優しい魔族様(前編)
異世界に落とされたみゆは、社畜魂でなんとか生き伸びていた。
仕事も順調で世界に慣れてきた矢先、事件が起こる。
赤い月が西に傾いているころ、町の一角だけ多くのランタンがぶら下がり、一際賑やかな店があった。
この時間帯は本来、魔族が活動する時間だから人間は外に出てはいけない。
しかし、一部のエリアでは人間が外出しても良い。
―という契約がある。はるか昔に人間の皇帝が魔族の王?だか何かと結んだらしい。
「ミュー!こっちに来い、オレの部下が来てるんだ!」
そう言って”ゾンビ”は酒樽を片手に抱え、ガハガハと笑った。
―うーーーわっ。
あいつ酒癖悪いから相手したくないんだよなあ…。酒飲んでなくても性格悪いけど。
「え~、お兄さんたち逞しい~!」
多くのチップをもらうために今日もきれいな笑顔を張り付けて接客する。
ゾンビがべたべたと太ももを撫でてくるが、こんなものもう慣れた。
ちなみに”ゾンビ”は私がつけたあだ名だ。
性根の腐った人間だから。
私はミュー。…という名前で今はメイドをしている。
まあ、こちらの世界では男尊女卑がかつて見たことが無いほどに蔓延っているから、
メイドと言っても実質は酒場で働く奴隷みたいなものだけど。
元いた世界では坂本みゆ。「会計士」という、こちらの世界にあったとしたら女の人が就くなんて到底許されないような職業をやっていた。
そもそも女の子は勉強もさせてもらえないみたいだしね。
あらゆる欲を我慢し2年近く死ぬほど勉強してやっと国家試験に受かったと思いきや、会計士協会様が独自に最終試験をご丁寧に拵え、さらに3年間の補修もあるらしい。
まだ禁欲が続くんかいと思った上に仕事がそれはもうブラックで、同じくゾンビみたいなクソ上司がゴロゴロいたし、試験合格後も絶望だった。
私も慢性睡眠不足と日々のプレッシャーの中で見た目はゾンビだったんだけど。。。
試験合格の喜びもすぐに錆び、生きる屍、社会の歯車となり果てていた矢先の、
終電を待っている時だった。
ぼーっと線路を眺めていたら、ふっと意識が飛んでしまったのだ。
そのまま吸い込まれるように線路へ落ち、気が付いたときにはこの明治時代みたいな街並みの世界に落ちていた。
あのまま生きていてもきっといい人生とは思えなかっただろうから、神様が強制的に新しいチャンスをくださったんだろうか。
育ててくれたおじさんとおばさんには心配かけちゃうな…。
そんなこんなで、男尊女卑の世界で女一人で歩いてたもんだから危ない目に遭いそうになっていたところ、たまたまザァッと強い風が吹き強い霧が立ち込めてきて、その隙に明かりを頼りに走って走って、、このお店「寧々」の女将に助けられたのだ。
根性はある方だから、恩返しもお金稼ぎも兼ねて必死にかれこれ8か月働かせてもらっている。
売上も320人中12位まで上り詰めたし、今は上客が集まる部屋の担当となっている。
この世界の女の子みたいに大人しくない私だけど、それが個性として一部の層で人気らしい。
「それで無様な顔のオークがな…ガハハハッ…」
―あ、今日もいらっしゃる。
グレーの瞳のおじ様だ。
あの方はいつも窓際の席で、物思いに耽っている。名付けて憂イケオジ。
ほかのメイド仲間は「何を考えているのかわからない」「不気味」と言って敬遠しているが、男尊女卑の世界では珍しく口調も丁寧で品があるから好きなんだけどなあ。
「…おいっ!!どこ見てやがる!」
バチンッとゾンビに頬を叩かれる。
誰も何事もなかったかのような顔だ。酒場でメイドが叩かれたとて、何も問題がないのだ。
「ごめんなさいっ。あまりのかっこよさに色々想像しちゃってました!」
と照れるふりとともに満面の笑みを作る。
「そうか、じゃあ仕方ねえな。…今ここでお望みどおりにしてやろうか」
ゾンビがニヤニヤしながら私の腕をつかむ。
爪の先に何か黒いものが詰まった、歪な形の長い爪が肌に食い込んで痛い。
―キモいキモい。キモ過ぎる。
「いや~、今日お仕事忙しいから…」
「ああん!?お前1人いなくなったところで誰も気にしやしねえよ、なあ!ガハハハッ。
よし、お前らも一緒に、なあ。」
「兄貴!あざやす!」
わらわらとゾンビとその手下が立ち上がり、あっという間に私の存在なんて見えなくなった。
―みゆ、詰みました。
馬鹿みたいに勉強頑張っただけだったんだけどな…恋もしてなかったんだけどな…。
腐っても上客だ。
私はお店に迷惑をかけないよう、できるだけ平穏に終えようと心を無にし、笑顔を張り付けた。
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