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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

どうか、お願いだから。かわいいなんて、言わないで

作者: 間川 レイ
掲載日:2026/10/25

 かわいいって言われることが嫌いな女性って、そんなに多くはないと思う。勝手な主観でしかないけど。一応私も女性だから。少なくとも肉体的性別は女性だから。かわいいって言われて嬉しいのはわかる。


 自分の外見についてかわいいって言われれば、それはやっぱり嬉しいだろうし、服についてかわいいとほめられてもうれしいのだろう。メイクや髪形、持ち物についてかわいいって褒められるのも、やっぱり嬉しいに違いない。


 そういうのって、やっぱり「自分」と不可分だから。自分が褒められて嬉しくない人はそうそういない。そこについては強く同意する。私も褒められるのは好き。なんか認めてもらえた気がするから。これまでの経験とか、人生とか。これまで積み重ねてきた選択の数々を、認めてもらえた気がするから。


 もちろん相手はそんな大げさな気持ちで言ったわけではないのだろうけれど、それでも、そこのほんの一端ぐらいは認めてもらえた気がするから。


 でも、私は昔から、それこそ子供のころから。あるいは物心ついたころから。あんまりかわいいって言われるのが好きではなかった。そこには、まず私の性自認の問題があるからかもしれない。


 子供のころから私は、自分が女性って確信があんまり持てなかった。それは、あるいはひょっとしたら家の躾が厳しかったからかもしれない。私の家は古い家だったから。遡れば信長公、少なくとも家康公が幕府を開かれたころから存在が確認され、地域や特定の業界に根強く影響力を持ち、分野を限定すれば、国レベルにも少なくない影響力を発揮しうるような家。家系図があって、先祖代々受け継がれし家財道具があって、住み込みの庭師さんや通いのお手伝いさんがいて、みたいな。まあ、俗にいう古い家を体現したような家。さすがにお手伝いさんがいるのは本家だけだから、極端に古い大きな家でもないとは思うけど。


 私は、分家筋の、正確には筆頭分家の長女に過ぎなかったけれど。何代か前に次代後継者となりうる候補者が大勢若くして世を去った影響もあって、本家は断絶寸前。そこでどこからか養子を迎えるか、それともほかの取りうる選択肢を探すかって話になって。たまたま筆頭分家たる私たちの家に、私と妹という、将来的に子供を残せそうな若い女性がいたから。だったらよそから養子をとって血を薄めるより、分家から本家に入れて、婿を取らせて子供を産ませればよい。できれば男子を、なんて話は割と早い段階からあったみたいで。


 本家に入るということは、少なくとも婿を取るまでは第十何代かは知らないけど当主を代行する立場に立つわけだし、婿を迎えてからも、本家の奥様として家を支えていく立場になる。


 だからこそ、私たちはかなり期待されていて。とはいえ当初より本家に入るとしたら私というのはほぼ確定していたけれど。まあ、そこにはいろいろ事情がある。私と妹の母親の違いとか、その他諸々の理由。詳しくは書かない。書きたくない。あんまり綺麗なお話でもないから。それにあんまり家の事情は話すものではない。壁に耳あり障子に目あり。どこでだれが聞いているかはわからないし、聞かれた結果、どこでどう影響して家の中の政治に影響を及ぼすかもわからない。


 私の家の政治は複雑だから。それこそ、特定の人や特定の立場の家から贈られるお菓子は毒入りを疑って、すべて廃棄しなければいけないし、もし食べざるをえなくなった時の対処法とかも身につけなきゃいけないような家ってことさえ知ってもらえればいい。


 まあ、そんな家だから。しつけはそれなり以上には厳しくて。折檻と言えば聞こえはいいけれど。要は殴る蹴るは当たり前。殴る蹴るで済めば可愛いもの。髪をつかんでずりずり引きずり回しては壁や机、戸棚のとんがっているところに何度も何度も叩きつけてってのは当たり前。お稽古ごとの出来栄えや、学業の成績が求める基準に届かねば容赦なく打たれた。基本平手打ちは一発以上。それもドラマで見るような軽いビンタじゃなくて、不意をつかれれば、よろめいて壁に勢いよくぶつかって体勢を崩すような。覚悟していたとしても場合によってはそのまま転倒するような。あるいは痛みのあまり立っていられなくなってしゃがみ込むような。あんまり派手に体勢を崩すとそれはそれで怒られるんだけど。真面目に聞けって。話している最中だろうがって。


 それに言葉も割ときつくって。基本折檻しながら色々絶叫しているんだけど。絶対ご近所さんに聞こえるなあってぐらいの大声。それなりに大きな家ではあったけど。広々って感じの。基本怒鳴ったり殴るのは父親の役割だったけど、その怒鳴り声に合わせて窓ガラスがびりびり震えているのなんて何度も見た。これを聞いた誰かが通報して助けてくれないかなーと思ってた時期もあるんだけど。本当に小さなころとか。まあ、無理ですよねーというお話。古い家だから。


 屑とか、気違いとか、ゴミとか。あるいは出来損ないとかボケ、お前は本当に頭が悪い、出来が悪いというのが定番の罵り文句だったなあって。基本そういう言葉は私を何度も何度も殴りながら呪詛のようにわめき散らかしているわけだけど、ごくまれに言葉だけで単独で飛んでくることもあって。今日は殴られなかった、ラッキー、なんてのは思ってたんだけど。時折そのままヒートアップして殴られ始めることもあって。内心が漏れてしまったのかもしれないなっていうのも反省点なんだけど。


 あとは時々家を追い出されたし。ある時なんて成績表を隠していたのがばれて。悪い成績表を見せるたびに、私は起き上がりこぼしかなとか、サンドバッグだったかなと思うぐらいぼこぼこにされていたから。だったら見せなければいいんだ、なんて。下着の棚に隠して。それもそう簡単に見つからないように、下着に挟み込むようにしたり、はたまたパットを抜いて空いた隙間に差し込むようにしたり。これで一安心と思っていたらなんでかばれて。よく部屋の様子は確認されたし、散らかっていると判断されたら片端からゴミ袋に放りこまれていたから。大好きなあざらしのお人形とか、引っ越していった友達から貰ったアクセサリーとか。大好きな小説たちとかも処分されたりしていたから、多分そういうノリで。


