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運命の人  作者: まる。
第5章 触手
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第13話~処理不能~

 今、目の前に見える光景がにわかに信じがたく、叶子は思わずフリーズする。白いTシャツとスウェット素材のパンツというラフな出で立ちのブランドンが、歯ブラシを口にくわえたまま洗面台にもたれ、物珍しそうにこっちを見ていた。


(え? ブランドンさん? ……何でここに――?)


 余りにもありえなさ過ぎる出来事に、どうリアクションすればいいのかわからない。


「……え?」

「ん?」


 何が何だか良くわからないが、とにかく叶子はいま素っ裸で、ジャックでも誰でもない人物にじっと見つられめている。やっと、自身が置かれている現状を理解する事が出来たのを表すように、突然叶子は何かを思い出したかの様な大声をあげた。


「……い、――ぃやぁああーーっ!! ……あ゛だぁっ!?」


 大声で叫ぶと同時に跳び跳ねる様に後ずさりし、勢い余ってシャワーの掛具に背中を思いっきり強打してしまった。片手で掴んだバスタオルで何とか前だけでもと身体を隠し、背中をおさえながらシャワーブースの隅にうずくまる。それと同時に、バスルームの扉が勢い良く開け放たれ、ジャックが飛んで入ってきたのがわかった。


「カナ!? どうしっ……た――って。ブ、ブランドン?? こ、……ここで何してるんだ!?」


 ジャックですらも、ここにいるはずの無い人物がいたことにぎょっとしている。あわてふためく二人と相反し、ブランドンは至って冷静だった。


「ハミガキ」


 見ての通りだと言わんばかりにそう言うと、口にくわえた歯ブラシをしゅかしゅかと動かし始めた。


「そ!? そんな事を聞いてるんじゃない! どうしてお前がここにいるんだと聞いてるんだ!!」


 ジャックは壁際に置いてあったカゴの中に、先程叶子か纏っていたベッドのシーツが綺麗に畳まれているのを見つける。それに手を伸ばすとすぐにシーツを広げ、シャワーブースの隅でうずくまる叶子を包み込んだ。

 その間、ブランドンは二人に背を向け、呑気に口を濯いでいる。側にあったタオルで口元を拭きながら、鏡越しで二人に話しかけた。


「んな事言ったって、俺の部屋そこだし? んで、ここは俺のバスルームだし。俺の方こそ、何でカナコがここで呑気にシャワーなんて浴びてんだって思ったが」

「はぁっ!? ()の部屋? ()のバスルーム?」


 何を言っているのかまるでわからないと言った表情をしているジャックに、ブランドンは親指である方向を指し示した。

 シャワールームの横にはトイレがあって、さらにその向こうに一枚の扉がある。そこはリビングと繋がっているのは以前と変わっていないのだが、ブランドンが示した方向にはジャックには見覚えの無い扉があり、それは確かに一年前には存在していなかった扉であった。


「幻が見えるなんて俺も随分疲れてんだなと思ったりもしたが、その内、多分きっとこれは毎日身を粉にして働いている俺への神様からのご褒美なんだろうと、有難く拝見させて貰ってたところだ」


 ふざけた様子でそう言うと、決して自分と顔を合わせようとしない叶子をチラリと見た。


「……な、何でこんなとこに扉が?」

「作ったんだよ、こっちの方が便利だから。てか、今頃気付くとか、お前が帰ってきてからどんだけたってんだと思ってんだよ」


 ブランドンは洗面台に手をつくと、下を向いてハァーっとため息を吐きながら頭を左右に振った。   


「ぜ、全然気付かなかった。せめて、一言いってくれればいいだろ」


 二人がしゃがみ込んでいるシャワーブースにくるりと向き直り、再び洗面台に腰掛ける。タオルをランドリーボックスに放り込むと、冷ややかな目でジャックを睨み付けた。


「お前、随分ここで一人で暮らしてたから忘れてるんだろうけど、ここは俺の家でもあるんだからな? いちいち自分家の事でお前にお伺いを立てるのはおかしいだろ?」

「そ、そうだけど」


 元々、この家はアメリカで成功した彼等の父親が日本に進出した時に建てた家で、当初は彼の両親は勿論、ブランドンも一緒にこの家に暮らしていた。その後、日本の会社をジャックに任せた事により両親とブランドンはアメリカに戻っていたのだった。

 しかし、こんな事になろうとは全く予想もつかなかった。自分がどうこうではなく、腕の中で小刻みに震えている叶子に掛ける言葉が見つからなかった。


「ま、とにかく。残念ながら、これは神様からのご褒美じゃなかったんだな。そんな格好のお前が入ってきて気付いたわ」


 上半身裸でベルトも中途半端に外されているジャックを見て半笑いする。それを聞いた二人の顔はカッと赤く染まり、何も反論する事が出来なかった。


「さてと」


 両足をパンッと叩くと、ブランドンは腰を上げた。


「ジャックは明日帰るんだっけ?」

「あ、ああ、そうだけど」

「ふーん。ま、せいぜい“気をつけて”――な」


 意味深な目つきでそう言うと、さっさと奥の扉へと戻っていった。





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