あの! ちょっと待っ――」

「ごめんね、カナ。ちょっと頭の中を整理してからまた出直すよ」


 健人と出くわしてしまう事を叶子は避けたいのか、スタスタと廊下を進むジャックを執拗に引き止める。どうあがいたって健人と顔を合わさずにここを立ち去る事なんて出来無いと言うのに。


(クローゼットの中にでも隠れろとか? ――っ、何で僕がそんな事)


 仮にも男としてのプライドがある。ジャックとしては別れたつもりもないのだから、本当ならこんな風に逃げるようにして出て行かなくてもいいはずなのに現実はそう甘くは無い。

 叶子の事を想い、叶子の事だけを考えてきたこの一年半。やっと色んなことの整理がつき彼女を迎えに来て見れば、まさかこんな仕打ちを受けるとは思いもよらなかった。

 ドアノブを掴んだ時、一回大きく息を吸って一気にそれを吐き出した。この扉を開ければ自分より長身の健人に見下ろされるのかと思うと、扉を開けるのを躊躇してしまう。健人の顔を見たら掴みかかってしまうのではないだろうかと一抹の不安を感じながらも、ジャックは思い切ってその扉を開けた。


「――っ!」

「……。え――?」


 健人を睨みつけるつもりで見上げた視線は、すぐに下げられる事になった。目の前に立っている見知らぬ男にジャックは目を丸くする。


「え! ジ、ジャックさん!?」

「え?」


 見知らぬその男が自分の名前を呼んだことに心底驚いた。記憶の底を必死で辿り、目の前に立つこの男は一体誰なのかを探し出す。


「君は――」

「あ、ま、正博? お帰り、早かったね」


 背後から発せられたその名前に、色んな記憶が一斉に蘇ってきた。マサヒロと呼ばれる自分を知るこの男。自分の周りで一人だけ思い当たる人間がいる。いつもは制服をパリッと着こなし、髪もきっちりとセットされているので気付かなかったが、顔を良く見てみるとラ・トゥールのギャルソンである“中村 正博”と合致する。


(彼が、カナの?)


 正博の顔を凝視して、さっきの赤ん坊を思い出した。確かに正博も切れ長の目をしていて、あの子にそっくりだと言う事に気付いた時には既に正博の胸座を掴んでいた。


「ジャック!?」

「貴様、やっぱり!」


 慌てて止めに入る彼女の制止に耳を貸すこともなく、ジャックは見た事も無い様な形相で正博を締め上げた。正博はその勢いでドンッと壁に貼り付けられ、それが更に喉を締め付けさせる。


「く、苦し……」

「ジャック! 止めて!!」

「クソッ! カナとラ・トゥールに行った時、二人の様子がどうも変だと思ったんだ。僕がいない間に一体どんな卑怯な手を使ったんだ!」


 いつもは温厚なジャックが、今にも殴りかかりそうな勢いで正博に詰め寄った。するとその時、先程まですやすや眠っていたはずの赤ん坊が、父親に迫り来る危機を察したのか再びけたたましく泣き出す声が聞こえて来た。


「ほぎゃぁー! ほぎゃぁー!」

「……」

「くっ、……セ、……ナ――」


 赤ん坊の声を聞き、一瞬、腕の力が緩んだものの、ジャックは決してその手を離す事は無かった。


「ジャック! お願い、止めて」

「……っ、」


 突然、背中一杯に温もりを感じた事で、ジャックはハッと我に返る。自分の犯した行為は単に自分の感情だけが先走ってしまっただけで、決して叶子の為を思っての行動ではない。彼女はこの男を愛し、あの赤ん坊もこの男が必要なのだ。

 前に回された叶子の細くて白い腕が、ぎゅっとジャックを包み込んでいた。



 ◇◆◇


「正博、本当にごめんね」

「いや、いいんだ。元はと言えば、ジャックさんにあんな事をされても仕方の無い事をしたのは俺だし。――その、まだ言ってないんだろ? あの事」

「あ、うん。ずっと連絡取れなかったし、ブランドンさんも言ってないみたいだから……」


 以前、衝動的に正博に首を絞められ、たまたま居合わせたブランドンに助けられた事は一切言っていない。そんな事を知れば今度こそ彼は何をするかわからない。正博は本当に反省していて、叶子の方ももうこれ以上騒ぎを大きくしたくは無いと思っていたから、ずっと心の奥底に仕舞い込んでいた。