 生憎ばれたとき、私はシャワー中で。キレ散らかした父親が絶叫しながら乗り込んできて。ぼこぼこにされて。転んで頭を打ったのが痛くって。思わず珍しく悲鳴を上げてしまったりとか。悲鳴を上げると怒るから、普段は上げないようにしているんだけど。そのまま髪をつかんで引きずり起こされて、そのまま肩が抜けそうなぐらいの力で引っ張られ。その間もよくわからないことをわめき散らかしながら。そしてそのまま家の外に放り出されるってこともあった。生憎の雪空で。厳密にはみぞれ交じりの雪だけど。確か時間は夜の10時ごろ。まあ、とにかく寒かったなあっていう思い出。とっさにつかんだ下着のおかげで全裸ではないけれど、全身びしょ濡れだし。ホカホカ湯気を立てていた身体もあっという間に冷めていき。髪の毛の先っちょが凍り始めたりして。まさにしょりしょりって感じに。


 誰も助けてくれなかったし。妹はいつだって見ているだけ、怯えているだけ。母親は基本私に対してあたりがきつかったし。嫌味か皮肉か罵倒が基本の三点セット。あるいは無視か舌打ちがサブオプション。基本私に対していつも腹を立てていて。感情が表に出やすい人だから、どったんばったん大きな音を立てて家の中で動いていた。私が失態を犯せばその音は大きくなり。父親が帰ってきてからその様子に気づくか、わざわざ母親が父親に報告していつものように私を折檻する、なんて流れもよくあった。折檻されている様子を母親はざまあみろ、というかほら見たことか、みたいな顔でよく見ていて。


 何なら途中で茶々を入れたり、はやし立てたり。わざわざ父親の怒りをあおるような追加情報を開示して、ますますキレた父親に余分に殴られて、みたいな。あるいは殴られている私を傍目に、妹に対してお姉ちゃんは馬鹿だからああいう目に遭うの、あんなふうになったら駄目だからね。よく覚えておきなさいって私のところにしっかり届く音量で言って。妹もわかりましたと素直に頷いていたりとか。


 今年で私は30歳になるし、家を出たのが18になる年だから家を離れて10年以上がたつわけだけど。私の生みの母が死んで、今の母親が来たのが5歳ごろ。そこからの13年間で、1日に1度も怒鳴られないか、殴られなかった日というのを思い出せない。母親からの罵倒や、気が向いた時のビンタも合わせれば、殴られなかった、あるいは罵倒を浴びせられなかった日は絶対にないと断言できる。100ジンバブエドルをかけてもいいってやつ。第一次世界大戦終結直後の10マルク札でもいいけど。


 そうした経験もあってか、私は昔から現実感が持てなくって。現実にリアリティが感じられないというか。常に曇りガラスの向こう側から世界をとらえていて。興味のないバラエティを流し見しているような。あるいはもう一人の小さな私が、右肩あたりにちょこんと乗っかっていたりして。そこから私はすべてを見下ろしてみている、みたいな。要は浮世離れした感覚を持っていたから。私が殴られようが怒鳴られようが、全部他人事、みたいな。そうした態度も相まってますます両親を怒らせるんだろうけど。


 ここで冒頭に戻るわけだけど。すべてに現実感が持てないからこそ、自分自身が女性って感覚もあんまり持てなくって。少年野球チームにいたことも影響しているかも。どうしてもやりたいと駄々をこねて入った少年野球チーム。生まれながらの足の速さと肩の強さには自信があったし、少なくとも小学生までは男の子相手でも全然勝てたから。結局メインは捕手、サブとして外野手を務め、普通に対等に性差なんて考えずに一緒に遊んだりして、なんて。そんなことも影響しているのかも。


 あとは純粋に性自認として。結構女性的な部分と男性的な部分の両面を同時に持っていたから。男性でもあり、女性でもある。そんな変な感じ。今では男性的な部分と女性的な部分が交互に表に出てくるようになったけど、当時はまだ両方同時に出ていたような気がするなあ、なんていう思い出なんだけど。


 そこで困るのが服選びなんだよねっていうお話。母親は、ごくまれに機嫌がいいときに私を買い物に連れて行ってくれて。一緒に服を選んだりするわけだけど、基本選ぶのが可愛い服で。明らかにかわいい系の。ただ全然なじめなくて。嫌だなあと思っていた思い出。ただあんまり嫌だ嫌だというと機嫌を悪くするから妥協していたけれど。それでもあんまりかわいいって言われたくないなあとは思っていた。


 何せ、肩甲骨のあたりまで伸ばしてた長めの髪をバッサリ切って。それこそ耳が髪の外に露出するぐらい短く切った時も、可愛くないとだいぶ長い間ぐちぐち言われたから。なんでそんなに短くするのよ、なんて。その時は長い髪の毛は邪魔だし手入れが大変。短い髪なら手入れが楽そうだから、とは答えたけれど。まあ、それは嘘じゃないけれど。短ければ短いほど引っ張りにくいでしょ、みたいな。結局引っ張られることには変わりないんで、あんまり意味はなかったんだけど。


 まあ、昔からかわいいって言われるのが嫌だった子供時代。それは中高に上がってからもそうだったんだけど、別に性自認とかだけがかわいいって言われるのが嫌な理由じゃないんだよねっていう。多分本当の部分はもっと別。私が親友だと思っていた子にレイプされてからなんじゃないのかな、なんて思ったり。


