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TS聖女の皮を被った怪物は、処刑台で愛を嘲笑う。~俺を殺そうとした世界だから、救う義理など微塵もない~  作者: かげるい


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第19話:悪党たちの計算式と、襲撃前夜の静寂

宿の一室。  木製の粗末なテーブルの上には、一枚の羊皮紙が広げられ、そこに緻密な図面が書き込まれていた。


「……これが『白銀の救済会』の見取り図だ。あくまで外観からの推測と、魔力探査スキャンの結果だがな」


 イリスは羽ペンを回しながら、淡々と言った。  図面には、建物の構造、警備員の配置、魔力結界の切れ目などが、まるで建築図面のように正確に記されている。


「地下に大きな空洞がある。恐らくそこが牢獄兼、倉庫だ。……子供たちと金はそこに集められている」 「入り口は?」  グレンがナイフでリンゴを剥きながら尋ねる。 「正面と裏口。あとは通気口が二箇所。……だが、裏口は見張りが厳重だ。交代制で常に二人、魔法使いが配置されている」


 イリスは図面に『×』印をつけた。  ただの強盗なら正面突破でいい。だが、今回の目的は「子供の救出」と「資金の奪取」だ。派手に暴れて建物が崩れれば子供が死ぬし、騒ぎすぎて隣国の騎士団が介入してくれば、せっかくの金を持ち出せなくなる。


隠密ステルスでいくぞ。少なくとも、地下の制圧まではな」 「へいへい。で? どうやって入るんだ? 魔法使いがいるんじゃ、お得意の透明化もバレる可能性が高いぞ」


 グレンが剥いたリンゴの一切れをイリスの口元に差し出す。  イリスはそれを無意識にパクりと咥え、咀嚼しながらニヤリと笑った。


「だから、これを使う」


 イリスは足元に置いてあった革鞄から、数本のガラス瓶を取り出した。  中には、紫色の怪しい液体が揺らめいている。  昼間、市場で買い集めた薬草と、イリス自身の魔力を調合して作った特製の錬金薬だ。


「特製『催眠ガス弾』だ。……成分は魔力草の抽出液と、睡眠魔法を液化したもの。これを気化させて通気口から流し込む」 「おいおい、えげつねぇな」  グレンが苦笑する。 「中の人間、全員寝ちまうぞ?」 「それが狙いだ。ただし、洗脳されている貧民たちには罪はないからな。……数時間ほど、いい夢を見てもらうだけさ」


 イリスは瓶を光にかざし、琥珀色に輝く液体を見つめた。  かつて聖女として求められたのは「癒やし」のポーションだけだった。だが、彼女が本当に得意だったのは、こうした化学的アプローチによる効率的な干渉だ。


「作戦はこうだ」  イリスが図面の上で指を走らせる。


Phase 1: 通気口からガスを投入し、地上の職員と警備員を無力化。


Phase 2: グレンとイリスが侵入し、地下へのルートを確保。


Phase 3: 地下の幹部連中(恐らくガス対策をしている)を制圧し、金庫と牢獄を開放。


「シンプルだが、確実だ。……問題は、地下にいると思われる『ボス』の強さだが」  イリスがグレンを見る。 「任せとけ。眠ってない奴がいたら、俺が永遠に眠らせてやる」  グレンはリンゴを齧り終えると、愛用の大剣を手に取り、布で丁寧に磨き始めた。  黒い刀身が、暖炉の火を反射して鈍く光る。


 ***


 夜が更けていく。  作戦決行は深夜二時。警備の交代が行われ、人間の集中力が最も切れる時間帯だ。


 準備を終えた二人は、部屋の窓際で時間を潰していた。  外は冷たい雨が降り始めていた。雨音がかき消してくれるため、隠密行動には好都合だ。


「……なぁ、イリス」  窓の外を見つめながら、グレンが不意に口を開いた。 「お前、本当に子供を助ける気か?」 「は?」  イリスは怪訝な顔で振り返る。 「金のためだと言っただろ。子供を助ければ、後で隣国の政府に恩を売れるかもしれないし、労働力になるかもしれない」


「嘘つけ」  グレンは鼻で笑った。 「お前、昼間にあの建物を見た時、マジでキレてたじゃねぇか。……自分と重ねたんじゃねぇのか?」


 図星だった。  イリスは言葉に詰まり、フンと鼻を鳴らして視線を逸らした。


「……重ねてなんかいない。ただ、効率が悪いと思っただけだ」  イリスは窓ガラスに映る自分の顔――美しくも冷たい少女の顔――を見つめた。 「未来ある子供リソースを、あんなくだらない信仰のために消費するのが気に食わない。……それだけだ」


 それは本心であり、同時に照れ隠しでもあった。  自分はもう「聖女」ではない。世界を呪う復讐者だ。だから、正義感で動いているとは思いたくなかった。


「ま、そういうことにしておいてやるよ」  グレンは立ち上がり、巨大な剣を背中に担いだ。  その顔には、獰猛な戦士の笑みが浮かんでいる。


「俺は単純だ。気に入らねぇ奴をぶん殴って、ついでに金が手に入る。……最高の夜だ」 「野蛮人め」


 イリスも立ち上がり、漆黒のローブを羽織った。  フードを目深に被り、腰にはガス弾の入ったポーチ、そして懐には数本のナイフ。  鏡に映るその姿は、聖女というよりは死神リーパーに近い。


「行くぞ、グレン。……『お掃除』の時間だ」 「あいよ、相棒」


 窓を開けると、冷たい夜風が吹き込んできた。  雨に濡れた城塞都市の闇へ、二つの影が音もなく溶け込んでいく。


 襲撃まで、あと三十分。  獲物は眠りにつき、狩人たちが動き出す。  計算され尽くした蹂躙劇の幕が、静かに上がろうとしていた。

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