第3話~ガールズトーク~
「え? 今、ジャックさん帰ってきてるの?」
「うん」
彼との慌しいランチを済ませ、今晩はもう会うことが出来ないだろうと落ち込んでいた所に絵里香からディナーの誘いがあった。一人で過ごしていると後悔と寂しさでおかしくなりそうになる。絵理香には悪いが、ポカンと空いた心の穴を埋めようと二つ返事でオーケーした。
「あ、じゃあもしかして今夜デートだったんじゃないの?」
絵里香が気遣うも、叶子は黙って首を横に振る。いらぬ気遣いだったと悟ったのか、絵理香は溜息を一つ吐き出した。
「相変わらず大変ね。忙しい彼を持つと」
「まぁ、仕方無いよ」
タンブラーに付いた水滴を手で拭いながら、半ば諦めた風な表情。そんな叶子の様子を見た絵里香は、さては、と叶子の顔を覗き込んだ。
「ねぇ?」
「ん?」
「もしかして、ジャックさんが帰国してから、まだ一回もシてないの?」
「え? ……って、なっ!? 何言ってんのよ!」
絵里香は冷やかしで言っているわけでも無く、極めて冷静な表情でそう言った。絵里香に聞かれた途端、慌てて手元にあるカクテルを一気に飲み干す。そんな叶子を見て絵里香は確信したのか、質問にちゃんと答えていないと言うのに決め付けたかのように続けて話しだした。
「あらー、一年も我慢してたって言うのに、酷よねぇー」
「そ、そんなもんかな? やっぱり」
きわどい話に困惑するも、少なからず叶子もそう思っていた。
「で、でも、彼って若く見えるけどもう四十代だし。あんまり、そこまで躍起になってないと思うけどな」
苦手な類の会話に顔を強張せながらも、絵里香の話になんとか合わせようとする。だが、絵里香の反応が思っていたのとは違い、叶子は首を傾げた。
「馬っ鹿ねぇ! ジャックさんがじゃなくて、カナが! だよ!」
「え? 私??」
ニヤリ、と効果音が聞こえてきそうなほど、クッと口をつり上げる絵里香に、なんだか恐ろしくなって体を仰け反らせた。
「カナ、もう三十四でしょ?」
「う、うん」
「女の性欲は、三十代後半からって良く言うじゃん」
「ちょ、何言っちゃってんの?? 絵里香、酔ってる?」
容赦なく火照り続ける頬を手の甲で押さえつつ、既に空になったグラスに何度も口を付ける仕草は動揺を隠し切れていない。おかわりを頼もうと店員を探すが、なかなか捕まえることが出来ないでいた。
「あの、すみませーん。……あぁ、もう」
「あれってさ、女性ホルモンの減少に対する最後のあがき見たいなもんらしいよ? 種の保存本能みたいな」
「ええっ?」
絵里香の言う事が本当であれば、自分の女としての賞味期限はギリギリなのだと言うことなのだろうか。
「何かそれって凄く……悲しいかも」
絵里香は腕組みをして眉間にしわを寄せながら「だよねー」と頷いた。
「でさ」
絵里香が急に前のめりになって近づいてきて、思わず背中を後ろに反り返す。「ジャックさんってしょっちゅう求めてくる方?」と、唐突に聞かれ、やっと落ち着きだした頬がまた赤くなり始めた。
「ど、どうかな?」
言葉を濁す彼女に絵里香は諦める所か、アルコールも程よく回り始めたおかげで容赦なく次々に質問を浴びせかけた。
「前の彼と比べるとどう?」
「あぁ、」
その質問には、正直戸惑ってしまう。以前、付き合っていた彼は絵里香の現在の彼だ。彼氏が出来たと聞き、それも職場の人間だと言われ、ほどなくしてそれが元彼であったことがわかった。勿論、絵里香はその事を知らないからこそ、彼女にそんな質問を平気でしてくる。
すっかりそんな事を忘れ、浮かれていた所にその事実が胸に突き刺さって苦しくなる。
「あ、えと、前の彼に比べると、結構積極的かも」
「やっぱりね。ジャックさんってさ、もうアラフィフじゃん? 普通の男の人ならもうガツガツしないと思うのよね。なのに、求めてくるってことは、カナから何か出てるのかもよー?」
「で、出てるって何が? モノ欲しそうな顔してるって事?」
「んー、良くわかんないけどフェロモンとか? とにかく、たまにはカナから誘ってみたら? 待ってるばっかりじゃなくってさ、新鮮でイイと思うけどなぁ」
意味深にニコニコと微笑んでいる絵里香に投げやりに相槌を打つも、彼女の中では既に答えは出ていた。女同士のこんなやり取りでも恥ずかしくて死にそうなのに、自分から彼を誘うなんて事出来る訳が無い。
「……」
だが、それが簡単に出来るならこんなに苦労するもんか、と、思っている自分も確かにそこに居た。