 中高に上がって。私立の中高一貫校に入って、片道7キロの自転車通学をするようになってからも、家の様子は変わらなかった。むしろますます状況はひどくなるばかり。当時の私は割と荒んでいて。私の成長に合わせるようにして折檻の度合いは強くなるし、本当はリトルリーグに入って続けたかった野球もやめさせられるし。趣味の小説を読むことだっていい顔をされなかった。もっと役に立つものを読めとか、将来の自分にもっと投資しろ、なんてことは口を酸っぱくして言われたし。休憩中に小説を読んでいるってだけで嫌味や皮肉を言われるのは当たり前、そこで少しでもむっとしたような態度を見せれば片端から小説たちを処分される、みたいな。


 この時に泣いて取りすがったって駄目。土下座したって駄目。キレ散らかした母親に土下座してその本たちを捨てないでくださいってお願いして。どうかお願いしますって。私の大好きな小説なんです。読んでいる間が一番楽しいんです。生きがいなんです。ずっと大切にしてたんです。どうかお願いだから捨てないでくださいって。まあ、鼻で笑われて、ゆっくりと頭をぐりぐり踏みにじられて。結局全部捨てられて。なけなしのお小遣いで買った米澤穂信も、伊藤計劃も。全部捨てられた。


 大体お小遣いだってもらえない月のほうが圧倒的に多かったのに。建前は先月の収支の報告と残金の報告で毎月もらえることになっていたけれど、お稽古ごとのできや勉学のできで差し押さえられることもしばしば。時にはこんな悪い出来でお小遣い貰えると思っているわけ。むしろ先月のお月謝をあなたが払いなさいよ、みたいなことになったりして。はたまた機嫌が悪すぎてそもそも請求に行けないとか。そしてそのくせ全然お小遣い貰いに来ないじゃない、お金いらないんだ。いいね、それだけ恵まれているってことだね、なんて皮肉を言われたり。


 だったらお金のかからない空想の世界に逃げこもうと思って。昔から詩とか小説とか書くの好きだったから。自分の作った物語の中なら無限に遊べたから。色々小説とか本格的に書くようになって。ただ書くだけではもったいないと思って、コンクールとかにも応募するようになったら、時々、賞をもらえることもあって。基本的に賞状はもらえるし、うまくいけば盾とか、トロフィーとか。ただ困ったことにそういうの家に持ち帰るわけにはいかないんだけど。自分から見せに行ったときは、そんな無駄なことしてって馬鹿みたいに叱られたし。そんな無駄なことをする時間があるならもっと勉強しなさいって怒られて。作品も賞状もびりびりに破られて。ついでに原稿用紙の束とか書きかけの作品群も全部捨てられて。


 だから、家に持ちかえらず全部捨てることにした。賞状はびりびりに破ってから川に流し、盾はどうやっても壊せないけど、重たいから。簡単に沈むし浮かび上がってこないことにかけて同じく川に捨て。トロフィーはそのまま捨てると目立つから。一回ばれてひどい目に遭ったし。だから欄干に叩きつけたり、石で何度も何度もめちゃくちゃに殴りつけて壊してからやっぱり川に捨てていた。もちろんもったいないなーって気持ちもあったから、家に隠すってことも考えたんだけど。下着の件を思い出すとちょっと抵抗があって。後輩に押し付けようとした時期もあるんだけど、先輩のトロフィー貰ってどうするんですかって抗議されて。それもそうだなって思ってぶち壊すことにしたりとか。


 まあ、そういうのが嫌で、あんまり家にいたくなくて。古本屋とかに一生入り浸っていたりして。後はウォークマンの充電が切れるまで、一生夜外をお散歩したりとか。あまり素行の良くないお友達もできたりして。別に何をするわけでもないけれど。ただ一緒にたむろって。気が向けば喋る。気が向かなければしゃべらない。何をするでもなくゲーセンでたむろったりして。時たま誰かのおごりってことでカラオケに入り浸ったりとか。まあ、そういう付き合いも、門限ができたことでできなくなったけど。門限を破ればぼこぼこにされるから。それこそコーナーに追い詰められたボクサーみたいにラッシュを浴びる羽目になる。


 だから、その男の子の家に入り浸るようになったのは必然なのかもしれないけれど。その男の子とは、小学生のころからの知り合いだった。私立中学受験専門塾で知り合った男の子。昔から無駄に話が合って。小説が好きだし映画が好き。時事や社会問題にも興味があるし、そうした問題について議論もできる。生憎進む学校こそ違えども、市立図書館の自習室で勉強してるときに再会して。昔話に花を咲かせて。何年かぶりに会うけれど全然変わっていないことを確認して。意気投合したって訳。


 そこからよく、図書館で一緒に勉強するようになって。分からないところを教えあって。あるいは昔のように議論しあったりとか。おすすめの小説の話や映画の話で盛り上がったり。あるいはおすすめの参考書、使いやすかった参考書。はたまた興味深かった新書や、学生でもとっつきやすい専門書の話まで。


 それはとっても楽しくて。一緒に映画を見に行ったりもした。確かハリー・ポッターだったはず。親には友達と図書館で勉強してくるって言い訳して。見られている可能性はあるから一応図書館の中までは入って。それに全く勉強していないのがばれても問題だし、定期的に進捗の確認とか報告を求められるから。それこそ問題集と使ったノートを持ってこいと求められ。間違えた部分を指摘され。この問題は解けるようになったのか、みたいな。解けるようになったというのならどこでどう間違え、なぜその間違えはおこったのか。今はどう解釈しているのかを述べろ、みたいな。中途半端な理解だと全然わかってないじゃないかとぼこぼこにされるから、それこそ必死で。


 青チャートもぐるぐる回したり。生憎私たち二人は理数系が壊滅的だったから。二人でわからんわからんと頭をひねって。お互いの学校の先生に教わったことをシェアして。今度はここを確認してくるようにしようってことを上映時間すれすれまで確認して。上映時間になると映画館に飛び込んだ。山盛りのポップコーンにジュース、ナチョスやホットドッグを抱えて。二人でシェアして。上映後もお土産屋さんを冷やかしたりして。生憎お金がないから私はあきらめざるをえなかったけれど。そしたら代わりにメモ帳をおごってくれたり。ハリー達三人の顔がのってる、私が欲しくてじっと見てたメモ帳。


