第21話~デコイ(Decoy)~
「よし、今日はこれで終了っと」
結局、ジャックとは全くと言っていいほど音沙汰が無く、まさに消息不明状態が続いている。携帯は相変わらず電源が切られたままで、向こうからかかってくる様子も無い。
自分は一体彼の何なのだろうか?
さすがに、ここまで徹底して連絡が取れなくなれば考えたくも無い事が次々と浮かび、叶子の頭の中を混乱させていた。
「……はぁ」
今日の業務を終えた叶子は、デスクの上を片付けながら視界に入った時計に目を向けた。
(九時か……。彼の会社に行って直接聞いてみようかな)
そう思うが早いか、叶子はバッグを引っ掴むと大慌てでオフィスを飛び出し彼の会社へと急いだ。
連絡が取れないからといって付き合っている人の会社に乗り込むなど、今までの彼女では到底考えられない。とうとう我慢の限界がやって来たのか、そんな叶子に行動を起こさせた。
◇◆◇
静まり返ったロビー――。なはずが、そこは思い描いていた光景とは全く違っていた。フロアーのあちらこちらにはカメラを抱え、腕に腕章をつけた記者らしき人達が大勢たむろしている。何かあったのだろうかと、辺りの様子をチラチラ横目で見ながら、叶子は受付へと足を進めた。
「あの」
「いらっしゃいませ」
笑顔が爽やかな受付嬢が立ち上がると、にっこりと微笑んだ。
「ジャックさんは、こちらにまだいらっしゃいますか? ――。……?」
ジャックの名前を出した途端、近くに居た記者たちが一斉にこちらを向いたのが横目でわかる。なんだろうかと少し不安に思っていると、爽やかな笑顔の受付嬢の顔はみるみる真顔になり、口元がわずかにひくついているのがわかった。
「あの、あいにくジャックはアメリカに帰国致しました」
「そう、ですか」
受付嬢が深く一礼する。その事が、もうこれ以上貴方に話すことはありませんよと言うことを、遠まわしに態度で示している様だった。
叶子は肩を落とし、仕方なくエントランスに向かってトボトボと歩き始める。先程の記者達が様子を窺うようにじりじりと歩み寄って来ていたが、ジャックが帰国したという事実を知らされてすっかり落ち込んでしまった叶子は、そんな事にも気付いていなかった。
(やっぱり、あれが最後だったんだ)
あの日の素っ気無い別れ方を思い出して、胸が締め付けられる。あの時、何故彼を引き止める事が出来なかったのだろう。悔やんでも悔やみきれない思いがぐるぐると駆け巡っていた。
「?」
突然、エントランスの方が騒がしくなり、じりじりと迫ってきていた記者達も一斉にそっちへ向かった。カメラと照明を抱え、その取り巻きの中心の人物に向かって口々に何か言っている。何を言っているのかはさっぱり聞き取れなかったが、次の瞬間、その人物が誰であったかがすぐにわかる事となった。
「っ!! いい加減にしろ! 俺はジャックじゃない、あいつの兄貴だ! 奴はもうアメリカに帰国したんだ、俺は何も知らない。ほっといてくれ!!」
低い声で一喝された記者たちはピターっと一瞬静まり返る。と、同時に警備員が一斉に集まってきたことにより再び興奮しだした記者達は、力ずくでロビーから追い出される羽目になった。
「ったく!! ……? ――」
もみくちゃにされたスーツの襟元を正し、長いコンパスで足早に歩くブランドン。一部始終をぼーっと突っ立って見ていた叶子を見つけると、一瞬の内に何かひらめいた様な顔をして口元をニヤリとさせた。
「カナコ」
「え? あ、はい」
ブランドンは立ち止まり、クイクイっと手招きをする。まだエントランスでもみくちゃ状態の記者達の様子を横目で見ながら、ブランドンに近づいていった。
叶子がブランドンに近づいていくと、エントランスの向こうから照明が照らされる。
(何あれ? 撮ってるのかなぁ。私、関係無――いっ!?)
叶子が側に辿りつくのを待っているのがもどかしいのか、ブランドンはその場から動かずに長い腕をぐっと伸ばした。おもむろに叶子の腕を掴むとそのままの勢いでグイッと胸元に引き寄せ、叶子を両手で抱きしめた。
ブランドンの長い腕が叶子の身体にぐるぐると絡みつく。それは、どんなにもがいた所でそう易々と振り解けるものではなかった。
「な!? にっ……!」
ブランドンのその行為はまるで、エントランスにいる記者たちに見せ付けているかの様だった。そう考えると、恐ろしさの余り声を出すことも出来ず、叶子は身体を強張らせた。
――捕まえた獲物は決して逃がさない。
その“触手”は、叶子の細い身体を幾度となく締め付ける。一気に致命傷を与えるのではなく、少しづつだが確実に、捕らえた獲物を弱らせていった。
こんにちは、まる。です。いつもご訪問有難う御座います。
これで第5章『触手』が終了しました。
次話は第6章『侵食』が始まります。又是非お越し下さいませ^^
今後とも『運命の人』を宜しくお願いしますm(__)m




