第25話:雪原を染める赤と、暴走する守護者
「俺のツレに……何してくれてんだ、あぁ?」
左肩に光の矢を突き刺したまま、グレンが低く唸る。 その全身から噴き出すどす黒い闘気が、吹雪すら弾き飛ばしていた。 痛みなど感じていないかのように、彼は大剣を片手で――まるで枯れ木でも振るうかのように軽々と持ち上げた。
「ひっ……!」 目の前にいた騎士が、本能的な恐怖にたじろぐ。 だが、遅い。
ドゴォォン!!
剣閃は見えなかった。 響いたのは、金属がひしゃげ、肉と骨が同時に砕ける湿った破砕音だけ。 フルプレートの騎士が、鎧ごと上半身を「破裂」させられ、ボールのように雪原を転がっていく。
「一人目」 グレンが一歩踏み出す。 雪が赤く染まる。
「怯むな! 奴は手負いだ! 包囲して串刺しにしろ!」 リーダー格の弓使いが叫び、次なる矢をつがえる。 後衛の魔術師たちも、対魔法障壁を維持しつつ、グレンの足元を狙って拘束魔術を放とうとする。
(……厄介だな。グレン一人に集中砲火されたら、流石に持たない)
イリスは瞬時に盤面を解析した。 魔力封じの結界がある限り、イリスの強力な攻撃魔法は使えない。 ならば、魔法を使わずに「物理」で殺す。
イリスは懐から、数本の試験管を取り出した。 中に入っているのは、可燃性の錬金液と、凝縮された閃光粉。
「グレン! 目を閉じろ!」 イリスが叫ぶと同時に、試験管を敵陣の中央――魔術師たちの足元へ投げつけた。
カアンッ! 試験管が割れる。
「――『化学反応』」
カッッッ!!
雪原に、太陽が堕ちたような白い閃光が炸裂した。 純粋な化学反応によるマグネシウムの閃光と、鼓膜を破る爆音。魔法防御など関係ない。物理的な光と音の暴力だ。
「ぐあぁぁぁっ! 目が、目があぁっ!」 魔術師たちが杖を取り落とし、顔を覆ってのた打ち回る。 集中が切れ、対魔法障壁が霧散した。
「ナイスだ、相棒ッ!」 視界を奪われた敵の中で、目を閉じていたグレンだけが動いた。 彼は獣の勘で敵の位置を把握していた。
ブンッ! 大剣が唸りを上げる。 一振りで二人。 混乱する魔術師たちの胴体が、紙切れのように薙ぎ払われる。
「ば、化け物め……!」 ただ一人残った弓使いが、震える手で矢を放とうとする。 だが、その照準は定まらない。グレンの接近速度が異常すぎるのだ。
「遅ぇよ」
グレンは弓使いの目の前に躍り出ると、大剣を捨てた。 そして、その巨大な掌で、弓使いの顔面を鷲掴みにする。
「がっ……!?」 「痛み分けだ。……テメェも味わえ」
グレンはそのまま、弓使いの後頭部を、近くの岩壁に叩きつけた。 ズガンッ! 岩が砕け、弓使いの身体が力なく崩れ落ちる。
静寂が戻る。 わずか数分の出来事。 雪原には、五つの死体と、赤黒い血の海だけが残された。
「……ふぅ」 グレンが大きく息を吐き、膝をついた。 アドレナリンが切れ、痛覚が戻ってきたのだろう。左肩の傷口から、白い煙が上がり始めている。
「グレン!」 イリスが駆け寄る。 「……へっ、見たかよイリス。全滅させてやったぜ」 グレンは脂汗を流しながら、ニカっと笑ってみせた。 「無茶しやがって……! この傷、ただの矢傷じゃないぞ!」
傷口が焼けるように熱い。 聖属性の呪いだ。放っておけば、確実に腕を失う。
「……アル! 馬を外して荷物を持て! 近くの洞窟に退避するぞ!」 イリスは指示を飛ばし、グレンの巨体を肩で支えた。 「しっかりしろ、筋肉ダルマ! ここで死んだら承知しないぞ!」 「……うるせぇな、話が重いんだよ聖女様よぉ……」
二人は血の跡を引きずりながら、吹雪を避ける岩場の洞窟へと滑り込んだ。 ここからが、別の意味での戦い――命を繋ぐための、濃厚な「手当て」の時間だった。
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