第1話~交錯する視線~
相も変わらず明るく賑やかなロビー。その隅にある柔らかなソファーに腰を落とし、彼が降りてくるであろうエレベーターホールを叶子はじっと見つめている。今の今まで気落ちしていたのは何処へやら。いつ、彼が現れてもいいようにと背筋をピンと伸ばし、髪の乱れを手櫛で整えていた。
突然のランチのお誘いに、飛び跳ねたくなる衝動をぐっと抑え、ジャックが現れるのを今か今かと心待ちにしていた。
「……?」
ふと、エレベーターホールの反対側からゾロゾロと一際目立つグループがやってきた。その中心に立つ背の高い男性は、ゆるくウェーブがかかった髪を後ろで結い、口の周りに髭を蓄えている。
(……あの人って)
それは紛れも無く彼の兄、ブランドンだった。
ブランドンの周りを取り囲むようにして、人々が口々に何かを彼に問いかけている。すると突然、その固まりはピタッと移動する事を止め、なにやらその場で話し込み始めた。
以前会った時は、顔を上げるのがやっとだったが、今なら明るい所で相手に気付かれずに見ることが出来る。そう思うと、今のうちだと言わんばかりに、彼女はブランドンを遠巻きから観察し始めた。
ジャックとは対照的で肌の色は浅黒く、野性的な雰囲気が伺える。目元が似ていると思ったが、人の心を見透かすかのような鋭い目つきが、何処かジャックと違うものを感じた。前回、出くわした時に感じたブランドンの粗暴さもジャックには一切無い。ジャックを中性的と例えるなら、ブランドンはまさしく男性的としか例えようが無かった。
(同じ兄弟でも、こうも違うんだ)
彼とブランドンを比べてみては、彼の方が素敵だと自己満足していた。
◇◆◇
「いや、だからさ――、……?」
熱く語っているブランドンの視界に、エレベーターから出てきたジャックが目に入った。お互い目につくのか、二人はチラッと目を合わせただけでジャックは早々とロビーの方へと向かっていく。ブランドンはジャックを目で追いかけながらも話の続きをしていると、ジャックの足が突然ピタリと止まる。どうしたのかとじっと見詰めていると、ジャックの表情が少し強張っているように見えた。
(……なんだ?)
ジャックの様子が気になったブランドンは、彼が見つめる視線の先に目をやった。それと同時に、ジャックが自分に視線を移したのを横目で感じる。視線の先にジャックの顔色が変わった原因を見つけ、ブランドンはほんの少し口角が上がった。
(ああ、なるほど)
ブランドンは片手を唇に軽く触れさせると、その手で自分をじっと見つめている叶子に軽く手を振った。すると、あから様に動揺をみせた叶子はキョロキョロと周りを確認し、自分に手を振られているのだと気付く。軽く会釈をして俯きながら、何度も手の甲で頬の熱を冷ますような仕草をしていた。
「っ!!」
その一部始終をジャックに目撃されており、彼の拳がぎゅっと固く握られる。ジャックがどんな思いで見ていたのか叶子は勿論知る由も無く、これから始まる“兄と弟の確執”に巻き込まれてしまうなどとは、当然気付けるものでは無かった。
第5章『触手』のスタートです。
知らぬ間に前話で丁度100話となっておりました。ここまで頑張れたのも、読みに来てくださる皆様のお陰です、本当に有難う御座いますm(__)m
今後ともどうぞ、『運命の人』を宜しくお願い致します。