「じゃ、今日は有難う。本当に助かったよ。……ジャックさんに宜しく」

「うん。絵里香にも宜しく言っといてね」


 正博は何度も首元をさすり、赤ん坊が見せる純真無垢な笑顔を満面の笑みで見つめながら、クーファンを手にコツコツと廊下を歩いて行った。









「……」

「あ、の……ごめんね」


 リビングに戻ると、ソファーでしゅんっと小さくなっているジャックがポツリと呟いた。


「もう! びっくりしたんだから!」

「ごめん……」


 叶子はキッチンへと行き、ケトルに水を注ぐ。ソファーで肩を落としている彼を見てクスッと笑みを零した。


「で、でも! まさか、絵里香さんとマサ君が結婚して二人の間に出来た子どもをカナが預かってただけだなんて、いくらなんでもこの状況を見ただけでそこまで察しがつくわけないよ」

「んー、まぁ、それもそうね。実は、今日は二人の結婚記念日だったの。だから、私がセナちゃんを預かるからディナーでも行っておいでって言ったの」

「それをもっと早く言ってくれれば……。あー、彼に悪い事しちゃったなぁー」

「――私も言いたかったんだけどね。でも、全然連絡取れなかったから」

「――」


 しゅんしゅんと沸騰し始めたケトルを、叶子は瞬きもせずにじっと見つめていた。つい、思いつめてしまっていた事にハッと気付き、慌てて火を止めてマグにお湯を注ぎ始めた。


「……」


 ソファーから立ち上がり、こちらへ歩み寄るジャックの気配を感じた叶子は反射的に身構えた。

 隣に立つ彼に向かってニコッと口角を不自然に上げると、なんとなく彼が苦しそうに顔を歪ませているのがわかる。それでも叶子は平気な振りを続けた。

 ――彼に重荷だと思われないように、自分はちゃんと一人で立てるのだとわかって貰える様に。と、本当は今にも倒れそうなのを悟られないようにと精一杯の虚勢を張った。


「カナ、あの、ね?」

「ん? 何? ――あ、ちょっと前ごめん」


 ティースプーンを取ろうと、彼の前を横切るようにして腕を伸ばす。その動作にあわせて彼が少し後ろに下がった時、伸ばした腕をギュッと掴まれてしまった。


「?」


 驚いた様子でジャックを見上げると、少し緊張しているかのような面持ちで叶子を見詰めた。


「君が今、誰を好きであろうが誰かと付き合っていようが、僕は絶対諦めないから」

「え? あ、――ちょっ」


 そのまま腕をグッと引き寄せられて、無理な体勢をしていた身体はいとも簡単に彼の腕の中にすっぽりと納まった。

 さっき、正博に掴みかかった彼をどうにかして鎮めようと思わず彼の背中にしがみついた時、広い背中に引き締まった体がとても懐かしくなったのを思い出す。けれども、今度は彼の胸の温もりに直に触れ、彼の匂いも、彼の鼓動さえも感じられると、一年半分の悲しみも忘れて流されそうになる。流されてはいけない、突っぱねなければいけない。今まで散々ほったらかしにされていたのを、こんな簡単に帳消しに出来るほど人間が出来ていない。

 頭の中ではそう思っているのにジャックの胸元に置いた手は、突き飛ばす所かもう何処にも行かないでと言いた気に彼のシャツをギュッと掴んでいた。


「ごめんね。色んな事を全部片付けて綺麗サッパリしてから君に逢いたかったんだ」

「色んな……事?」

「うん。……カレンとはちゃんと話をつけたよ。僕が好きなのはカナであって、カレンの事はそういう風には見れない、って」

「……」

「それに、ね? ――子どもたちにも、……特に、娘にもちゃんと理解してもらえるように説得したんだよ。これが結構時間が掛かっちゃってさ。やっぱり微妙な年頃ってのもあって、僕が必要以上に慎重になった――ってのもあるんだけど」


