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運命の人  作者: まる。
第6章 侵食
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第7話~悪戯~

 やっとの事でまた会う事が出来たと言うのにジャックは全く言葉を発することも無く、ただ叶子を求めている様な行動に出て彼女を混乱させる。真っ暗闇で視点が定まらない中、執拗に繰り返される耳への愛撫に戸惑いつつも、初めての感触に自分でも驚く程体が火照り始めた。まるで目隠しをされている状態の様で、普段よりも音が卑猥に聞こえる。初めの方こそ恥ずかしがってくすぐったいと拒絶の態度を示していた叶子も、いつの間にか彼からの愛撫にうっとりとした様子で受け入れていた。

 ――なのに、


「あら、やだ」


 急にパッと点いたリビングの明かりにビクッと身体が縮み上がった。聞き覚えのある声が廊下側の扉の方からしたと同時に、頭上から「チッ」と舌打ちをする音が聞こえた。


「カ、カレンさん……?」

「へぇ……なんだ。貴方達そういう事だったの?」


 リビングの入り口でカレンは腕組みをして、意味あり気な笑みを浮かべている。「そういう事」と言われてどういう事か理解する事が出来なかった叶子はどう答えればいいのかがわからず、すがるようにして彼の腕に置いた手でシャツをそっと掴んだ。

 ジャックと叶子の関係は終わった訳ではないと言う事を、カレンは知らなかったのだろうか。いずれにせよ、ジャックとの甘い一時をカレンに目撃されたことで顔を上げることが出来ず、叶子はその場で俯いていた。その時、


「どうしたの?」

(――え?)


 聞こえる筈の無い声が扉の向こう側から聞こえ、叶子は自分の耳を疑う。コツコツと言う足音と共に聞き慣れた声がリビングへ近づいて来るのがわかり、俯いた状態で目を丸くした叶子は彼の両腕にしがみついたままで入り口に立っているカレンに視線を移した。

 次の瞬間、入り口に姿を現したその声の主は、カレンにつられる様にしてリビングの中央で抱き合っている“彼”と彼女を見つける。途端、その人物の顔が一瞬にして凍りついた。


「カナ、な、なんで」

「ジャック!?」


 カレンの横に自分の恋人のジャックが現れ、今度は我が目を疑う。そこにいるのは確かに愛する恋人ジャックで、今、彼女を抱き締めているのは……。


「チッ、タイムオーバーか」

「!?」


 ジャックとは違う低い声が頭上から聞こえ、磁石が弾かれるように慌てて身体を離した。


「う、嘘」


 血の気がサーッと引く音が聞こえそうな程、恐怖で戦慄いた。見上げた顔がジャックでは無い事にやっと気付き、彼の腕から急いで逃れると両手で口元を塞ぐ。今の今までジャックだと思い込み、腕に抱かれていたその人物を見て愕然とした。


「お前……、一体どういうつもりだ!? ブランドン!!」


 ジャックが語気を強めてブランドンに詰め寄る。それは今にも胸座を掴んで殴りかかりそうな勢いだった。


「どういう、って言われてもなぁ」


 当のブランドンはこんな時でも至って冷静で、片手を腰に置きもう一方の手で顎をさすっている。あろうことか、その顎にはつい先程まであった筈の無精髭が跡形も無く消えていた。

 ジャックだと思って愛撫を受け入れていたのが実はブランドンだったのだと知り、叶子は足が震えて膝から崩れ落ちそうになる。ブランドンは味方だと思って信用していたのに、まるで二人を引き離そうとするかの様なこの仕打ちに、叶子は言葉を失っていた。


「嫌だわ、ジャック。ブランドンだけを責めるのはおかしいんじゃない? 子猫ちゃんだってイイ顔してたわよ?」

「なっ!? そ、そんな事!!」


 カレンの容赦ない言葉に、口を塞いでいた手を離した。


「違う?」

「っ、」


 ジャックだと勘違いしてたとは言え、否定する事は何故か出来なかった。完全に火照りきった体が、否定の言葉をどんどんかき消していく。


「ほら! やっぱり。良かったんでしょう? ブランドンのセックスが」


 ブランドンを睨みつけていたジャックが、その言葉を聞いて叶子に視線を移した。


「違います! そんな事してません!!」


 誤解を解こうとジャックとカレンを交互に見ながら必死で訴えた。怒りに満ちていたジャックの顔はいつしか悲しみに溢れた表情に変わっていて、そんな彼を見て胸がギュッと痛む。


(違う! 違うの! そんなんじゃないよ!)


 痛んだ胸元を片手でギュッと掴み、何度も首を振る事で彼に無実を伝えたかった。声に出したいのに呼吸もままならくなって、上手く言葉にする事が出来ない。


「よく言うわよ、あんな顔してたくせに。素直じゃないわね」

「違います! やめ……や、めて――、もう、……違っ、」


 みるみる叶子の顔が歪み、目も真っ赤になってきた。容赦なく浴びせられる耳を覆いたくなるような言葉の数々に怯え、知らなかったとは言え彼を裏切った様な気持ちになり、込み上がる涙を必死で堪えた。


「あーあ、これだから日本人はイヤ。すぐ泣いてごまかそうとするんだから。ジャック、騙されちゃダメよ! 私バッチリ見たんだから。ブランドンに耳を舐められて気持ち良さそうな顔し――」

「――っ! うるさい! 黙れ!!」


 声を荒げる事など全く無いジャックが、らしくもなく大声を出してカレンの言葉を退けた。それは、ここに現れる前の優しげな柔らかい声とは全く違い、普段聞くことの無い低い声だった。


「――っ!」


 ジャックは酷く取り乱した様子で誰とも目を合わさず、ただグッと拳を握り締めていた。






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