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運命の人  作者: まる。
第6章 侵食
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第8話~実力行使~

 普段温厚なジャックが声を荒げてカレンの言葉を退けると、場が一瞬にしてシンと静まり返った。彼は誰とも目を合わさず、ただ一点を見つめながらギリッと音が聞こえてきそうな程に奥歯を噛み締めている。長い前髪のせいで表情の全てをうかがい知る事は出来ないが、手のひらに作られた握りこぶしが彼の今の感情を露にしていた。

 剃ったばかりの髭に違和感があるのか、ブランドンは顎に何度も手をやっては何食わぬ顔をして事の成り行きを面白そうに見物している。カレンはと言うと、こんなことになったのはさも叶子のせいだとでも言いた気に、腕を組みながら叶子を睨みつけていた。


「……って――れ……」

「え? 何? ジャック?」


 何やらボソッと呟いたジャックに、すぐさま反応したカレンが近づこうとした。


「――今すぐ皆この部屋から出て行け!!」


 突然、ジャックは一点を見つめたまま、命令口調で声を張り上げた。彼の腕に巻きつこうと手を伸ばしていたカレンは、余程ビックリしたのか肩をすくめて小さく「ひゃっ!」っと声を上げた。ブランドンはクッと口の端を上げ、ジャックの切れっぷりを楽しんでいる様に見える。そして叶子はと言うと、今一体何が起こっているのかわからないのか混乱しっ放しで、とにかく溢れ出そうになる涙をぐっと堪えるのに必死だった。


「んじゃま、そう言う事で。ああ、カナコ。もう用が済んだなら家まで送ろうか?」

「なんっ!?」


 余りにも空気の読めないブランドンの言葉に絶句し、呆れてものが言えない。元はと言えば、ブランドンの悪趣味な悪戯によってこの険悪な雰囲気が生まれた様なものだと言うのに。

 ジャックに言われた通り、カレンの背中に手を置いてブランドンが部屋の外へ出て行こうとしている二人とは対照的に、身動き一つしない叶子。そんな彼女に見かねたジャックは、


「カナ、悪いけど君も出ていってくれないか」


 そういうジャックの顔は何処か寂しげな表情をしていた。


(もうヤだ、何コレ? どうなってるの? 私は一体ここに何しに来たの?? 彼に会いに来たはずなのに)


 ぐるぐるぐるぐる目が回る。一体何がどうなっているのだろうか。これが現実だなんて思えないし、思いたくも無い。

 頭を小さく横に振っているというのに、ジャックはわざわざ部屋の扉を開け、今すぐここから出て行けと急かし始める。

 あんなに優しかった彼が、早く逢いたいよ、愛してるよカナ、と、彼女が欲しい言葉を催促しなくてもいつもくれていたあの彼が、自分を追い出そうとしている。扉の向こうではブランドンが手招きしていて、カレンは今にも舌打ちが聞こえてきそうな顔で叶子がジャックの側から離れるのをまだかまだかと腕を組みながら待っていた。

 今、この部屋から出て行くのが怖い。ここを出るともう二度と彼とは会えなくなるんじゃないだろうか。そんな嫌な予感がした叶子は、一歩も動くことは無かった。

 はぁーっと大きなため息が聞こえたかと思うと、業を煮やしたジャックは叶子へと近づき、その大きな手で彼女の腕を掴んだ。


「!?」

「君は本当に何もわかってないんだな」

「え? ちょっ、……ま、待って! ヤだ!!」


 ジャックは顔を少し近づけて凄むと、そのまま叶子を引きずる様にして扉へ連れて行く。あの彼がそこまでして自分を追い出したいのだと思うと、悲しくてやり切れない。――でも、


「っ!? カ、カナ!! なっ、……離すんだ!」

「イヤだ!! ぜーーーーったい、離さない!! か……っら……?」


 部屋から出される寸前で、ドアの縁に手を掛け最後の抵抗をした。そんな健気な姿を見たジャックとブランドンはお互い目を合わせ、何処か慌てている様にも見えた。しかし、ジャックはすぐに視線を戻し、やれやれと言った表情でドアの縁から彼女の指を一本ずつ剥がしていく。


「やめて! 話ぐらいさせてよ! 何にも聞いてくれてないじゃない! 酷いよ!!」

「……」


 叶子の言葉に返事をすることもせず、黙々と指を剥がす。しかし、剥がしてもまたしがみつくを繰り返し、中々拉致があかない。


「あなた! いい加減にしなさいよね!? ジャックが嫌がってるじゃない!!」

「まぁまぁ」


 様子を見ているだけだったブランドンが、彼女に掴みかかろうとするカレンを制した。


「なぁジャック。カナコが話したいって言ってんだから聞いてやれば? 俺は一向に構わんぞ?」

「なんであなたの許可がいるんですかっ!!」

「――」


 指を剥がしていく彼の手がピタリと止まり、そのままダランと手を下ろした。その隙に叶子は一気にリビングの奥にある彼の部屋の扉まで逃げて行く。


「わかった」

「ジャック!! ダメよ! どうせ嘘ばっかりつくんだから!」

「はいはい、もういいじゃん」


 身を乗り出してジャックの側に行こうとするカレンの腕を、ブランドンがすかさず掴んだ。


「カレン、僕は誰にも騙されたりしないよ。それは君も良く知ってるだろう? だから、安心して。――ブランドン、悪いがカレンを送って行ってくれるか?」

「ああ、わかった。……カナコはその後迎えに来てやるから、それまでいい子ちゃんにしてろよ?」

「なっ、」


 ブランドンはそう言うと、叶子に向かってウィンクをした。


(なっ、何なのコレ? もう完全に二人の会話が見えない)


 既に叶子はブランドンの恋人かのような扱いに、開いた口が塞がらない。カレンに対してのジャックの態度も、どうにも腑に落ちないものがあった。


「じゃ、よろしく」

「ああ」


 再び閉じられた扉によってまた静寂が訪れる。やっと彼と二人っきりになれたというのに、混乱した頭では何から話せばいいのかがわからない。叶子は声をかけることができず、ただ、その場に立ち尽くしていた。






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