第1話~ほんとの気持ち~
「……はぁーっ」
何だかわからないが気分が乗らない。いや、理由ははっきりしているのだけれども、そのせいにしたくない。
色々な出来事が降りかかってきたのに、何一つ解決していないこの現実に辟易する。
――彼だけを真っ直ぐ見つめていたい。
凄く簡単な様で難しい。
それは、相手がジャックだからだろうか。それとも自分が至らな過ぎるのか。
思い起こせば一年前、彼がアメリカに帰ると言い出した時、叶子も一緒についていくと言った。その時は、仕事のキャリアも友人も両親も全てを失ってしまってもいいとさえ思っていたのだ。
でも、ジャックがそれを許さなかった。
彼は彼女が描くデザインをとても褒めてくれている。男だろうが女だろうが関係無しに、自分と対等の立場で接してくれる。勿論、彼と対等の立場に立てる器ではないと叶子はわかってはいるが、分け隔てなく接してくれるジャックのそんな所が尊敬出来る所であり、彼と言う人物の魅力の一つでもあった。しかし、そんな彼だからこそ叶子が日本に残る事を望み、内心ではそうしたいと思い始めていた彼女は素直にそれに従った。
(それが甘かったのかなぁ)
やはり無理にでもついて行っていれば、今の様な意味不明な現状に置かれる事は無かったんじゃないだろうか。ジャックが叶子に逢いたいが為にスケジュールを詰める事も無いだろうし、JASONもきっと倒れる事は無かっただろう。そうしたら、ブランドンとこんな面倒な事になる事も……。
「やっぱり、私が悪いんじゃん」
もつれていた糸が急に解け出し、叶子は頭をうな垂れた。
「えっと、カナ?」
「……」
「――?」
「…………」
「うーん、“心ココにあらず”だね」
「……、――! あっ、ごめんなさい! ボーっとしてた!!」
久し振りに彼から連絡があり、まだ話をしている真っ最中だったのを思い出して体が大きくビクンッと跳ねた。
「いや、僕はいいんだけど。……もう切った方がいい?」
「えっ!? ダ、ダメダメダメ! 話終わってないよね? えーっと、何の話だっけ?」
「……今度、絵里香さんのお店に一緒に食べに行こうって」
「あ、ああ、そうね。そうそう、そうだった――」
絵里香の店、と言う事は叶子も以前働いていた元職場であり、元彼が働いている場所でもある。今はその元彼と絵里香が付き合っているのだが、絵里香は叶子とその彼が昔付き合っていた事を未だに知らない。元彼が絵里香に黙っていると言う事はやはり知られたくない事なのだろうと思い、彼女もこの事は絵里香に話せないままだった。
勿論、ジャックもその事は知らないから飄々と「食事をしに行こう」なんて言えるのだろう。
(どうやって断ろう)
断る理由を考えていたはずがいつしか自分の事ばかり考えてしまっていて、肝心な事を考えるのを忘れていた。
「じゃ、明日に予約入れておくね?」
「え!? あ、ち、ちょっと」
「ん? 何??」
「いや、あの」
「……」
「あの、――いつも有難うね」
「え? 何? どうしたの?? 今日のカナは何か変だなぁ。何かあったの?」
受話器の向こう側で、クスクスとジャックが笑う声が聞こえた。
「ううん、何でも無いよ。ちょっと言ってみたかっただけ」
「ははは、何か気味悪いなぁ」
「し、失礼ね」
「ごめん、ごめん。――とりあえず、明日楽しみにしてるから」
「うん……、わかった」
「じゃ、おやすみ。愛してるよ」
電話越しにチュッとリップ音が聞こえ、何故か胸が痛んだ。その痛みの原因となるものも、心当たりがあり過ぎて絞れない。
「……うん、おやすみ」
「……」
ジャックはまだ受話器を耳にあてている。電話は叶子から切らないと、彼は自分から切る事が出来ないから。
愛されていると実感しつつも、ブランドンに仕掛けられた罠に何も文句を言わない彼を思うと、自分への愛情は本物なのかと不安になる。確かにあの時彼が見たのはブランドンに抱き締められていた所だけで、その直前の出来事は彼の知る範疇では無かったのだろうけども。
携帯電話を耳から遠ざけると、恨めしそうに画面に表示されている彼の名前を見ながら終話ボタンを押した。
「……本当にわかってるの? あなたのお兄さんにキスマークまで付けられたのよ?」
通話を終えた携帯電話に向かってそう呟くと、ポイッとベッドへ投げ捨てた。




