第2話~解き明かされる真実~
愛する恋人ジャックに会いたくて彼の職場に来たものの、何の因果か彼の兄・ブランドンに多数のカメラの前で堂々と抱き締められて今に至る。
ジャックに一体何があったのだろうか? 何故、記者達の前で彼の兄に抱き締められなければならなかったのだろうか? 考えても考えてもその答えは導き出される事もなく、更には今から何処へ行くのかさえも見当つかなかった。
二人で社長室を出ると、とっくに帰っていたものだと思っていた秘書のジュディスがまだデスクに座っていた。そのことに気付いたブランドンはたまらず声を掛けた。
「なんだジュディス、まだいたのか。もう帰っていいって言っただろ?」
「あ、はい。明日の準備を――」
「明日の事は明日にすればいい」
「っ、でも、社長がお帰りになる迄は帰れません!」
ジュディスの言葉を聞いたブランドンは特大の溜め息を吐くと、指で眉間を押さえて一息ついてから顔を上げた。
「あのなぁ、ジャックがどうだったかは知らんが、今は俺の秘書だろ?」
「はい、勿論です」
「じゃあ、俺の言う事をちゃんと聞け。俺が帰るまで待たなくていい。明日の準備は明日に、女はさっさと帰って男に抱かれてろ」
「……はい、かしこまりました」
(な、何? 最後のセリフは! そんなのジュディスさん、かしこまれるの!?)
ブランドンのセリフに動揺した叶子も明らかに変な日本語を使ってしまったが、それ位ジュディスが普通に返事した事に驚いた。その事から、普段からブランドンにそんなセクハラ紛いの事を言われているのだろうと簡単に予想がつく。
「よし、わかったらすぐ帰れ。お疲れさん」
「……お疲れ様でした」
ブランドンはすれ違い様にジュディスの肩をポンッと叩き、さも良くある事の様に歩き出した。ブランドンの後に続いて叶子が扉から出ると、ペコリとジュディスに頭を下げる。
「あ、えと、あの。――し、失礼します」
「――」
何故か叶子に向けられたジュディスの視線は冷たく、どこか睨み付けられている様な感じにさえ思える。
「カナコ、行くぞ」
「あ、はい!」
ジュディスの態度が気になりつつももう一度軽く頭を下げた叶子は、慌ててブランドンの後を追った。
カーキ色したローライズの細身のカーゴパンツに、白のTシャツと黒のスリムなカーディガン。小さなボディバッグを前に回して背負っているカジュアルな服装のブランドンは、さっきまでのスーツ姿の人間と同一人物とはとても思えない。どちらのスタイルでも本当に様になっていて、ジャックと言いブランドンと言い、こんなアラフィフが本当に実在するのだと我が目を疑う程だった。
叶子がそんなことを考えているなど当の本人は当然気付くわけもなく、ズボンのポケットに両手を突っ込み長いコンパスで颯爽と歩いている。ブランドンに置いていかれないよう、叶子は小走りでついていった。
「――で? 何が聞きたい?」
言いながらブランドンが振り返る。いつの間にか距離が開いていたのに気付くと、歩くスピードを少し緩めた。
「あの、彼は……、ジャックさんはもうアメリカに帰ったんですよね?」
「……いや?」
「えっ!?」
叶子の驚いた様子を見て、ブランドンは呆気に取られていた。
「何だ、本当に何も知らないんだな」
「ど、どう言う事ですか? 受付でも、『帰国しました』って」
そう言うと、ブランドンは全てを把握しているかのように「ああ」と呟いた。
「――JASONの事は知ってるよな?」
「ええ、彼が担当してるアーティストですよね? 帰国する直前に倒れたってニュースで見ましたけど」
「そう。今、都内の病院で入院中。だから、ジャックも飛行機をキャンセルした」
「そっ!? ――聞いてない……」
彼はまだ日本に居る。
その事実を知らされ本当は喜ぶ筈の所を、何故か心臓が抉られたような気持ちになった。
(私は避けられてる、の?)
あれから一週間は経っていると言うのに、彼からその事実を知らされていないのだからそう思うのも仕方が無い。
顔を下に向け、明らかに歩くスピードが遅くなった叶子を気遣うかのように、ブランドンが彼女の肩に手を回した。
「あいつから連絡が無いのは仕方ないかも知れないな」
「え?」
「さっきの記者達見ただろ? 今、あいつは奴らに狙われてるんだ」
「どうしてですか?」
「今回、JASONが倒れたのは過労、極度のストレスと言われていて、記者達はその原因となるものを躍起になって探し回ってるんだ。で、過去のJASONのスケジュールを遡って行くと、短期間で過酷なスケジュールを組まれているのがわかった」
「……」
「で、それだけでなく、不自然な点を一つ見つけた」
「不自然な点?」
「今、行っているJASONのワールドツアーに、何故か日本が二度も組まれているという事だ」
「……でも、JASONは元は日本でデビューしたし、今は旬のアーティストだから、二度あったからと言って特別不自然ではないんじゃ?」
「そうだよ? ――でも、奴らは他に理由があるんじゃないかと調べだした。そしたらJASONの担当プロモーターの恋人が日本にいる事がわかった。奴らはそこにつけこむことにしたってワケさ。その方が記事が売れるからな」
「それって、ま、さかその恋人って……」
「――そう、カナコ。お前の事だ」
目の前が真っ白になった。彼に逢いたい、彼の声を聞きたいと願っていたが、いつしか、そう思っているのは自分だけなんじゃないかと思うようになっていた。ブランドンの話を聞き、全く連絡がとれないのは、自分に対する愛情が失われてしまったからなのだと疑っていた自分が許せなかった。
(私は、一体……どうすれば?)
逢いたい気持ちと、少しでも彼を疑ってしまって合わせる顔がないという思いが頭の中を駆け巡り、あまりのショックで叶子は茫然自失となった。




