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TS聖女の皮を被った怪物は、処刑台で愛を嘲笑う。~俺を殺そうとした世界だから、救う義理など微塵もない~  作者: かげるい


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第22話:小さな追跡者と、禁忌の欠片

翌朝。  城塞都市バルドは、重く垂れ込めた鉛色の雲に押しつぶされそうだった。  北から吹き付ける風には、湿った土の匂いと、冬の到来を告げる鋭い冷気が混じっている。


 街の北門近く、人気の少ない路肩に、一台の荷馬車が停まっていた。  外見は使い古された行商用の馬車だが、その車輪や車軸には、昨夜のうちにイリスが施した錬金術による強化エンチャントが鈍く輝いている。  サスペンションの強化、幌の防寒・防音加工、そして空間拡張。  中身は、移動する要塞といっても過言ではない。


「……よし。車軸の歪み修正、完了だ」  イリスは手袋を嵌め直し、白い息を吐いた。  フードの下の顔は、昨夜の襲撃の疲れも見せず、職人のように冷徹だ。 「グレン、馬の調子はどうだ?」


「最高だぜ。この国の軍馬は足腰が強ぇ」  御者台で手綱を握るグレンが、愛馬の首筋を叩きながらニヤリと笑う。 「食料も水も満載だ。……これなら、たとえドラゴンの巣だろうが駆け抜けられる」


「逃げるんじゃない。素材カモにするんだよ」  イリスは馬車のステップに足をかけ、北の空を睨みつけた。  この先は、人間の生存領域を外れる「魔境」だ。  だが、今の二人には恐怖よりも、世界の核心に迫る高揚感の方が勝っていた。


「行くぞ。……長居しすぎると、昨日の『白銀の救済会』の騒ぎが露見する。騎士団が嗅ぎ回る前にずらかる」 「了解だ、ボス」


 グレンが手綱を振るい、馬車が動き出そうとした――その時だった。


「――待って! 置いてかないでくれぇッ!!」


 背後から、悲鳴のような子供の声が響いた。  雑踏を切り裂くその声に、イリスは眉をひそめて振り返る。


 息を切らし、泥を跳ね上げながら走ってくる小さな人影。  あの日、地下牢から逃がした子供たちの一人――十歳くらいの少年だった。  ボロボロの服は泥まみれで、裸足の足からは血が滲んでいる。必死の形相で、馬車の後を追ってきていたのだ。


「……チッ。面倒なのが来たな」  イリスは舌打ちをし、馬車を止めさせた。  少年は馬車の車輪にしがみつくようにして追いつき、荒い呼吸を繰り返している。


「……何の用だ?」  イリスは御者台から冷たく見下ろした。  その視線に慈悲はない。 「手切れ金なら渡したはずだ。これ以上の保護を求めるなら、教会の孤児院へ行け。俺たちは慈善事業家じゃない」


「違う! ……はぁ、はぁ……取引だ!」  少年は涙目で、けれど必死にイリスを睨み返した。その瞳には、恐怖よりも強い、生き残るための「覚悟」が宿っていた。


「俺、とんでもない物を盗んじゃったんだ。……これを持ってる限り、どこに逃げても殺される。街の衛兵も、教会の連中も、みんなグルだ!」  少年は震える手で懐を探り、薄汚れた布の包みを取り出した。


「……盗品だと?」  イリスの目がスッと細められる。 「地下牢の一番奥……あの豚司祭が『神の鍵』だって呼んで隠してた金庫から、盗んだんだ。……これ、あげるから! だから連れてってくれ!」


 少年が布を開く。  そこにあったのは、一見すると何の変哲もない**「黒い石板」**だった。


 大きさは掌ほど。厚さは数ミリしかない。  宝石のようでもあり、黒曜石のようでもある。光を一切反射しない、底知れない漆黒の板。  ただの瓦礫にも見える。  だが、イリスの目が釘付けになったのは、その表面から漂う「気配」だった。