 そう言うと、背中に回された腕の力が弱まったと同時に、すっとその場にジャックが(ひざまず)いた。

 突然の事に動揺を隠しきれない叶子の手を掬うと、その手の甲にチュッと口づけ叶子を見上げた。


「え? 何? ちょっと、やだ」

「――野嶋 叶子さん。僕と、結婚してくれませんか?」

「……っ、――」


 突然のプロポーズに叶子は言葉を失った。

 彼が急に姿を消した事で、思い悩んでいた一年半がじわじわとほぐれていくのを感じる。真剣な眼差しで彼女を射抜くその瞳に、最後に逢ったあの日の記憶が蘇ってきた。

 今思うと彼は一つの決心をした時、こんな表情を見せるのかも知れない。そんな事に今更ながら気付かされる。あの日もきっと、今日という日がいつかやってくる事を思い描き、全てを片付けてから迎えに行くんだ、と言う強い意志を持っていたのだろう。

 そう思った時、叶子の顔がくしゃっと歪み、ヘナヘナとその場でうずくまった。空いているもう一方の手で顔を塞いだが、片手では隠しきれない涙が頬を伝い幾つもの筋を作る。


「もう……こんな場所(ところ)で、そんな大事な言葉(セリフ)、言わないでよ」

「カ、ナ?」


 ジャックは掴んでいた手を離すと、彼女の頬を包み込んだ。


「ずるい、よ」

「……」

「こんな、たった一言で今までの事……全部帳消しにしちゃうなんて」

「じゃ……ぁ? ――っ」


 ジャックの言葉を受け入れた叶子は、ボスンッと彼の胸の中に顔を埋めた。そんな彼女を彼が優しく包み込み、耳元で柔らかい声で囁く。


「もう、絶対何があっても離さないから」

「絶、対?」


 問いかけに応じるように更にギュッと抱き締めると、一際甘い声で囁いた。


「そうだよ? だって、君は僕の大切な運命の人――なんだからね」


 時は流れても、二人の間を流れている時間は決してずれる事は無かった。

 逢えなくなり、膨らみ続ける不安と寂しさを埋める事が出来るのは、他でもない“彼”しかおらず、そんな彼もずっと“彼女”を必要としていた。


 これから、どんな災いが二人に訪れるかはわからない。たとえ、二人がまた引き離されるような事があったとしても、二人は伸ばされたその手を手繰り寄せ、どんな困難をも乗り越えていくのだろう。


 何故なら、二人は互いに“運命の人”なのだから――。





 ~The End~





こんにちは、この度は貴重な時間を私の拙小説に割いてくださり、誠に有難う御座いました。


去年の7月から約半年間連載しておりました、この『運命の人』ですが、今回をもって完結とさせて頂きます。

最初はショートストーリーから始まったこのお話も、気付けば約37万文字も書いておりました。

沢山のお気に入り登録や、励ましの拍手、コメントのお陰で、ここまで頑張って書いてこれたのだと思っております。


本当に有難う御座いました!!


もし、宜しければ評価ポイント・感想・拍手など頂ければ大変嬉しく思います。

各ページに設置しております、拍手ボタンをクリックして頂くと、非公開でも感想を投稿出来ます。

今後の参考にもなりますので、最後に皆様のご意見をお聞かせ下さい。


さて、今後の予定ですが、

『運命の人』の番外編として、その後の二人などを書きつつ、新連載の『B級彼女とS級彼氏』と言うものを予定しております。

『B級彼女とS級彼氏』はジャック兄のブランドンと、『運命の人』でも最後の方にチラッと名前が出てきた女の子の不器用な恋のお話です。

引き続きそちらの方も宜しくお願い致しますm(__)m


長々とお付き合い頂き有難う御座いました。

又のお越しをお待ちしております。


※更新予定などはついったーで呟いております。宜しければ覗いてみてください^^

勿論、フォローも大歓迎です!

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