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運命の人  作者: まる。
第7章 確執
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第12話~招かれざる訪問者~

 


 話しの行き違いにより、電話でジャックと少し揉めてしまった。許しを請うためにジャックの元へ向かおうと、立ち上がった所に突然の来客。きっと、ジャックが来てくれたのではないかと思い込んでしまった叶子は、ドアスコープで姿を確かめずにその扉を無防備に開けてしまった事を後に後悔した。


「――よ、う」

「マ、サヒロ」


 そこに立っていたのはジャックではなく、叶子の()彼であり、そして親友絵里香の()彼、ラ・トゥールの中村 正博だった。

 突然ガバッと開いた扉に、正博は少し驚いた様子だったがそれは叶子も同じ事。当然の如く警戒心を露にした叶子は、いつでも扉を閉めることが出来るようにとドアノブをしっかりと握り締めていた。


「な……、何? 何しに来たの?」

「おいおい、イキナリ何だよ? その言い草!」

「ぃだっ!?」


 額をペチッと叩かれて思わず変な声が出た。

 身構えていた叶子とは対照的に、正博はケタケタと笑っている。あまりの温度差に、警戒するなんてちょっと自意識過剰なのかもと少し恥ずかしさを覚えた。

 叩かれた額を何度も擦りながら、こんなやり取りは久しぶりだなとあの頃の記憶が甦ってきた。


 学生時代、アルバイトとして働いていたラ・トゥールを卒業と共に退職し、今の会社に就職した。土日祝が休みの彼女と相反して平日にしか休みが取れなかった正博とは次第に疎遠となり、その事に耐え切れ無くなった正博から別れを告げられた。

 正博とはなんだかんだと六年と二ヶ月もの長い間、恋人として過ごして来たのだ。そう簡単に忘れられるものではなかった。


「――あのさ、俺の荷物まだある?」

「あ、ああ……。うん」

「今日はそれ取りに来た。――あと、これも」


 目の前にぶら提げられたのは、ビーズの飾りが付いた叶子の家の合鍵だった。

 ジャックとラ・トゥールへ行った時、彼が電話をするために外へ出て行ったのを見計らってか正博が話しかけて来て、合鍵をまだ持っていると告げられた。ジャックが一緒だし、すぐそこには絵里香もいると言うのに、正博は誰にも聞かれていないと思ったのだろう。こんな話をしているだなんて誰かに聞かれては困ると慌てた叶子は、話を早々に終わらせようと「そんなの、捨てるなりなんなり勝手にすればいい」と、そっけない態度をとってしまった。その態度が正博の癇に触り、一気に険悪なムードになってしまった。


「……」


 だが、今の正博はとても穏やかで、あの時感じた怖さは一切感じられない。


「そか。わざわざありがとね。――あ、荷物とって来るね」

「あっ、俺が自分でまとめるから。――入っていいかな?」

「え? あー……うん。いいよ」


 断る理由が思い浮かばず、何の疑いも無く正博を部屋へ上げると正博の後をついて行った。

 通い慣れた部屋の中を、迷う事無く正博は進んでいく。キッチンを通り過ぎてリビングの横にある扉を開け寝室へと入った。クローゼットを開け放ち、奥の方に押し込まれていた黒いバッグを取り出すと、中身を確かめる為にチャックを開け、「あ、これここにあったのか。道理で見つからないわけだ」と、昔を懐かしんでいた。


「あ、そうだ。俺のシェービングクリームってまだ置いてる? 俺んちの在庫がもうあんま無くって。あれ、買ったばかりでさ、まだ開けてなかったと思うんだよねー」


 ――こうなるなんて思って無かったから。


 ボソッと呟いたと同時に、わずかに正博の顔が曇る。


「……あ、えーっと、まだあるよ。洗面所の下の扉にしまってある」


 違和感を感じた叶子は、わざと聞こえない振りをした。洗面所に行く為に寝室から出ると、正博も一緒について出てきた。


「――? カナ、もしかして今から出かける所だった?」

「え? あ、ああ、うん。ちょっとね」


 どうやらダイニングの床に投げ捨てられているコートを見て、そう言った様だった。


「えーっと、確かここに……? あ、あった」


 正博をそこに残して洗面所に行き、シェービングクリームを片手にリビングに戻ると、正博はリビングの中央でジッと一点を見つめていた。


「正博? あったよ、シェービング」

「――ジャックさんか?」

「え?」

「ジャックさんに会いに行くつもりだったのか?」


 急に何を言い出すのだろうと叶子は戸惑う。


「そう、だけど?」


 もう正博とはとっくに終わったし、そもそも正博には絵里香がいて彼女にはジャックがいる。別に嘘をつく必要は無いと感じた叶子は、包み隠すこともせずそのまま正直に答えた。

 しかし、まさかそう答えた事が正博の逆鱗に触れ、彼を豹変させる事になろうとは全く思いも寄らなかった。


「――なんだ、カナって実はしたたかな女だったんだな?」

「……え?」

「俺と付き合っている時は、そんな態度一切出さなかったから気付かなかったわ。俺が平日一日しか休みが無かった時でも、お前は『明日、朝早いから』っつって、こんな時間から俺に会いに来たりなんてしなかったよな?」

「そ、それはっ――」


 “あの頃は入社した所だったから、夜遅くまで出歩くと次の日の仕事に差し支えると思って会いに行く事が出来なかった”んだと、すぐそこまで出掛かった言葉を飲み込んだ。


(嘘だ。そう言いながらも、私は何年経ってもその自分のライフスタイルを崩そうとしなかった。正博にはフラれたんだとずっと思って来たけど、もしかしたら――)


 ――私が自己防衛のつもりで、仕向けただけだったのかも。


 正博の仕事が終わるのはいつも深夜だった。それでも逢いたいと言う正博に叶子は頑なに拒絶して来た。受け入れてしまうことで、仕事は愚か、自分自身が見えなくなってしまうのではないかと心配になり、なんとしてでもそれを避けなければいけないと思っていた。


『子供は三人は欲しいな。披露宴は勿論ラ・トゥールで盛大にやってさ。みんな驚くだろうなぁー? 実は俺達が付き合ってたなんて知ったら』


 自然と自分の気持ちにブレーキを掛ける事となった、正博が持つ強い結婚願望。就職したてで俄然やる気に満ちていた叶子からすれば、彼の思いは正直少々荷が重すぎた。

 そして、気付けば無意識とは言え自ら正博を拒絶したのにも関わらず、正博に別れを告げられた事で自分のせいではないと勝手に思い込んでいたに過ぎなかった。


「そ、んな――」


 その事に今やっと気付き、彼女は茫然自失となった。


「金もある、顔も良しのジャックさんだからこそ、こんな平日の深夜近くになっても出て行くんだろ? あんだけ凄い人を落とすには自分の明日の事なんて構っちゃいられないもんな! えっ? そうだろ!? 何とか言えよ!」

「ち、ちがっ……!!」

「違わねーよ!!」

「っ、……きゃあっ!!」


 正博が叶子の肩をドンと突き飛ばした弾みで、マキシ丈のスカートを穿いていたせいで自ら裾を踏んでしまい、その拍子に尻餅をついてしまった。


「いっ……つ、――? な、何!?」


 顔を真っ赤に煮えたぎらせた正博は、転んでしまった叶子に手を差し伸べるどころか丁度いいとばかりに、叶子の上に圧し掛かってきた。








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