第9話~罰~
部屋の扉が閉ざされ、二人っきりになってしまった。あれ程ジャックに会いたいと思っていたのが嘘のように、今は二人きりでいるのが辛く感じる。先程までの威勢はどこへやらで、突然訪れた沈黙にただただ立ち尽くすしかなかった。
背を向けているジャックの広い背中が大きく上下したかと思うと、次にくるりと叶子の方へと向き直った。依然表情は険しいままだが、ズンズンと大きな歩調で真っ直ぐ叶子に向かってきた。
(き、来た……ど、どうしよう!?)
思わずあたふたとこの期に及んで逃げ場を探すが、一気にコーナーに追い詰められあっけなく逃げ場を失った。先程見せた怒りの表情にしろさっきのブランドンとのやり取りにしろ、今日の彼は何処かいつもと違う。一年も会わなければ少しくらい変わったとしても不思議ではないのだが、なんとも言い難い違和感が終始付きまとっていた。
とにかく、今この目の前に迫り来る危機的状況から逃れるために、追い詰められたコーナーから急いで飛び出しジャックの部屋に通じる扉に手を掛けた。ドアノブを手前に引き、先程までいた彼の部屋の明かりが零れた途端、その明かりは物凄い風圧によってまた見えないものとなってしまう。
「……? ひゃっ、」
その風圧に驚き、思わず目を閉じた。恐る恐る目を開けてみると、叶子の顔の横にはジャックの腕がピンと伸ばされている。先程の風圧は背後から伸びた彼の手によって扉が閉ざされた時に起こったもので、それを知ったと同時にこの逃げ道は閉ざされたのだなということも知ることになった。
ジャックに背中を向けた格好になっていた叶子は、彼のもう一方の手によっていとも簡単に彼の方へと向かせられた。
眉間にしわが寄ったジャックの顔が目の前にあって、何も言わずにただじっと叶子を見つめている。その目は明らかに愛しい者を見つめるような視線でもなく、悲しんでいるでもない、“怒り”を表している様に見えた。騙されたとはいえ、彼にそんな表情をさせてしまう程の事をしてしまったのだと後悔の念にかられ、彼の目を直視する事が出来なかった。
「あ、あの、え、えと」
口をパクパクとしながら顔を引きつらせている叶子は、誰がどう見てもやましいことがあるようにしか見えないだろう。心なしか掴まれている二の腕もぐんぐんと力が増し、痛みを感じてくる程だ。
まず、何処から説明をしようか。頭を悩ませていると、ジャックは扉についていた手を離して姿勢を整えた。その手が再び上がった瞬間、
(な、殴られる!!)
と、咄嗟に思った叶子は両目をぎゅっと瞑って身を屈めた。
温厚なジャックが女性に手を上げるなんて事は今まで想像したこともなかったが、彼と間違えたとは言えブランドンにいいようにされてしまった手前、殴られても致し方ないと大人しく罰を受けようと歯を食いしばっていた。
――なのに。
振ってきたのは平手打ちでもゲンコツでもなく、彼の柔らかいサラサラの髪。上げられた手は頬を通り過ぎるとそのまま叶子の後頭部に回り込み、そのまま力いっぱい抱き寄せられた。
それは、叶子の身体が反り返るほどキツク、熱い抱擁だった。
「ジャッ、……ク?」
思いも寄らぬ彼の“攻撃”に、つい頬が緩みそうになる。だが、さっきの怒りの態度からこの展開になるのはどう考えても不自然すぎる。いつもは鈍い叶子も流石にこの抱擁を素直に受け入れることが出来ず、いつ頬に衝撃が来ても大丈夫な様に身構えていた。
が、しかしそんな心の準備は無駄なものになる。
「会いたかった」
この状況で聞かされるとは露程にも思わなかった言葉が、叶子の耳元で囁かれた。