 それから勉強会の名目で男の子の家にもたびたびお邪魔するようになって。男の子の家もそこそこ知れた家ではあったから、その子の家での勉強会ならってことであっさり許可は下りて。そこで生まれて初めてゲームをした。私の家はゲーム禁止だったから。ゲームをしたいなど言えば基本的にぼこぼこにされるし、運よく機嫌がよければぼこぼこにはされないけど、だったら自分で買えば、そんな無駄なものに出すお金はない、なんて言われるだけで。ゲームを買えるようなお金なんてなかったし、仮にあったとしても、定例の収支報告で報告した時にぼこぼこにされて破壊される未来は見えていたから。


 初めて触るゲームは楽しかった。確かやったのはWiiのマリオカート。慣れてないからハンドルを切るたびに上半身が右に左に大暴れ。挙句の果てに並んで対戦していた男の子をひっぱたき、ジュースもなぎ倒すというおまけつき。でも男の子は大爆笑するぐらいで。それこそ死ぬんじゃないかってぐらい。ちっとも怒らなかったな、なんて。


 あとは一緒に地元の夏祭りを回ったり。なけなしの浴衣とお気に入りの下駄をはいて。お気に入りの巾着をぶら下げて。どれも中等部の修学旅行で京都に行った時に買ってきたもの。どれもすごくいい感じで、衝動的に買っちゃった。浴衣は薄い水色に紫陽花の花が散らしてあるのがすごくおしゃれで。私の好きなタイプの可愛さ。下駄も重厚感のある黒の漆塗り。多分漆塗り。そして赤の鼻緒がアクセントになってる。巾着は淡い赤色で。ビロードみたいな生地が手触りがよくて買っちゃった。どれも結構いいお値段がして。本家の奥様に内緒ですよ、と修学旅行直前にこっそりもらったお小遣いとか、いろいろ頑張って貯めていた帳簿外のお金を総動員して買ったお気に入り。


 似合っているとほめてもらって。巾着を片手にヨーヨーを釣ったり、金魚を掬ったり。一緒に焼きそばを食べたり綿あめをシェアしたりして。最後にヨーヨーも金魚も全部押し付けたけど。いつかのメモ帳のお礼だよ、みたいな顔して。持ち帰ったら捨てられるだけなのが分かってたから、ってのは内緒にして。ちょっと戸惑っていたし、こんなに二個も三個もヨーヨーいらないし、みたいな。金魚、多くない?みたいな。それでも最終的に根負けして全部連れ帰ってくれた思い出。


 だから、私たちは結構仲が良かったと思う。いい意味で性差なんて感じたことなんてなかったし。あまり自分を作らなくてもよかった。自然体でいられた、というのは大げさにしても、少なからず昔から知っている子だったし。もちろん中高でも仲のいい子はいるし、そちらにも幼馴染みたいな子はいたけれど。そちらにはそちらの良さ、こちらにはこちらの良さがある、みたいな。それに中高では生徒会もやってたし。慕ってくれる後輩とかもそれなりにはいた。仲のいい友達なんかもいたし。


 でもやっぱり、いいとこの子が集まる学校だけあって、どことなく独特の緊張感はある。あそこはあの大病院の娘、あの男の子はあそこの開業医のご子息さん、あの先輩は全国展開するビジネスホテルの御曹司、ゆくゆくは総支配人になることは決まってる、みたいな。それこそアイドルとして活動しつつ、映画にも出てゆくゆくは女優を、なんて子もいたし、スポーツで全日本代表の強化選手に選ばれる子、なんてのもいた。そうした肩書が即座に私たち子どもの間に割り込んでくることはないけれど、それでも見ないわけにはいかないから。どことなく気を遣う。でも彼にはそういうところがなかったから。小学校からの付き合いが続いているのは彼ぐらいだったし。


 だから。塾とか、他のところで一緒に仲良くしているところを見られて。彼氏だと勘違いされることもよくあった。澪って彼氏いるんだ、意外、みたいな。でもお似合いじゃん、イケメンだしみたいな。そういうのを聞くたびに笑って彼氏じゃないよーとは言っていたけれど。いつか本当に付き合うのかもしれないな、とは思っていた。まあ、それでもいいって思っている私もいた。付き合うとかよくわかんないし、あんまり興味もないけれど。彼とならいいかな、みたいな。よく知っている子だし。信用もできる。話も面白いし、みたいな。もし万が一告白とかされたとして、断って変にこれまでの関係がこじれるのも嫌だし。それにあくまでお試しとして付き合ってみて、うまくいかなそうなら友達に戻るってのも彼とならできそう。彼、結構ドライだし、みたいな。


 それこそ告白される機会はまあ、そこそこあるけれど。時々よく知らない子からも告白されたりするし。あんまりあなたのこと知らないんですけどーみたいな。そういうの結構困っちゃうから。どうやって断るのが無難か悩むし、変に傷つけたくもないし。あと、ちょっと怖い。あなたは私の何を見て私なんかを好きになっちゃったの、みたいな。生憎私そこまでずば抜けた美人じゃないよ、みたいな。肋骨で大根おろせるぐらい、がりがりだし。ちびだし。馬鹿でかい眼鏡つけてるし。あくまで顔だけだったらよく言っても中の上ぐらいかなって。せいぜい足が速くて肩が強いことぐらいじゃない、みたいな。足の速さと肩の強さだけは自信があるし、みたいな。高等部に上がってから50メートル6秒台から落ちたことないし、体育祭でも先輩差し置いてアンカーお願いされるぐらいには、みたいな。


