第壱夜
さて、第壱夜。
更新しました。
伐はファンが多そうなので、怒られないか心配ですが、よろしくお願いします。
「おい、そこの小僧。ちょっと待て」
降りしきる雨の中、金髪の少女を背負う少年に声がかかる。
が、彼は歩みを止めない。
すると、彼の行く手を一人の男が遮った。
見れば他に三人。
彼を囲うように現れる。
「小僧、その女をよこせ。さもなくば……」
行く手を遮った男が彼に言う。
それを見て、少年はうろんげに男を見ると。
「……」
煙草をくわえた口がわずかに動いた。
それを見た男が少年に近づく。
「なに? なんだと?」
そう聞きながら少年に歩み寄る男。
そして。
鈍い衝撃音が響く。
「……めんどくせえっつったんだよ」
相手の股間を蹴り抜いた少年、黒須伐は、本当に面倒くさそうな顔でそう言った。
「あ、ご、ぐ……」
股間を押さえてうずくまる男。
その顔面を、容赦なく蹴り抜いて意識を弾き飛ばす。
それを見ていた三人のうち二人から声が上がり、罰へと殴りかかる。
「て、てめえ!」
「この野郎!」
伐は鋭く二人を見やり、片方の顔面へ、くわえた煙草を飛ばす。
「! ッチ?!」
その熱に、一瞬拳が止まる。
それを見届けることなく、伐は反対の男が踏み出そうとした足の膝頭を、踏みつけるように蹴る。
「! がぁっ?!」
思わぬ攻撃に足が滑り、そのまま転倒する男。
しかし、伐の動きは止まらない。
煙草の熱さに動きを止めた男の頭が弾けてくず折れる。
伐がそのこめかみを蹴り抜いたからだ。
次いで、足下で膝を押さえて唸る男を見下ろしながら、その頭を踏み抜く。
「ごっ?!」
わずか数秒で男三人を仕留めた伐。
男を見下ろしていた視線だけが最後の一人に向けられる。
「ヒ、ヒィ」
それだけでその男は腰を抜かし、這々の体で逃げ出した。
「……チッ。メンドクセ」
言いながら伐は、背中の少女を背負い直し、傘を器用に肩で支えながら右手で懐を漁った。
「んあっ?」
目的の物に触れた、手先の感触に眉が跳ねる。
そのまま取り出したのは煙草のケース。
そして。
その中身は無い。
「…………」
その事実に伐の顔が、心底イラついたものになる。
「……ッ。」
舌打ち一つ打って歩き出す伐。
「めんどくせぇっ、めんどくせぇっ! あ〜めんどくせえ!」
伐はぶつぶつ言いながら、倒れ伏す男らには目もくれずに歩き去った。
「ハアハア……」
闇の中を走るクリス。恐怖に染まった顔で時折振り返り、闇の奥を見ると、無数の目がこちらを見ており、無数の手が伸びてくる。
「ヒッ?! い、嫌……た、助け……」
さらに走り出そうとするが、足がもつれて倒れ込む。
そこに手が伸び、衣服が引き裂かれ、白い裸体に無数の手が群がる。
「……! ……!」
いくつもの手に口を押さえられ、悲鳴を上げることも出来ず、手を伸ばす。
その視界に覆い被さる、手。手。手。
涙溢るる青い目が、手に覆い尽くされ、彼女が絶望の闇に堕ちようとした瞬間。
伸ばされた白い手を、しっかり捕まれる感触。
そして……。
「!」
唐突に覚醒した少女クリスティーナ=ウエストロードは、視線だけを巡らそうとして、自分をのぞき込む顔に気づいた。
そこには、煙草をくわえた少年が、うろんげに自分を見つめていた。
「……あ、あの」
少年に声をかけるクリス。
と。
彼のくわえた煙草から白い固まりが……落ちた。
「あ。」
「! うにゃああぁぁっっ?!?! アツッ?! 厚っ!? 暑っ!? 熱っ?!」
掛けられていた布団をはね飛ばし、鼻の頭を押さえながらすぐそこのシンクへ走る。
蛇口を捻って、勢い良く流れ出す水を手ですくって鼻の頭を冷やす。
「おい」
横から不機嫌そうな声が飛ぶ。
「え?」
そこでクリスは初めて少年、黒須伐の手を握ったままであることに気づいた。
「……冷てえ」
「ああ、ごめん」
伐の不機嫌そうな声に、慌てて手を離すクリス。
「……元気そうだな?」
濡れた手を拭きながらつぶやく伐。
「え?」
きょとんとなるクリス。その顔がみるみる強ばっていく。
「わ、わた、わたし……」
震え始める男物のワイシャツに包まれた己の肢体を抱きしめるクリス。
足下から力が抜け倒れ込む。
その身体に黒い影が伸びる。
そして、伐の腕がクリスの身体を支える。
「無理すんなよ……」
ポケットに片手を突っ込んだまま、彼女の身体を片腕で支える伐。
反応を返さない彼女の様子に長嘆息する。
そのままクリスの身体を返し、横抱きに抱き上げると布団へと運んで落とす。
「ふぎゅっ?!」
突然のことに奇妙な悲鳴を上げてしまうクリス。
しかし、それに構うことなく掛け布団を拾い上げた伐は、それをクリスに投げる。
「うぷ」
「……本調子でないなら、大人しく寝てろ」
ぶっきらぼうに言い放ちキッチンへ向かう。
頭から被ってしまった布団の端より顔を出すクリス。
「ぷはっ、女の子に対する仕打ちじゃないよ。もう」
そう言う顔は、少し不満そうに膨れている。
しかし、伐はそれを無視しつつ、くわえ煙草のまま片手で長ネギを刻んでいく。
その間にレンジでレトルトのご飯を温め、それを小鍋にぶち込み水を加えて煮ていく。
しばらくして、それに塩をふり、小鉢に分けてスプーンと、小皿に乗せた刻みネギを小さな盆に乗せて持ってきた。
「食えそうなら喰っとけ。俺はこれからバイトがあるから出かけなきゃならん」
「あ……うん。ありがとう、え〜と? ごめん、名前、教えてくれる?」
顔を上げて訊ねてくるクリスに、めんどくさそうな顔をする伐。
しかし、軽く嘆息してから口を開く。
「伐だ。黒須伐」
「うん、私はクリスティーナ。クリスティーナ=ウエストロード。ティ……ううん。クリスって呼んで」
伐の答えに、自分も自己紹介するクリス。
それに対して、伐は鼻を鳴らしただけで出かける準備を始めた。
クリスが粥に口を付けて食べ始め、少し経つ頃には伐は準備を終え、玄関に立つ。
その背中に、少女は声をかける。
「伐、ありがとう。いってらっしゃい」
その言葉に、伐は少しだけ動きを止めるが、そのまま何も言わずに家を出た。
第壱夜でした。
人気作の『嘘と話術と野良猫』とのifコラボということで、緊張することしきりです。
こんな感じの伐で大丈夫でしょうか? まあさん。
それでは、次回もよろしくお願いします。