第13話~印~
朝、目覚めて見ると、昨夜のブランドンとの情事やジャックの切れっぷりは単なる夢だった。――と、思いたかったがそうとはいかず。鏡に映っているぷっくりと腫れた瞼が、夢ではなく本当にあったことだと言う事を示している。結局、首謀者のブランドンにも何も教えてもらえず、また朝からもやもやする結果となってしまった。
洗面台で熱めのお湯を出し、それをタオルに浸しては瞼にあてながら昨夜の出来事を頭の中でまとめていた。
(落ち着いて頭の中を整理しよう。……昨日、お芝居だって言ったのは、つまりはカレンさんに対してってことで。と言うことは、カレンさんに私とジャックはもう終わったんだと思わせたかった? って事? でも、JASON絡みの誤解を解くにしても、何でカレンさんを騙す必要があるのかな?)
考えても考えても、解決の糸口は見えない。
「……。――ああっ! もう! 意味わかんない!!」
瞼のタオルを取って再びお湯にくぐらせる。顔を上げ、腫れ具合を確かめるために再び鏡をのぞいてみると、思わぬお土産を見つけてしまった。
「? ……。――っ!! なっ、なっ、なっ、なぁっ!?」
首筋にポツンポツンと見えるうっすらとした紅い痕。そこにあったのは男女間の嫉妬からたまに行われる、“これは俺の所有物である”と言う事を相手に、そして他人にも知らしめる為の印であった。
「いっ……、いつの間にっ!?」
消えるはずもないのに、手にしたタオルでゴシゴシと何度も首筋を擦り上げた。
◇◆◇
「おはようございますー」
「おはよー」
「おはようございますぅー。……あっ、マネージャー、今日なんかお洒落してますねー。もしかしてデートですかぁ?」
今日も睫毛バサバサ全開のユイが、目ざとく首元にあるストールを見つけて大きな声で聞いてくる。普段こういった類のお洒落をしないから、余計に目立つのだろう。ユイに悪気は無いのだろうが、この時ばかりは彼女を恨んだ。
――と言うのも、あからさまに突き刺さる一つの視線を横目に感じるからだ。
「ちっ、違うわよー。……は、はははー……」
「あっ! マネージャーって本当、嘘が下手ですよねー! バレバレですよぉー? ね? 健人先輩!」
隣の島に座っている健人に向かってユイは椅子をくるりと回すと、薄ら笑いを浮かべながらあろうことか健人を挑発するようなセリフを吐いた。
「あ? 何で俺に振ってくるわけ?」
「えぇー? だぁってぇー?」
「……『だって』、……何だよ」
「えぇー? そのぉー、言っちゃっていいんですかぁー?」
(だ、ダメよ! ソコから先は言わないで!! 貴方のことだから、どうせろくでもないこと言うに決まってるもの。あぁー健人も何でユイに乗せられたかなぁ)
顔を完全に引きつらせながらも、心の中で両手を組んで祈りを捧げる。だが、そんな中途半端な祈りも空しく、
「私、知ってるんですょー? 健人先輩がマネージャーの事ラブぃってぇー。 だから、じぇらしーみたいなぁー?」
「……」
(……ああ、終わった)
ユイの発言に周囲がざわついた。でも、どこかその反応は初めて知ったと言うよりも、知ってるけど知らん振りしてたのに、コイツ言っちまいやがったよ!? 見たいな反応だったことにも驚きを隠せなかった。
不穏な空気が流れても、ユイは「ね? ですよね?」と、苦笑いを浮かべている周りの人間に対し、必死に同意を求めている。
ここは、マネージャーらしく冷静にこの場を納めなければと、ひとたび呼吸を整えると一揆に吐き出した。
「ばばば、馬鹿ね! 何言っちゃっ、ちゃっ、てちゃってんのかなっ?」
気合いを入れすぎたせいか、思いっきりどもりながらはしゃいでいるユイを窘めた。
「さ、コ、コーヒー入れてこよーっと」
もう、にっちもさっちも行かなくなった叶子は手にじんわりと出た変な汗が気持ち悪いのか、何度も擦り合わせながら逃げるようにしてその場を去っていった。
慌てながら立ち去った叶子を見たユイは、ますます面白いとばかりに手を叩いた。
「やだぁー、マネージャー慌てすぎぃー! 可愛いー」
動揺っぷりがおもしろくてケラケラと笑っていたが、次の瞬間ユイの顔から笑顔が消えた。
「……かよ」
「きゃははっ……?」
「――俺が嫉妬したら、そんなにおかしいのかよ。え?」
「!!」
ギロリ、と冷たい視線がユイに突き刺さる。
ただでさえ、切れ長の目でシュッとした顔つきの健人だから、本気で睨まれると背中に電流が走った様に身体が身震いしてしまう。それでも最近は、顔に表情も出てくるようになって、社内ではお調子者と言うレッテルを貼られている健人だが、入社したては周りに気を使わせてしまう様な人間だった。まだ入社して一年足らずのユイはその事を全く知らなかったのか、彼の癇に障るような発言をしてしまったせいであの当時の健人を呼び起こしてしまった。
「……」
どうなるなかと皆が固唾を飲んで見守っていたが、最初に行動を起こしたのは健人だった。何も言わずにスッと自席から立ち上がると、叶子の後を追うようにして健人もまたその場を去って行った。