 陸上部から声かけてもらえる程度には頑張ってますけど、みたいな。一応結構鍛えてるし。護身術も子供のころからやってるし。そうそう遅れは取らないんじゃないのかな、なんて。後は文系科目が得意なぐらいかなーみたいな。現代文だけは誰にも負けたくないかなとは思ってるけど。負けたくないかな、みたいな。せめて学校内でぐらい1位とって当たり前の地位は維持したいかな、みたいな。そのほかは全然大したことない。英語とかも苦手だし。ホームステイしてた割に全然喋れない。それこそ向こうの幼児にあなた、おばかさんなのお?と英語で聞かれるぐらいには。だから何を見てるのかなーって。その点彼なら信頼できる。彼となら、付き合える。そう思ってた。無理矢理押し倒される時までは。


 それは、いつものように彼の家に入り浸っていた時のことで。勉強もひと段落し。一緒にバラエティでも見ていたような思い出。床に並んで腰かけて。今日は家族みんな帰り遅いから、みたいなことでお菓子とかジュースも広げて、お菓子パーティだあ、みたいな。そこで確か彼がなにか冗談を言って。私が笑い転げて。何言ってんの、みたいなのりでぺしぺし肩をたたいて。ゆさゆさ揺さぶったりして。


 そしたら彼が、急に私のことをじっと見つめて。あまりにもまじまじ見つめるもんだから、なんか気まずくなってきて。何?みたいに半笑いで尋ねたような思い出。そうしたらふと彼が、なんかお前、可愛く見えてきたわとかいって。急に押し倒してきて。軽くキスをされたのかはうろ覚えだけど、制服の上から胸をまさぐりだした思い出。


 え?って感じで。だっていきなり押し倒されたから。執拗に胸をもんでくるし。あのー、膨らみなんてありませんよ?みたいな私の胸。大根がおろせそうなのは比喩ではない。BMI16に届くかどうかも怪しい時期。胸は常にAカップ以下。そんな胸をさわさわと、もにゅもにゅと。は?って感じで。いつの間にか抑え込まれてるし。押しのけようにもピクリとも動かなくて。それこそ抑え込まれた腕なんて自由に動くのが指先ぐらい、みたいな。全体重かけられてるのか、結構痛いし。あの、ちょっと。痛いんですけど、みたいな。ちょっと、やめてよ。それ、全然面白くない。みたいな。


 でも全然聞いてくれなくて。むしろどことなく目が据わっていて。明らかに普段とは違う目つき、みたいな。明らかに私の声が届いてないって感じ。あのー、聞いてます?どいてくれる?怒るよ。というより怒ってる。なんか腹立ってきたんだけど、みたいなことを言っても全然効果なんてなくて。じっと私を見下ろしているばかりで。色々まさぐるばかりで。


 ちょっとなんか嫌だなって思って。だんだん本当に腹が立ってきていたのもあったし。ねえ、ふざけすぎ。いい加減にしなよ。どきなっていってんの。わかる?ど・い・て。そんなことを言っていたような思い出。ちょっとここからすでに記憶があいまいになるんだけど、そしたら、多分殴られたんだと思う。ふと気づいたら、制服の胸元を開けようとしてきて。というより胸元がはだけていて。もう冗談でも何でもないって流石にわかったから。そこからは必死。泣いて叫んで暴れて、何とか制服を脱がされないようにしようとして。全然無理で。はだけた胸をなめられたりして。膨らみなんてまるでないのに。ぺろぺろ犬みたいになめられて。


 何とか振り払おうとするけど、全然無理。これでも相当鍛えている自信はあったし、最悪護身術で何とかなるって思ってた。結構逮捕術に近い、攻撃的なものだったし。全然無理だったけど。そもそもそんな姿勢で技なんてかけられるはずもない。これはまずいなって思い始めて。無理かも、みたいな。でもまさか諦めるわけにはいかないから。必死に抵抗して。暴れて。全然通用しなくて。


 もう、その間もぺろぺろなめられて。乳首をつねったり引っ張ったり。転がすようにいじってみたり。乳輪の周りをなぞるようになめたり。吸い上げるようにしたり。本当にただ気持ち悪くて。舐められている感覚も、触られている感覚も。今考えるとAVの見すぎという話でしかないけど、当時の私にそんなのわかるわけなんてないから。無数のナメクジが這いまわっているような感覚で。なめられるうちにあふれた唾液が私の乳首から垂れて胸の上にたまって。ほんのあるかなしかの膨らみを流れて脇腹へとたどり着き、つうっと脇腹を走る感覚。それがたまらなく気持ち悪くて。ひぃって息をのみたくなるような感覚。肌がぞわぞわするというか。とにかくたまらなく気持ちが悪い。鳥肌が立つような感覚。その間も跳ねのけようと頑張ってはいるけれど。腹筋のばねを使ってみたり、足をけり上げてみたり。やっぱり意味なんてなくて。


 それどころか色々もにゅもにゅ揉みしだいてみたりして。やめろよ、肉なんてねーよって思ってて。痛いだけなんだよ、みたいな。しかも無駄にうれしそうに。かわいいね、みたいなことを言いながら。すごくかわいい、みたいな。小さくてかわいい、みたいな。うるせーよ、みたいな。乳首立ってるよ、感じてんの、って言いながら触られたことを忘れることはないと思う。んなわけねーだろ、ボケ!と思わず怒鳴っていて。もともとそんな形だわみたいな。普段はそういう悪い言葉を使わないように気を付けているから、我ながらちょっとびっくりしてしまって。きしょいわ、はなせ!はなせはなせはなせ、放してっ!なんて頑張ってみせても自由に動くのは指先だけで。


 キスもしようとしてきたりとか。キスされるのは本当に嫌だったから。絶対に嫌で。必死に頭をブンブン振ってみたり、頑張って顔をそらしたりしたんだけど。それもまた無駄で。まるでぎゅーっと抱きしめるというか、愛おしむように固定されて。抱っこでもするように。こっちも必死に振りほどこうとするけど、完全に固定されていて。むしろ苦しいだけで。そしてそのまま髪の毛を梳くように触ってきたりとか。耳たぶに触れてみたり。ふにふにいじってみたり。福耳なので。柔らかい部分を触ってみたりとか。耳穴に指を突っ込んでみたりとか。それもものすごく気持ち悪くて。思わず悲鳴を上げてしまって。お構いなしにかわいいね、かわいい、なんて言いながら。ふにふに触られて。


