その日、龍の鱗はしとしと降りました。
村娘に恋をした、ある龍のお話。
ある村に住む農家の娘が、裏山の森の中で傷を負った龍を見つけました。
傷口をみてみると鱗が剥がれているようで、傍らに一片の鱗が落ちていました。
娘は、傷の手当をするため龍に近づいていきました。
「私に近寄るな。その鱗にも近づくな。お守りだとか言って、私の鱗を盗むつもりだな?」
龍は娘を睨みつけ、力のない声で言いました。
娘は首を横に振ります。
「いいえ、龍神さま。決してあなた様の鱗を盗んだりいたしません。私はただ、あなた様の傷を手当したいだけなのです。」
その言葉を聞いた龍は、自分を見て怖がる様子がない娘に戸惑いながらも、傷の手当を許しました。
剥がれた鱗は無事にもとに戻って、龍はたいそう満足しました。
「人間は欲深い生き物だが、鱗を盗まない者もいるのだな。そなたに感謝する。お礼に、願いをひとつ叶えよう。」
龍はうやうやしく、娘にこうべを垂れました。
「願いを叶えていただけるなんて、どれほどありがたいことでしょう。しかし、今の私には龍神さまに願うほどの大切な願いがございません。また今度でもいいですか?」
娘の答えに、龍はゆっくりと、滋味深く頷きました。
「無欲な娘とは珍しい。では、また来るとしよう。」
そうして龍は、この村の近くを通りがかる時にはかならず、森へ寄り道をして、たびたび娘と話をしました。
ぼーっとして過ごしたり、うっかりうたた寝をしてしまうと、ついつい50年ほど時間が経ってしまうなんてことも、龍の世界ではよくあることです。
ですから龍は、太陽が7回、森のてっぺんに来たときに、娘に会いに行きました。
龍は、人間の生命が龍の生命よりはるかに短く、儚いものだと知っていたのです。
言葉を交わすうち、娘と龍の間には友情がうまれました。
そしてまた月日が経って、いつしか友情は愛情へと変わっていきました。
龍は、娘へ問い続けました。
叶えたい願いは見つかったか、と。
娘は毎回、
「あいにくまだ見つからないのです。願いが見つかるまで、大切にとっておきます。」
と、にっこり笑って答えます。
龍は、願いをひとつ叶える、と言ったことを後悔しました。
どこまでも無欲で、大好きな娘の願いならば、いくらでも叶えてあげたくなったのです。
そんなやり取りを繰り返しているうち、娘が流行病にかかってしまいました。
床に伏せって、なかなか森までやってくることもできません。
龍も、村へ近づくことはできませんでした。
里へ下りれば、多くの人を怖がらせてしまいます。
そして多くの場合、自分が人間から敵意を向けられ、獲物として見られることも知っていました。
娘がやっとの思いで森へやってきたとき、その身体は見る影もなくやせ細ってボロボロになっていました。
「龍神さま、今日は大切な願いがあって、ここへきたのです。どうか、私の願いを叶えてくださいませ。」
娘には、もはや幾ばくの時間も残されていません。
龍はまくし立てるように早口で、娘に言いました。
「待ちくたびれたぞ、早く言ってくれ。その身体の病など、そなたが願えばすぐに治そう。」
龍のその言葉に、娘はゆっくりと、首を横に振りました。
「いいえ、龍神さま。私の願いは、この身体の病を治すことではございません。」
娘の力ない言葉に、龍はがっくり肩を落としました。
「私の願いは、この流行病にかかって苦しむ村の人たちの生命を救うことです。子供たちや、大切な人たちが、元気に笑って暮らせるようになってほしいのです。」
息も絶え絶えに、娘は言いました。
「本当は、もっと前に願いを申し上げるつもりでした。けれども、龍神さまを知れば知るほど、話せば話すほどまた会いたくなりました。」
龍は何度もうなづいて、娘を見つめました。
龍も、娘と同じ気持ちでした。
「私のわがままで、何度もここへ足を運ばせてしまいました。私に会いに来てくださるのが、なによりも嬉しかったのです。」
そう言った娘の背中に、龍はそっと、優しく鱗を寄せました。
「龍神さまに出会えて、私はとても幸せでした。先に行って、天国で待っていますね。」
龍は必死に首を横に振りましたが、娘は、龍に微笑みかけ、その一生を終えました。
龍は、夜がきても朝がきても泣きました。
たくさん、たくさん泣きました。
もう出てこないと思っても、あとからあとから、涙が溢れてきました。
龍は、娘が大好きでした。
娘がとても大切でした。
その日、龍の鱗はしとしと降りました。
村の端から端まで、一日中降りました。
龍の鱗は、草花にまばゆい輝きを、田畑にみずみずしい潤いを、そして、人に生命の息吹をもたらしました。
やがて日が暮れるころ、龍の身体にのこった鱗は、たった1枚になりました。
今の龍には、自分の鱗がなくなるよりも、娘を失って大きな穴が空いた心の方がずっと痛みました。
「すぐに会いに行くから、きっと、待っていてくれ。」
龍が呟いて、最後の鱗が村へ降っていきました。
龍のからだも、龍のなみだも、きらきらした光の粒になって、夕焼け空の向こうへ消えていきました。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
※noteにも掲載しています。
楽しんでいただけましたら、ブックマーク・評価・いいね・感想・☆などで応援していただけると励みになります。
また、短編や短歌も投稿しますので、ぜひそちらもお楽しみください。
https://mypage.syosetu.com/3091622/
その他、『オートクチュール・シンデレラ』も連載中です。
週1投稿を目標に、マイペースに更新予定ですので、
ぜひこちらもチェックしていただけると嬉しいです。
https://ncode.syosetu.com/n3774mk/




