3.試験、なのか?
死んだ――。
いや、正確には死んだような感覚だった。
これが……殺気か。
背筋が凍りつく。
呼吸が浅くなり、体が本能的に動くことを拒んでいる。
(……重い)
空気そのものが重くなったようだった。
(これほどの殺気か……)
まだ子どもの体だ。
それでも、精神は前世のまま。
だからこそ、なんとか立っていられる。
(試験……クリアできるかな)
キシンさんに連れて来られたのは、タイシンアンレン山脈の奥だった。
街道を外れると、この山では魔素の濃度が急激に高くなる。
その影響で野生動物は凶暴化し、やがて魔物になる。
普通の人間なら、まず足を踏み入れない場所だ。
だが、この山の中には不思議な場所があった。
木々に囲まれた、ぽっかりと開いた平地。
すぐそばには滝があり、水しぶきが霧のように舞っている。
陽の光が水面に反射し、まるで幻想画のような景色を作り出していた。
キシンさんはその中央まで歩くと、懐から魔石を取り出した。
それを地面に置き、短く呟く。
すると、淡い光が広がり、周囲を包み込んだ。
「簡易結界だ。」
キシンさんは淡々と言った。
「これがあれば、魔物はまず寄ってこない。
野生動物も警戒して近づかん。」
そして、こちらを見下ろす。
「安心してやれ。」
……安心できる要素が見当たらない。
「それで……何をすればいいのでしょうか?」
俺が聞くと、キシンさんは答えた。
「簡単だ。」
短く言う。
「儂に触れろ。」
その瞬間――
空気が変わった。
ドンッ。
大量の殺気が解き放たれる。
まるで見えない波が押し寄せてくるようだった。
(うわ……)
心臓が強く脈打つ。
(精神年齢がオッサンの俺だから耐えられるけど……)
普通の子どもなら、とっくに泣き出しているだろう。
しかもこれは――
本気の殺気だ。
「他の人には絶対やるなよ……」
思わず言ってしまう。
キシンさんの眉がわずかに動いた。
「ほう。」
「自分の心配ではなく、他人の心配か。」
口元がわずかに歪む。
「甘いな。」
俺は肩をすくめる。
「でも、触れればいいんですよね?」
キシンさんは小さく笑った。
「できればな。」
――その瞬間。
俺は地面を蹴った。
全速力。
風を切るように走る。
距離は十数メートル。
子どもの体でも、全力ならすぐだ。
一歩、二歩、三歩。
みるみる距離が縮まる。
(殺気が強くなってる……)
それでもキシンさんは動かない。
避ける様子すらない。
(いける……!)
あと一歩。
手を伸ばせば届く。
そのときだった。
体が、強制的に右へ傾いた。
「え!?」
視界がぶれる。
そして――
目の前に。
キシンさんがいた。
(見えなかった……!?)
理解するより早く、
(止まらない!)
ドンッ!!
俺は走っていた勢いのまま、キシンさんにぶつかった。
衝撃が全身を走る。
地面に転びそうになるのを必死でこらえる。
体中が痛い。
それでも顔を上げた。
「キシンさん、大丈夫ですか?」
キシンさんは軽く服を払った。
「……相変わらず甘いな。」
低い声で言う。
「戦いでは、その甘さが命取りになる。」
俺は少し考えた。
そして言った。
「でも、味方にはいいでしょう。」
キシンさんは黙る。
数秒の沈黙。
やがて、静かに言った。
「戦いとはな。」
「味方の犠牲の上に成り立つこともある。」
空気が重くなる。
「時には味方を捨てる勇気。
そして、捨てられる覚悟も必要だ。」
鋭い視線がこちらに向く。
「本気で剣術を学ぶなら、それを理解しろ。」
俺は深く息を吸った。
「はい。」
そして言う。
「だからこそ、剣術を習いたいんです。」
キシンさんの目がわずかに細くなる。
「味方の足を引っ張りたくない。」
「自分を守れる力も欲しい。」
頭を下げた。
「お願いします。」
沈黙。
やがてキシンさんが言う。
「修行は厳しいぞ。」
俺は即答した。
「はい。」
キシンさんは小さく頷いた。
「……いいだろう。」
こうして俺は――
キシン先生の弟子になった。
……もっとも。
その修行が、想像以上の地獄だったことを知るのは、もう少し後の話だ。