 そしてそのまま、なでなでというか、よしよしといわんばかりの優し気な手つきで頭に触れてきて。その手つきが本当に気持ち悪くて。本当の本当に。髪の毛を一本一本すくうような、手の中でもてあそぶような動きとか、髪の中を指が通過していく感覚がたまらなく嫌で。頭皮をなぞるように指がかすめていく感覚とか。髪は私が自分のパーツの中で一番自信のある部分だったから。いくら短くしたとはいえ、大のお気に入りの場所。サラサラで、柔らかくて。黒々としていて、手触りがいい。そんなに短いのもったいないよとはよく言われたし。昔、ポニテにしている時にはよく友達から褒めてもらえたし、何ならわざわざほどいたうえで三つ編みにしたり、編み込んでみたり。色々遊ばれていた思い出。


 だからこそそういう風に触られるのがめちゃくちゃ嫌で。正直めちゃくちゃ腹が立って。泣きわめきながらキレ散らかすというわけのわからないことをしてみたり。触んな、ボケ!きもいきもいきもいきもい!きしょいつってんだろ!みたいな。もともとの口は相当悪いので。殺す!殺してやる!絶対に殺す!殺すから!みたいなことも叫んだし、死ね!今すぐ死ね!この、死ねよ!みたいな。普段はお淑やかにしているつもりだけど、流石にそうもいっていられないから。相当口汚くののしって暴れたけど、全然意味なんてなくて。優し気な手つきでいじられた。


 それでキスまでされて。必死に顔をそむけたのを無理矢理固定されて。ぎゅっと固く閉じた唇をぺろぺろなめまわされて。舌だけは入れられないよう必死に頑張って。舌は入れられたのかな。実はあんまり覚えていない。ただ、口の中に柔らかいものが入ってくる感覚は何故か生々しく理解できるから、入れられてしまったのかもしれないな、なんて。まるで恋人同士がするみたいに。頬も撫でられて。愛おしむように。かわいいね、みたいな言葉とともに。多分舌も入れられた気もする。なんか、口の中をなめまわされる感覚を覚えているし。なんで食いちぎらなかったんだろうとは思うけれど。何か言われたのかな。それともそれどころじゃなかったとか。そこについては覚えていないけど。


 このあたりからだいぶ記憶が怪しくなってきて。というのもだんだん空しくなってきて。どれだけやっても振りほどけるどころか、何の抵抗にもなってないし。必死に泣いて叫んで暴れたところで全然何にも変わらないし。あと怖いし。何発か殴られた気もするし。よく覚えていないけど。要は、無駄だなって思い始めて。率直に言って馬鹿みたいだなっていう。泣いている私も、暴れている私も。叫んでいる私だって。なんか全部馬鹿みたいだなっていう。どうせかないっこないのに。抵抗しているふりじゃん、みたいな感じ。演技で抵抗しているふりしてるだけなんだろ、みたいな。私は受け入れてません、みたいな。ちゃんとした家の子だから、みたいな。嘘つけって話なんだけど。かまととぶってるんじゃねーよ、みたいな。本当にいいとこの子ならとっくに舌を噛んで死んでるよ、みたいな。その勇気もない癖に、無駄な抵抗ばかりして。どうせ死ぬ気もなくて、勝てないんだったら諦めたら、みたいな。無駄な努力ご苦労様、というか。もう諦めなよ、諦めたら済む話でしょ、みたいな。


 あとは、信じてたのになっていうところもあって。親友だと思ってたんだけどな、みたいな。結構嫌いじゃなかったのに。一緒にいろいろやってきたんだけどなあ、というか。楽しかったんだけどな、みたいな。全部嘘だったんだ。映画館に一緒に行ったのも嘘。夏祭りを一緒に回ったのも嘘。一緒に勉強してきたのも全部嘘だったんだって。


 私が一人で信じて、盛り上がって。なんとなくこれからもずっと一緒にいられると思った挙句がこのざまか、みたいな。私たちは何にも変わんないのだろうなって。変わらずにいられるって信じてたんだけどな、みたいな。人を信じるからひどい目に遭うってよくわかってたのに。昔、スクールカウンセラーの先生を信じてひどい目に遭った時のように。人は信じるべきじゃないってずっと思ってたのに。また信じちゃったんだあ、っていう。馬鹿みたい。


 まあ、そんな馬鹿だなあって気持ちが押し寄せてきて。無駄だなあという気持ちと相まって、なんだか空しくなってきて。全部がもうどうでもいいやという気分になっちゃって。


 どうでもいいや、好きにしたら。そんな気分だけは未だによく覚えている。そのあと自ら抵抗を諦めたことも。押しのけようって動きもやめちゃって。泣くのも叫ぶのも飽きちゃって。すとん、と糸が切れちゃった感じ。その接続が切れる時の感覚もよく覚えている。全身から力が抜けて、操作を受け付けなくなったような感覚とかも。必死に押しのけようとしていた腕からも、くたりと力が抜けて。つっかえ棒を外すというか、ぽすんと床に落ちる感覚とかも。もう指一本すら自分の意志では動かせなくて。それこそ顔も。


 なんとなく天井を見上げてて。天井のライトのカバーのところどころに黒い影というか、塊みたいな汚れがあって。きったねーなと思ってたりして。虫でも死んでるんじゃないの、みたいな。乱れた髪の一部が、変な風に顔にかかっているのもわかっている。でもどうしても払いのける気にはなれなくて。口の中にも少しだけ入ってたりして。ああ、これが私の髪の毛。私の味なんだあとか、そんなつまらないことを考えていたことは覚えているんだけど。