「……ッ!?」


 イリスの心臓が早鐘を打った。  肌が粟立つ。  元・システムエンジニアとしての知識が、そして「転生者」としての魂が、警鐘を鳴らしていた。


 この石板から漂う魔力の波長。  それは、この世界のエリュシオン語でも、古代語でもない。  もっと根本的に異質な――イリス自身の魂と同じ、「異世界」の匂いがしたのだ。


「……おい、イリス。なんだそれ? ただの石ころか?」  グレンが怪訝そうに覗き込む。


「黙ってろ」  イリスは馬車から飛び降り、少年の前に歩み寄った。  手袋を外し、素手でその石板へと手を伸ばす。  指先が、冷たい表面に触れた瞬間。


 ――ドクン。


 石板が脈動した。  まるで、持ち主の帰還を喜ぶように。あるいは、長い眠りから覚めた獣のように。  冷たかった表面が一気に熱を帯び、内側から滲み出すように、ぼんやりとした**「赤い光」**が灯った。


 それは魔術的な光ではない。  血を流すように、文字が浮かび上がってくる。


「……あ……」


 イリスの唇が震えた。  喉が引きつり、言葉が出ない。  そこに浮かんだのは、見慣れた、けれどこの過酷な異世界ですっかり忘れていた、故郷の文字。


 『同胞へ』


 エリュシオン文字ではない。  漢字だった。  間違いなく、日本語だった。


 その三文字を見た瞬間、イリスの脳裏に、かつての記憶がフラッシュバックした。  コンクリートのビル群。コンビニの電子音。満員電車。平和で、退屈で、けれど安全だった日本の風景。  それが、雪原の寒風の中で、強烈な違和感と共に胸を締め付けた。


(……先輩(同郷者)の遺物か)


 イリスは直感した。  これは、かつてこの世界に呼ばれ、そして死んでいった誰かが、魔力と執念で焼き付けたメッセージだと。  ただのアイテムではない。世界の根幹に関わる、時限爆弾だ。


「……これ、何て書いてあるの? 文字が、動いてる……」  少年が怯えたように呟く。彼には、ただの不気味な模様にしか見えていないようだ。


「……名前は?」  イリスは石板から目を離さず、低く問うた。 「え? ……あ、アル」 「そうか、アル」


 イリスは石板を丁寧に布で包み直し、自らの懐――心臓に近い場所へしまった。  この石板をここに捨てていくわけにはいかない。  そして、これを持ってきた少年を見捨てることも、もはやできなかった。


「取引成立だ」  イリスは顔を上げ、馬車の荷台を顎でしゃくった。 「乗れ。……ただし、お客様扱いはしない。飯代分は働いてもらうし、足手まといになったら即座に捨てる。……いいな?」


「う、うん! 絶対、役に立つから!」  アルの顔がパァッと明るくなり、泥だらけの顔を袖で乱暴に拭った。


「いいのか、イリス?」  グレンが呆れたように肩をすくめる。 「ガキ一人増えれば、食い扶持も減るぞ。それに、厄介ごとの種だろ、それ」


「厄介ごと上等だ」  イリスはニヤリと笑った。  その笑みは、聖女の慈愛など欠片もない。未知のバグを前にしたエンジニアのような、鋭く、危険な光を宿していた。


「この石板……どうやら俺の『故郷』を知っているらしい。……面白くなってきたじゃないか」


 イリスが荷台に乗り込むと、グレンは「やれやれ」とため息をつきつつ、アルの首根っこを猫のように掴んで荷台に放り込んだ。


「しっかり掴まってろよ、坊主! 舌噛むぞ!」


 鞭が空を切り、馬がいななく。  車輪が回転し、馬車が北へと走り出す。


 イリスは揺れる荷台の中で、懐の石板を強く握りしめた。  冷たい石の感触の奥に、確かな熱を感じる。  それは希望の熱か、それとも破滅への導火線か。    新たな仲間と、故郷の言葉が刻まれた禁忌を乗せて、物語は「単なる復讐」から「世界の真実を暴く旅」へと、大きく舵を切った。

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― 新着の感想 ―
甘い感じの雰囲気は無くなって一気にまたダークな真剣な雰囲気になってきたな
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