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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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その日、龍の鱗はしとしと降りました。

作者: 龍樹 薫
掲載日:2026/08/10

村娘に恋をした、ある龍のお話。




ある村に住む農家の娘が、裏山の森の中で傷を負った龍を見つけました。


傷口をみてみると鱗が剥がれているようで、傍らに一片の鱗が落ちていました。


娘は、傷の手当をするため龍に近づいていきました。


「私に近寄るな。その鱗にも近づくな。お守りだとか言って、私の鱗を盗むつもりだな?」


龍は娘を睨みつけ、力のない声で言いました。


娘は首を横に振ります。


「いいえ、龍神さま。決してあなた様の鱗を盗んだりいたしません。私はただ、あなた様の傷を手当したいだけなのです。」


その言葉を聞いた龍は、自分を見て怖がる様子がない娘に戸惑いながらも、傷の手当を許しました。


剥がれた鱗は無事にもとに戻って、龍はたいそう満足しました。


「人間は欲深い生き物だが、鱗を盗まない者もいるのだな。そなたに感謝する。お礼に、願いをひとつ叶えよう。」


龍はうやうやしく、娘にこうべを垂れました。


「願いを叶えていただけるなんて、どれほどありがたいことでしょう。しかし、今の私には龍神さまに願うほどの大切な願いがございません。また今度でもいいですか?」


娘の答えに、龍はゆっくりと、滋味深く頷きました。


「無欲な娘とは珍しい。では、また来るとしよう。」




そうして龍は、この村の近くを通りがかる時にはかならず、森へ寄り道をして、たびたび娘と話をしました。


ぼーっとして過ごしたり、うっかりうたた寝をしてしまうと、ついつい50年ほど時間が経ってしまうなんてことも、龍の世界ではよくあることです。


ですから龍は、太陽が7回、森のてっぺんに来たときに、娘に会いに行きました。


龍は、人間の生命が龍の生命よりはるかに短く、儚いものだと知っていたのです。


言葉を交わすうち、娘と龍の間には友情がうまれました。


そしてまた月日が経って、いつしか友情は愛情へと変わっていきました。


龍は、娘へ問い続けました。


叶えたい願いは見つかったか、と。


娘は毎回、


「あいにくまだ見つからないのです。願いが見つかるまで、大切にとっておきます。」


と、にっこり笑って答えます。


龍は、願いをひとつ叶える、と言ったことを後悔しました。


どこまでも無欲で、大好きな娘の願いならば、いくらでも叶えてあげたくなったのです。




そんなやり取りを繰り返しているうち、娘が流行病にかかってしまいました。


床に伏せって、なかなか森までやってくることもできません。


龍も、村へ近づくことはできませんでした。


里へ下りれば、多くの人を怖がらせてしまいます。


そして多くの場合、自分が人間から敵意を向けられ、獲物として見られることも知っていました。


娘がやっとの思いで森へやってきたとき、その身体は見る影もなくやせ細ってボロボロになっていました。


「龍神さま、今日は大切な願いがあって、ここへきたのです。どうか、私の願いを叶えてくださいませ。」


娘には、もはや幾ばくの時間も残されていません。


龍はまくし立てるように早口で、娘に言いました。


「待ちくたびれたぞ、早く言ってくれ。その身体の病など、そなたが願えばすぐに治そう。」


龍のその言葉に、娘はゆっくりと、首を横に振りました。


「いいえ、龍神さま。私の願いは、この身体の病を治すことではございません。」


娘の力ない言葉に、龍はがっくり肩を落としました。


「私の願いは、この流行病にかかって苦しむ村の人たちの生命を救うことです。子供たちや、大切な人たちが、元気に笑って暮らせるようになってほしいのです。」


息も絶え絶えに、娘は言いました。


「本当は、もっと前に願いを申し上げるつもりでした。けれども、龍神さまを知れば知るほど、話せば話すほどまた会いたくなりました。」


龍は何度もうなづいて、娘を見つめました。


龍も、娘と同じ気持ちでした。


「私のわがままで、何度もここへ足を運ばせてしまいました。私に会いに来てくださるのが、なによりも嬉しかったのです。」


そう言った娘の背中に、龍はそっと、優しく鱗を寄せました。


「龍神さまに出会えて、私はとても幸せでした。先に行って、天国で待っていますね。」


龍は必死に首を横に振りましたが、娘は、龍に微笑みかけ、その一生を終えました。






龍は、夜がきても朝がきても泣きました。


たくさん、たくさん泣きました。


もう出てこないと思っても、あとからあとから、涙が溢れてきました。


龍は、娘が大好きでした。


娘がとても大切でした。






その日、龍の鱗はしとしと降りました。


村の端から端まで、一日中降りました。


龍の鱗は、草花にまばゆい輝きを、田畑にみずみずしい潤いを、そして、人に生命の息吹をもたらしました。




やがて日が暮れるころ、龍の身体にのこった鱗は、たった1枚になりました。


今の龍には、自分の鱗がなくなるよりも、娘を失って大きな穴が空いた心の方がずっと痛みました。


「すぐに会いに行くから、きっと、待っていてくれ。」


龍が呟いて、最後の鱗が村へ降っていきました。


龍のからだも、龍のなみだも、きらきらした光の粒になって、夕焼け空の向こうへ消えていきました。




最後まで読んでくださりありがとうございます。

※noteにも掲載しています。


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また、短編や短歌も投稿しますので、ぜひそちらもお楽しみください。

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その他、『オートクチュール・シンデレラ』も連載中です。

週1投稿を目標に、マイペースに更新予定ですので、

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