 気分はもう、お人形さん。例えば腕を持ち上げて別の場所に動かしたら、何の抵抗もなく動くけど、自分では元の位置に戻らない。戻そうという気力がわかない、みたいな。だから、実は覚えているんだ。私を押さえつける力が弱まって、何なら手首の拘束が外れて。息を整えているような感覚とか。そのままスカートのホックが外されて、ずり下げられたというか、外された感覚。太ももの付け根が涼しくなる感覚も、なんとなく覚えている。それこそ、パンツがずらされて。ずりずり引っ張られて。股間を離れ、太ももをなぞり、膝を通って足首まで到達する一部始終を認識している。だから、私は逃げようと思えば逃げられたはずなんだ。なのに私は逃げなかった。それってもう、私が受け入れたようなものだよねっていう。最初は乱暴だったかもしれないけれど、もう合意してんじゃん、みたいな。


 だから、だから。抵抗しなかったんだよねっていう。入り口をなぞられても。触られても。舐められても抵抗しなかったんだよねっていう。何かぐにってしたものが這いまわっていることに気づいているくせに。やけに温かいぬめぬめしたものが這いまわっていることも気づいていたよね。だって毛、意外と薄いんだ。かわいいね。やっぱり自分で処理してんの、みたいな言葉を覚えているぐらいなんだから。気絶してたは言い訳にならないよってやつ。まぎれもなく意識もあって、知覚もしていたんだから。ただ、抵抗しなかっただけで。何も見えてなかったし何も感じてなかったってのも嘘だよね。いっぱいいろんなものを見ていた。天井の虫の影とかさ。本当に嫌なら抵抗したはずだもんねっていう。ほぐすような動きだってそう。


 彼がそういう動きをしてる最中ならいくらでも逃げられたはずだ。だってほぼ拘束なんてされていなかったんだから。そうだよね。実は感じてたのかな。狭いね、きついねとか言われたの覚えてるもんね。嬉しくなっちゃったのかな。初めて褒められて。気持ちよくなってたのかな、それとも。気持ち悪いね。覚えてるんでしょう。そういう器官に触れられた感覚も。ただ痛いだけだった。刺激が強いだけで痛いだけだった、なんて思ってるけど。本当かな。本当は気持ちよくてよがってたんじゃないの、なんて。そうじゃなきゃ濡れないはずだよ。湿ってきたって言われたの、忘れたの。


 よくさあ、乱暴されたときに身体が勝手に反応することがある、みたいな話あるじゃん。身体が反応してても感じているとは限らない、みたいな。あれってさあ、嘘だと思うんだ。世間の他の人はどうだか知らないけど、少なくとも私については嘘。ぜーったいに、嘘。嘘に決まってる。嘘じゃなきゃおかしい。合理的じゃない。要は私はあばずれなんだよ。無理矢理押し倒されて感じるようなど変態。救いようがないね、なんて。


 たくさんかわいいって言ってもらえたもんね。それで嬉しくなっちゃったんだ。女の子だね。写真でも撮ってもらえばよかったんじゃない。ひょっとしたら本当に撮られていたりしてね。知らないけれど。でもそれでもよかったんでしょう。抵抗しなかったっていうのはそういうことだ。抵抗しなかったんだったら写真に写っても構わないってことだ。よかったね、おめでとう。どこかのサイトにまだ残っているかもしれないね、なーんて。


 そしてそんな風に受け入れておきながら、いざ挿入されたらびったんびったん暴れるんだから困ったものだ、なんて。死んだマグロが生きたマグロになっちゃったっていう一発芸かな、みたいな。面白くないね、なんて。まあ、痛かったのは本当だけど。それこそ涙が無限にあとからあとから溢れてきて。つんざくような痛みというか、身を引き裂かれるような痛み。張り裂けそうな痛み。入らないところに無理矢理物をねじ込まれて、入るように作られていない部分が無理矢理押し広げられるような痛み。一突きごとに角度が変わって、痛みの質が変わるから、痛みに慣れることもできないってやつ。確かにあれは痛かった。二度と経験したくない痛みではある。衝動的に自分のお腹を深く刺した時も。事故に遭って骨を折った時も。後々自分を切り刻むようになった痛みも。全部違う。うまく言語化できない、あの独特な痛み。あの熱を持ったような痛みだけは二度と味わいたくないよねっていう。


 でもさあ、覚えているはずでしょう。普段は覚えていないふりして。自分の都合の悪いところは切り離して。それとも悲劇のヒロインぶりたいから忘れたふりをしているのかな、なんて。でもそんな卑怯な真似は許されないから。ちゃんと記録しないといけないから。たっぷりかわいいって言われたもんね。挿入されながら。胸も触られて。最後にはぎゅうっと折りたたむようにされながらさ。押し潰されるような感覚だって覚えているはずだ。その時もやっぱり抵抗はしなかった。嬉しかったのかな。かわいいって言われることがさ。最後は頭を抱きしめるようにされたもんね。頭撫でてもらう機会なんてないもんね。よしよしされながら挿入されるのが気持ちがよかったのかな、なーんて。頭をなでられてきしょいな、とか思ってたみたいだけど。どこまで本当かな。本当はこんな風になることを望んでいたんじゃないの、なんてね。


 どこかのタイミングで気が付いてさ。身体が動かせるようになって。もういいでしょって言って。身を起こして。内部の違和感がひどくて。指を突っ込んで掻き出そうとしたけれど、ねばねばしたのが絡みつくばかりで全然取れなかったこととか。そもそも突っ込むだけで飛び上がりそうなぐらい痛かったこととか。そうこうしているうちに内部から異物が垂れてきて。内太ももを垂れていく感覚が気持ち悪くて。とっさにお気に入りのハンカチで拭ってしまったのがとても嫌だったこととか。ふわふわのタオルハンカチで、クローバーの刺繡がかわいくて。何より手触りがいいから好きだったのに。もう使えないじゃん、みたいな。そんな思い出は確かに本当だよ。


 あとは制服もぐしゃぐしゃで、このまま洗濯に出したら怒られるな。ばれたら本当に「いなくなった」ことにされちゃうな。どこで何をしてるのかもわかんないし、そもそも生きているのか死んでいるのかすら誰も知らない、みたいな。それは嫌だなって思っていたことも本当。あとは垂れてきたやつの一部がパンツのクロッチについちゃって。しみ込んだというべきか。最悪って思って。拭わないとしみになっちゃうじゃんと思ったけど、拭くものがなかったから。彼からティッシュをもらって。その時の彼がどことなく挙動不審というか、落ち着きのなかったこととかはよく覚えているし、それに対して、なんだこいつ、気持ち悪いなって思ったことも本当。


 私の身体がひどく匂う気がして。このまま電車に乗ったら明らかに事後じゃん。変態だと思われちゃう、って心配して。何とかにおいを消せないかなって頑張ってみたことも本当。


 でもさ、私は一個嘘をついているよねっていう。じゃあさ、なんで私は最後に身を起こすとき、うつ伏せから立ち上がったのかなって。口の中の毛は、本当に私のものだけなのかな、とかさ。他に色々、ね。詳しくは言わないよ。吐き気がするから。でも要は、そういうことだよねっていう。私は結局受け入れたんだよねっていう。最初がどうかなんて関係ない。求められるがままに動いているのなら、あるいは抵抗しなかったのなら。それは合意になるんだよって。やっぱりそれはかわいいって言われたかったからなのかな。


 でも、私はそれを一生許さない。何があっても許さない。許されていいことじゃない。秘密が明るみになった日が私の終わり。私の「いなくなる」日。死んだといううわさも聞かないし、生きているといううわさも聞かない。いつか辿り着く先は良くて集団墓地の無縁仏。まあ、そういう未来。それは避けたいから。この秘密は墓場まで守り通す。


 だからといって許すわけではないけれど。汚された私も許せないけれど、汚したあいつも許さない。両親のことも許せない。八つ当たりかもしれないけれど。受けた恩も大きいのにこんなことを言うのは恩知らずにして、恥知らずかもしれないけれど。そんなことはどうでもいいし、関係がない。興味もない。実家があと少し。あと少しだけでも居心地が良ければ。私はこんな目に遭わなかったんだ。こんな訳の分からない思いを抱えなくてもよかったんだ。そんなに私のことが嫌いなんだったら、初めから施設にでも預けてくれればよかったのに。私はあんな二人の元で育つぐらいだったら、よっぽど施設で育ちたかった。


 私だって。私だって。もう少しまともに。人間みたいに生きていけたかもしれないのに。私だってまともな人間らしく生きていきたかったのに。今は、もう。全部めちゃくちゃ。全部むちゃくちゃ。もう、取り返しなんてつかない。取り返しなんて、つくわけがない。だって、もう。全部終わった話だから。全部終わってしまったお話なんだから。ぜんぶ、もう、おしまい。終わった話だから前になんて進めない。前になんて進める訳がない。私は前にも後ろにも進めない。人間失格にして欠陥製品。それが、私。そんなことは分かっている。そんなことは分かりきっている。それはもう、いい。いや、よくはないけど。もう、いい。それは仕方がないってことだって分かっているから。それは仕方がないことだって分かりきっているから。だから、もう、いい。


 だけど。だけど。だからといって。あなたたちが前に進めるのは許せない。ずるい。ずるいよ。あんまりだ。私をこんなにしておいて。私をこんなめちゃくちゃにしておいて。私の人生めちゃくちゃにしておいて。何も無かったことになんて、させてあげない。私はいつか追いついてみせる。いつかきっと、追いついてやる。どんな手段を使っても。どんな方法を用いても。手足が千切れようと関係ない。それがきっと、私の生きる道。


 そう、思ってしまうから。この思いは捨てられない。この思いは捨てきれない。そんなこと思うべきでないと思っていても。そんなこと考えるべきでもないと考えていても。いつの間にかふつふつ燃えたぎっている。いつの間にか帰ってくる。この気持ちだけは、紛れもない本物だから。八つ当たりに過ぎないってことも、分かりすぎるぐらい分かりきってはいるけれど。もう、今更止まれない。止まる道なんて残ってないんだから。私は、こうでもしなきゃ前に進むことなんてできやしないんだ、なんて。


 だから。だから。いつかきっと、破滅させてやる。幸せの絶頂から地獄へと叩き落としてやる。どうして?って顔をする耳元で囁いてあげる。私にしたこと、忘れちゃいました?って。だけど、それはまだ、今じゃない。今じゃないから胸の内にしまっておく。だからといって、一人で抱えきれるものではないから。どこかへ流すしかない。


 でも、まさか幼馴染のあの子にそんな気持ちをありのままに教える訳にはいかないから。間違っても汚い女だと思われたくない。汚い女だと見下されたくはない。もちろんあの子はそんなことはしないだろうけど。私はあの子の中でぐらい綺麗なままでいたい。乱暴されたことは教えてあげる。汚された経緯も内容も教えてあげる。もういいよって言うぐらい。根掘り葉掘り教えてあげる。もうやめて、もうよしなよって言われるぐらい教えてあげる。でも本当のことは教えてあげない。本当のことは教えられない。本当の気持ちも教えられない。本当の気持ちも教えてあげない。あの子を汚すことになるから。あの子を穢してしまうことになるから。あの子は私の光。私にとってのお星様。私にとっての一番星。あの子だけは綺麗であればいい。私の汚いところなんて、見せてあげない。私の汚いところも教えてあげない。あの子だけはずっと綺麗なままのあの子でいて、なんて。あの子には本当のことを思い出す勇気をもらったから。ただ、それだけでいい。


 王様の耳はロバの耳、なんて。風が吹いてそんな言葉が漏れるのは困るけど。私にとっての風は「かわいい」って言葉。だから私はかわいいって言われたくない。言ってほしくない。何が漏れ出すか、分からないから。


 だから私はいっつも思っている。どうか、お願いだから。かわいいなんて、言わないでって。







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